第2話出会い
「大阪でミノタウロスが出現‼︎」
「秋田にゴブリンの群れが‼︎」
「佐賀にも……ケルベロスです。」
騒然としたこの部屋に、急遽僕は呼び出された。
先日復帰したばかりで本調子ではない僕が呼ばれるあたり、緊急事態であることが窺える。
ここは魔物対策連合日本支部。どうやら、日本は今、魔物から大規模な一斉攻撃を受けているらしい。なんらかの理由で日本に大量に魔素が生成され、魔物達が「魔鏡」を使って襲撃しているそうだ。
そうこうしている内に、僕にも指令が下る。
「
「了解」
※
「よし、見つけた。」
魔物対策連合日本支部を飛び出し、群馬まで走り抜けた僕は、少し広めの路地裏のようなところに巨大な茶色い影を、そしてその横にいた小さな人影を見つけた。
「はあぁぁぁぁっ‼︎」
一気に駆け出し、茶色い巨体に音を置き去りにする一撃を放つ。
ザシュッ!
巨体が真っ赤に染まった。間も無く、上半身が崩れ落ちる。
そして襲われていた少女を見る。この女の子は何故こんな時間に暗がりにいるのだろう?──まあ、それはともかく怪我はないだろうか?
「大丈夫ですか?」
少女は顔をゆっくりと上げた。彼女が動いたのを見て、ほっとしたのも束の間、僕は顔を硬直させる。
その少女はボロボロで、それでも隠しきれないほどに可憐で、そして——目が死んでいた。
※
ああ、きっと死ぬのだろう。これで母の元に行ける。
この場面ではおかしいと思いながらも、彼女は歓喜した。
だが————ザシュッという音が静かな空に響いた後も、殺された感覚は一向に来なかった。
恐る恐る顔を上げる。
そこにいたのは、剣を持って心配そうな顔をした同い年ぐらいの少年。
彼は彼女の顔を覗き込んでいた。
「大丈夫ですか?」
「だい……じょうぶ……?」
彼女は茫然として、掠れた声で呟く。
そして自分を助けたであろう、目の前のほっとした表情を浮かべる少年を見て————彼女は、怒りを爆発させた。
「なんで、何で大丈夫なの?」
「え?」
彼の呆けた顔が彼女を何処までもイラつかせる。
「どうして助けたの? 私は死にたかった! 私にはもう何もないから! なのに……なのに何故私を助けた! お父さんもお母さんも救ってくれなかったのに……どうして私だけ助けるの⁉︎」
彼は目を大きく見開く。
唖然とした表情を浮かべる彼は、次には口を結ぶ。
彼女はそれを無感動に見つめていた。
そして数秒後、彼は口を開いた。
「そう……ですか。そんなことが…………。——よければ、詳しく話を聞かせてもらえないでしょうか?」
信じられなかった。
————何故? 私はあなたに激怒しているのよ。この人は何を言っているの?
怒りがはち切れた彼女は、彼に怒鳴る。
「嫌に……決まっているでしょうが‼︎ あなたに話すことなんて何もない! もうこの世界にはいたくない‼︎ 今すぐ……私を殺して‼︎」
——しかし、それに対して、彼は即答した。
「お断りします。そもそも僕にはそんなことは出来ませんし。——ですが……自殺しやすい場所になら心当たりがあります。話をしていただけたら、そこをお教えしますよ。それにあなたの両親についても分かることがあるかもしれません。だからもう少しだけ我慢していただけませんか?」
彼女は彼の顔を見る。その顔は真剣で、嘘をついているようには見えなかった。
——迷ったが、騙されても特に実害は無い。
そう結論づけた彼女は、彼に話すことにした。
「では自己紹介からいきましょうか。僕は
「
「良い名前ですね。」
「……当たり前でしょ。私の両親が付けてくれたんだもん。」
そう呟いた彼女を見た彼の表情は、薄く笑っているように見えた。
※
遂に慧は、鈴華から話を聞くことに成功した。
慧は思う、その話は少女が壊れるには充分すぎる悲劇だと。
そして、同時にいくつかおかしな点も見つけていた。
通常、魔物が関わる事件では口止めの意味を含めて割と大きな支援が入るはずなのだが、それが無いことや、そもそも一つの家族に三度も襲撃が来るのは偶然とは言いがたいことなど。
そして一番大きな疑問は、鈴華の母親襲撃が魔物対策連合日本支部の記録に、恐らく存在していないことだった。
魔物対策連合日本支部の記録にある犠牲者が出た事案は全て目を通していた筈の慧に、鈴華の事例に当てはまる事案は、記憶されていなかった。
