第46話 それぞれの思い ③ (堀視点)

 こうなることは、何となくだけどわかっていた。


 保坂と瀬川さんが付き合い始めてからというもの、才加ちゃんの保坂を見る目が、日に日に変わっていっていたから。


 だからこそ出張に誘われた時は驚いた。

 俺たちの他にあの2人も来るというのだから。


 才加ちゃんの想い。

 そして出張という整い過ぎた機会。


 この出張中に絶対に何かある。

 才加ちゃんは必ず何かしらのアクションを起こす。そう思ったから俺はずっと才加ちゃんに絡んでいた。


 観光をしていた時も。仕事をしていた時も。

 常に彼女を視界の隅に置いては、馴れ馴れしく話しかけたり、嫌がる彼女の隣をできるだけキープしたりしていた。


 自分が嫌われているのはわかってる。

 でもいつかこの子が大きなことをしでかすんじゃないか。その不安から邪魔な自覚はありながらも、俺は才加ちゃん絡み続けた。


 そして。


 俺の不安は見事に的中した。

 ここぞという場面で才加ちゃんは動いたのだ。


『センパイを私にくれたらいいですよ』


 最後の晩。

 全員の前でそう言い放った彼女。


 あの時の空気の変化を俺は今でも覚えてる。

 鳥肌が立つような、背筋が凍りつくような。

 場にいる全員が一様に息を飲んだ瞬間だった。


 何か起きるのはわかってた。

 でもまさかここまで大々的に動くとは。

 予想の範囲外だった故に、俺は少なからず動揺した。


『な、なあ才加ちゃん……ちょっと話が急すぎね?』


 でもただ見ているわけにもいかない。

 俺は何とか場を収めようと必死に声を上げた。


 でもああなってしまってはもう。

 俺1人の力じゃどうしようもなかったのだ。


『堀さんは黙っててください』


 俺の言葉は才加ちゃんには届かない。

 それはもちろん瀬川さんにも。


 あれほどまでに落ち込んだ瀬川さんを、俺は初めて見た気がする。


 だからこそ俺は保坂に託した。

 この問題を解決できるのはあいつしかいないから。何とかしてくれって、必死に目で訴えかけた。


 だが……。


 俺以上に、保坂は動揺していた。

 飯を食ったのを忘れてしまうほどに。

 鈍感なあいつには相当な衝撃だったんだと思う。


 結局何も解決しないまま終わりを迎えた出張。通常出勤に戻ってからも保坂たちはあの時のまま。


 保坂と瀬川さん2人の間に生まれた確かな溝。このままだと2人の関係が必ず良くない方向に行く。


 そう思ったから、お節介ではあるが、俺は保坂に連絡をした。






 * * *






 会社近くの喫茶店で待ち合わせた俺たち。やって来た保坂の表情は、案の定浮かない感じだった。


「才加ちゃんと飯行ったんだろ?」


「あ、ああ」


「その感じだとまた何か言われたのか」


「まあ、一応な」


「そうか。とりあえず続きは中で話そうぜ」


 閉店時間1時間前。

 幸い店内に俺たち以外の客はいない。


 俺と保坂はコーヒーを注文し。

 それを飲みながら詳しい事情を掘り下げた。


「で、今日は何があったんだ」


「そんな大したことじゃないが」


「大したことじゃないなら、普通そんな顔しない」


 ぐっと何かを堪えているかのような保坂。

 カップを持つ手にも自然と力が入っていた。


「私のことどう思うかって」


「なるほど。それで、お前の答えは」


「それはもちろん俺が好きなのは麗子さんだって言ったよ」


 その手の話題だとは思っていた。

 あの子なら勝負を決めに来るって。


 でも今の話で少し安心した自分がいる。

 こいつがちゃんと彼女を大切にできるやつで。


「他に何か話さなかったのか」


「特に何も。その手の話題はそれっきりだったよ」


「そっか」


 私のことはどう思うか。

 それは勝負を決めると同時に、才加ちゃんの覚悟の表れだと思う。きっとあの子は腹を決めて、保坂を食事に誘ったんだ。


「瀬川さんが好きだって言った後、才加ちゃんなんて言ってた」


「センパイならそう言うと思ってたって」


「なるほどな」


 やっぱりそうだ。

 きっとあの子は、保坂の答えを知っていた。


 それでも前に進もうとするその姿勢。

 例え壁があっても屈しないその勇気。

 あの子は本当に心の強い子だと思う。


 きっと才加ちゃんだって辛かったはず。

 好きな人に想いを伝えて、届かなかったんだから。振られてしまったあの子には同情せざるを得ない。


「それで、瀬川さんとは連絡とってるのか?」


「いや、あれきり何も」


 でもやはり俺が気になるのは瀬川さんのこと。早いとこ仲直りしてくれると俺の気も休まるのだけど。


「それならこの後にでも連絡してみろ」


「そうだよな。今日中に連絡してみるわ」


 てっきりもっと落ち込んでいるかとと思ったが、どうやら連絡できるぐらいのメンタルはあるらしい。


 それなら必要以上に俺が出しゃばる必要もないか。


「そんな暗い顔すんなって、きっと大丈夫だから」


「あ、ああ」


 それに多分、瀬川さんも保坂からの連絡を待ってる。あの人に今必要なのは、誰かの慰めでも、同情でもない。


 保坂との時間だ。


 こいつと一緒にいることこそが今一番大切なこと。なら1秒でも早く保坂には、瀬川さんの元へと行って欲しい。


「わるいな。急に呼び出したりして」


「いや、むしろ助かった。お前には感謝してる」


「何かあったらまた言ってくれ。いくらでも相談にのるから」


「すまん、ありがとう」


 俺は財布から千円出し、テーブルに置く。


「それじゃ俺は彼女のとこ行くから。お代ここ置いとくな」


「いや、これくらい俺が……」


「いいよ、貰っとけって」


 こういう遠慮しいなところも保坂らしい。

 今日くらい自分のことだけを考えればいいのに。


 とはいえ。


 俺は何よりも自分の彼女が大切だ。

 心の底から愛している。


 でもそれはきっと保坂も同じ。

 こいつもまた瀬川さんのことを愛している。


 もし自分が保坂と同じ立場になったら。

 それを想像しただけでも、胸の辺りが落ち着かない。


「じゃあまた来週会社でな」


「またな」


 そうして俺は店を出た。

 きっとあいつなら1人でも大丈夫だろう。


 別れ際の保坂は、何か吹っ切れたような顔をしてた。だからきっと大丈夫。


 俺は今の会社を凄く気に入っている。

 保坂がいて瀬川さんがいて才加ちゃんがいて。色んな人に囲まれながら、俺の居場所がちゃんとある。


 保坂と瀬川さんにはぜひ仲直りしてほしい。もちろん才加ちゃんも幸せになってほしいと思ってる。


 でも今の俺にできること。

 それはきっと保坂の背中を押してやること。

 多分、それだけなんだと思う。


「頑張れよ、保坂」

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