第38話 出張 ②
出張に行くのは約半年ぶり。
藍葉には色々と口うるさく言ってはいたが、仕事とは言え、麗子さんと地方の温泉旅館に泊まるのは少しばかり楽しみだった。
「なあ保坂。今から行くとこ城があるらしいぞ」
「らしいな。その他にも色々あるっぽいし、割と田舎じゃないのかもな」
新幹線の中。
退屈凌ぎに俺と堀は主張先の観光情報を調べていた。するとどうやら温泉以外にも、味のある名所がいくつかあるらしい。
「旅館にチェックインすんの何時だっけ」
「一応夕方頃には現地にいる手筈だけど」
「ならさ、時間あるし皆んなで観光しね?」
「観光かぁ」
堀にそう言われ、俺は「んー」と喉を鳴らした。
本来何かあった時の為の朝7時集合だったが、今のところ藍葉のプチ遅刻以外、特に何のトラブルも起きていない。
故に旅館にチェックインするまでは、少しばかり時間が空くだろう。
幸い今から行く場所は、観光スポットにも恵まれている。堀の言う通り、空いた時間に街を見て回るのもいいかもしれない。
「まあ、麗子さんの許可が降りたらだな」
「よっしゃ! テンション上がって来たー!」
「お前もかよ……」
藍葉と同じノリの堀に嘆息し。
俺は再びケータイで観光サイトを立ち上げた。
* * *
東京駅から北に1時間半。そこから私鉄に乗り換えて更に1時間半という長旅。目的地に着いた頃にはすでに午前11時を過ぎていた。
「結構山すごいのな」
「保坂の予想外れたじゃん」
「ああ、ちゃんと田舎だったわ」
駅を一歩出れば一面に広がるのは壮大な山、山、山。ある程度栄えているのかと思ったが、どうやら違ったようだ。
あまりの緑の多さに思わず田舎とか言っちゃったよ。
「この感じだと移動はタクシーか」
見たところ駅前にはタクシーが何台か止まっている。都合のいい電車もないので、これを利用する他なさそうだ。
「麗子さん。この後どうしましょう」
「そうね。少し早いけど昼食にするのはどうかしら」
「確かにアリですね。ちょうど腹も空いてるし」
「私もさっきからずっとお腹が鳴ってるのよ」
そのお腹の音、是非近くで聞かせて頂きたい。が堀たちがいる手前、奇行に走るわけにもいかなかった。
「どうせならここでしか食べられないものがいいわよね」
「確かにそうですね」
「はいはいは〜い! 私お蕎麦が食べたいで〜す!」
麗子さんと昼食をどうするか悩んでいると、すっかり旅行気分の藍葉が会話に割って入ってきた。
「蕎麦って。割とどこでも食えるだろ」
「ちっちっち〜。センパイはまだまだ甘いですね」
「何だよそのテンション……」
「実はここでしか食べられないお蕎麦があるんですよ〜」
そう言うと藍葉は得意げにケータイを開き。
なにやら俺たちに向けて1枚の画像を提示した。
「見てくださいこのお蕎麦!」
「ほう、普通に美味そうじゃん」
「でしょ〜! このネギを箸代わりにするんですよ〜!」
妙に張り切っている藍葉が言うには、とある場所で、世にも珍しい『ネギ蕎麦』なるここにしかない蕎麦が食べられるのだとか。
言われてみればさっき俺が観光サイトを見ていた時。こんな感じの画像がグルメ欄のところに載っていた気がする。
「てかお前、こうなることを見越して調べてたろ」
「当たり前じゃないですか! 来たからには楽しまないと損ですよ〜」
「楽しむもなにも、これは仕事だって何度も——」
「あぁ〜うるさいうるさ〜い。楽しむものは楽しむんですっ」
「はぁ……」
完全な旅行気分の藍葉にため息が出るも、提案してくれた内容はかなりいいものだとは思う。
「藍葉はこう言ってますけど、どうします?」
「そうね。PRをする上でその地域を理解するのは大切だわ」
確かに麗子さんの言うことは最もではある。この地域の知識があるとないとじゃ、仕事の質も変わってくるだろうし。
しかしだ。
「俺はどこまでもついて行くぜ〜。なっ才加ちゃん!」
「いや、ホントそういうのいいんで」
「そう言わずにさ〜。一緒に楽しく観光しよう!」
「観光はしますけど、堀さんと一緒には嫌です」
「えぇぇ〜⁉︎」
堀と藍葉の2人だけは、明らかに趣旨が違うようだ。仕事のことなど忘れ、全力で観光するつもりでいやがる。
(てか堀はいつから藍葉にこんな絡み方するようになったんだよ……)
お前には彼女いるだろと思いつつ。
俺は仕方なく自らの手を汚すことにした。
「お前らいい加減にしろよ」
「イテッ」「イテッ」
羽目を外している2人の後頭部を拳で突き、俺たちは男女分かれてタクシーに乗り込んだのだった。
* * *
タクシーに揺られおよそ20分。
珍しい蕎麦屋があるとされる観光スポットにやってきた。
周りが山で囲まれている中、ポツリと姿を現した宿場町。
どうやらこの場所は、江戸時代から面影を変えず存在しているらしく、今では国の重要文化財として、多くの人に親しまれている名所らしい。
「なあ藍葉。せっかくだし色々見てからにしないか?」
「ダメですよ〜。もしお蕎麦が逃げたらどうするんですか?」
「どうにもこうにも。まず間違いなく蕎麦は逃げないだろ」
こんな素晴らしい建造物が並んでいるのに、それらには一切目もくれず、目当ての蕎麦屋に向かう藍葉。
「てかお前、観光したいんじゃなかったのかよ」
「その前にまずはお蕎麦です。瀬川さんも写真なんか撮ってないで、早く歩いてください」
「ご、ごめんなさい。つい興奮しちゃって」
興奮。
麗子さんのその言葉に一瞬ハッとなるも。
当然俺が望んでいるような意味ではないみたいだ。
「私ったらいつもこうなのよ」
「麗子さんは昔の建物とか好きなんですか?」
「え、ええ。実はそうなの」
「へぇ〜」
新しいものを好むタイプの人かと思っていたが。
どうやら意外にも歴史に触れるのが好きらしい。
「できることならお城とかも行きたいのだけど」
チラッ。
なぜか麗子さんからねだるような視線が飛んで来る。
もしやこれは城に行かせろという意味なのだろうか。
(なるほど……仕事だと思ってるのは俺だけパターンね)
てっきり彼女はこちら側の人間だと思ってたが、どうやらこの様子だとバカ真面目なのは俺だけらしい。
堀たちを叱った手前申し訳ないが。
可愛い彼女の望みには答えるしか道はなかった。
「あとで城も行きましょうか」
「いいの⁉︎」
「え、ええ」
「やった! 流石保坂くん!」
ウキウキに微笑む麗子さん。
そんな彼女の笑顔を見ていると、不思議と仕事のことなどどうでもよくなってくる。
「センパイがた〜。早くしてくださ〜い」
遠くから響く藍葉の声。
俺ら以外の2人はすでに蕎麦屋の前にいた。
「行きましょうか」
「ええ」
その声につられるように、俺たちは止めていた足を進めた。
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