——まあでもこれは後回しか、と慧は呟き、最初に解決すべき、目の前にいる自殺しそうな少女を一瞥した。
絶対に死なせない! という決意の元、話を始める。
「自殺したい理由はこの世に頼れる者もお金も生きる意味もなく、死んだら、両親に会えるかもしれないから、で正しいですか?」
「そうだよ。そもそもこのまま行ったって餓死するだけだけど……」
鈴華は死を考えているとは思えない、なんの気負いも無く声を出している。だが、慧はその声に吐き気を催しそうな寒気を覚えた。
しかし慧は、それをおくびにも出さず彼女の言葉を否定する。
「まあ最初に、死んだら、について否定させてもらいますが…………死んだところで、ご両親には会えませんよ。」
それは大切な人を何度も失ってきた慧が幾度と無く考えてきたもので、だからこそ確信を持って否定出来るものであった。
「そんなの、分からないじゃ——」
「分かりますよ。死んだ後に幸福が訪れるなんてありえない。死んだらそこで終わり。——少なくとも死んだ者と会話出来ることはない。会うことすら出来ない。死後に幸福を求めるのは、この世からの逃げでしかない。————————あなたも分かっているのでは?」
慧は言葉を紡ぐ。昔の自分と同じ間違いをしている鈴華のために。あの時自分を変えてくれた『彼女』のように。
「それでも、この世にはもう何もないの。僅かな可能性を懸けて死後に旅しようとするのは仕方ないと思わない?」
そして————鈴華の表情が変わった。死を夢見る顔から、死を受け入れた顔に。
それは慧にとって嬉しい変化だったが、その諦めの入った顔に苛立ちを覚えた。
それを変えるために、慧は説得を続ける。
※
私には何もない、そう私は諦めていた。でも彼は違った。鬼気迫る表情で私に言葉をぶつけてくれる。
「ならば……ならば僕が代わりになりましょう。お金も住む所も僕が用意します。何かに頼りたいなら僕を頼って下さい。頼りにならないなら頼りになるよう努力しますし、足りない所はどんどん言ってくれて構いません。僕の周りには、いっぱい有能な人がいるので彼らにも頼れるようにしましょう。家族が欲しいのなら、僕の家族になってください。難しいかもしれませんが、出来るだけ「家族」のような関係になるように頑張ります。生きる意味は……生きる意味だけは用意出来ませんが、きっと生きていれば見つかります。絶対に、あの時死んでいれば良かったなんて思いはさせません。だから死なないでください‼︎」
彼、慧の言葉が、冷え切っていた私の心に徐々に温かさを取り戻してくれた。————ああ、この人は、抜け殻みたいな私の為にここまで親身になって、ここまで言ってくれるのか。
私はそれが嬉しくて、お母さんが死んだことが悲しくて、慧の胸に飛び込み、声を出して泣いた。
お母さんが死んでから、一滴も流れなかった涙が、止めどなく溢れ出す。
ああ、悲しい
胸が張り裂けそうなくらい辛い。
全て無くなってしまえば良いのにと思うくらい、憎い。
何より、寂しい。
もう、お母さんには会えない。
喪失感が止まらない。
絶望感が止まらない。
お母さんの思い出が次々と甦り、その度に、心の傷が痛みを増していった。
そして同時に、私はこの胸に初めての感情が灯ったことに気づいた。一度も味わったことの無いものだったが、正体は一瞬で分かった。————ああこれは恋というものに違いない、と。
「慧、あなたは生きる意味は用意出来ないと言ったけど、生きる意味もしっかりと用意してくれたよ。」
私は泣きながらも慧に言葉を伝え、微笑む。
慧は?という表情を浮かべたが、その後にっこり笑った。
「良く分かりませんが、君……えっと鈴華って呼んで良いかな? 鈴華がそれを見つけられて良かったよ。」
大きく頷いて言葉を続ける。
「でも慧? あなた私に、『僕の家族になってください』って言ったよね。それって……プロポーズ?」
上目遣いでそう言うと、彼はボフン、と顔を赤く染めた。
お母さん、私頑張るから!
一生懸命生きて、自分を磨く。
色んな知識や技術を身につけて、「できる」女の子になる。
精一杯、女を磨く。
——————いつか、慧に振り向いてもらう為に。
応援しててね、お母さん!
雲に隠れていた満月はいつの間にか暗い路地裏を淡く照らしていた。
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