第3話未来へ

 空が段々と明るくなっていく。


 一晩中、思い出しては泣き、思い出しては泣きを、慧の胸の中で繰り返していたようだ。


 その間ずっと、慧は黙って頭を撫で、背中をさすってくれた。


 そして、私が泣き止み、落ち着いた後、慧は魔物絡みの事件の被害者にはやってもらわないといけないことがある、と板状のものを取り出した。


「今から鈴華の魔素量と神素量を量る。」


「魔素量と神素量?」


「ああ。簡単に言うと戦う素質の目安となるもの、かな。少なくても強い人もいるけど。まあそれはともかく、これらの量に関して被害に遭う人に共通性があるかどうかを調べるんだ。——今のところ一切関連性は見つかってないけどね。」


 いつのまにか敬語が外れている。それに深い意味は無いのだろうが、なんだか嬉しかった。


 そして、慧は、魔素量と神素量を調べ始めたのだが……結果を見た瞬間、慧は頭を抱えた。


「ごめん。もしかしたら、死にたくなるくらい辛くなるかも。」


 慧は泣きそうな程、顔を歪めた。それを見ると、不安も出てくるが、私の為に悩んでくれているのだろうと考えると、それ以上に愛おしさがこみ上げてくる。


 ——でも、何があったのだろう?


「取り敢えず、どういうことか説明して?」


「ええっとですねー……。結果から言いますと、魔素量、神素量ともに滅茶苦茶多かったです。」


 ん? どういうこと?


「良いことなんじゃないの?」


 慧は苦い顔で答える。


「半端に多かったなら、選択肢が増えたと喜ぶべきだけど、多すぎる。僕が知る限りこのレベルの量がある人は三人、その中でもトップクラスだ。」


「それで?」


「予言が出ている。十人の、魔物から人を守る英雄について。恐らく鈴華もその一人と見て間違いない……と思う。君が戦わなければ、君が重要な場面でヘマすれば、人類は滅びる。正直辛いだろう。————僕としては戦ってほしいが、強要はしない。君が嫌なら、全力で君の存在を隠蔽しよう。僕が、君の分まで戦おう。」


 なんだ、そんな事か。


 きっと普通の人なら、嫌なのだろう。——でも、私はむしろ幸運だと、そう思って、慧の言葉を遮る。


「ふふふっ。ありがとう、慧。でも大丈夫だよ。私は戦う。それに、私の分まで戦うっていうことは、慧もその一人なんでしょ? それならむしろラッキーだよ。養われっぱなしっていうのもちょっとなーって思ってたし。」


 そして、私は決意を伝える。


「慧、いつかあなたの隣に立てるように頑張るから!」


 慧は大きく目を見開く。


 そしてしばしの沈黙の後、口を開く。


「ああ、期待している、というか確信しているよ。君は今の僕なんか目じゃないくらいに強くなれるよ。だけど——」


 慧がふっと笑う。


「僕だって成長していくんだ。そう簡単に追いつけると思うなよ。」


「慧こそ、油断してたらさらっと抜いちゃうから!」


 久しぶりの幸せな時間に二人で顔を綻ばせる。


 私は思う、もしどんなに辛いことがあったとしても、偶にこうして慧と二人で笑い合えるなら、私は乗り越えられると。


 本当に、慧には感謝しかない。


 慧はなおも笑う。


「ふふっ、ようこそ希望と絶望の渦巻く戦の世界へ。さあ、僕の街に行こう!」


 そんなのっけから不安の多いことを言いながら、慧は私を引き連れ、歩き始めた。

 

 



 慧が車を呼び、二人で後部座席に乗り込み、運転手に走るように命じる。


 鈴華は慧に聞きたいことが色々あったが、彼女を襲った災難や、一晩中泣き続けたこともあり、気絶する様に眠ってしまった。


 慧は自分にもたれかかる鈴華の髪をそっと撫でた。


 彼女の閉じた瞼からはまた、涙が溢れ始めている。


「ごめんね、鈴華。」


 涙をそっと拭い、彼は呟く。


「僕が、僕達が君を守るから。」


 その様子をミラーで見ていた金髪の女性は慧が発した決意に驚き、その後笑みを浮かべた。


「敬語を外していらっしゃるのですね。」


「ん? ああ、僕が近くで支えてあげなければいけないからな。それがどうかしたのか?」


「いえ、いつもならば面倒ごとにならないように、むしろ他人行儀に話していらっしゃるので。特に女性には。良いのですか? 『如月慧』にあの子を巻き込んでしまって。」


「……彼女は僕が守る。僕が一番近くで見守る。これは決定事項だ。」


 本人は気づいていないようだが、なんだかんだ独占欲のようなものが働いているのだろう。


 可愛らしい容姿をした鈴華という少女も、慧を想っているようだし、もしかしたら彼女が慧を救ってくれるかもしれない。


 ——慧が救った少女が慧を救う


 美しいストーリーだと、運転しているエレンは思う。


 ——レイ様が好きそうですね。


 素晴らしい出会いにきぶんを良くしたエレンはアクセルを踏んで、車のスピードを上げる。


「……法定速度は守れよ」


「……すいません」

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