第28話 初デート ④

「麗子さん」


「何かしら」


「実は俺も買いたいものがありまして」


 いよいよ初デートも終盤に差し掛かり。

 満を持して、俺は今日の目的の遂行を試みる。


「20分ほど時間いただいてもいいですか」


「ええ、構わないわ。私も最後の用事が残ってるし」


「そしたら一旦別行動するっていうのはどうですかね」


 麗子さんには少し申し訳ないが。

 内緒でプレゼントを買うためにはその方が都合がいい。


「終わり次第すぐ連絡しますので」


「わかった。またどこかで集合しましょう」


 こうして俺たちは別行動することになった。


 先日藍葉に言われた通り。

 俺の目的は2人でお揃いの何か。

 もちろん麗子さんが喜ぶものが望ましい。


 俺が真っ先に向かったのはアクセサリー店。

 ”お揃い”という単語で一番に思いついたのがここだった。


「指輪とかいいよな」


 贈り物の定番だろう。

 女性なら特に喜んでくれる可能性は高い。


 値段も一つ2万円前後でちょうどいい。

 これなら仮に俺が付けていても違和感がないし。

 何より新婚の夫婦みたいで少し気分が上がる気がした。


 だがその反面。

 気持ち的に少しだけ重たい気がする。


 きっと麗子さんはそんなこと気にもしないとは思うが、まだ付き合って間もない彼女に、お揃いの指輪をプレゼントするというのは実際どうなのだろう。


 一般的には普通なのかもしれない。

 だが奥手な俺にとっては少し難易度が高い案件だった。


(待てよ……そもそもこのプレゼント自体難易度高くね……⁉︎)


 藍葉に言われた時は気づかなかったが。

 今思うと自分から贈り物を渡すというのは初めての経験だ。


 おまけに今回は2人でお揃いの何か。

 あまりにもやろうとしていることが若過ぎる。

 俺みたいなおじさんがやっても良いことなのだろうか。


「そう思うと全部ダメに見えてくるな……」


 ネックレスやイヤリング。

 それらも候補に入れてはいたのだが。

 余計な思考のせいか、いまいちしっくりとはこなかった。


 俺たちらしい物って一体……。


 頭を使えば使うほど。

 安牌あんぱいを責めようとすればするほど。

 正解から遠ざかってる気がしてならない。

 

「色々と見て回るか」


 前以て用意していた候補を全て忘れ。

 ひとまず俺はそれっぽい店を見て回ることにした。


 雑貨屋、洋服屋、眼鏡屋。

 極め付けには苦手なはずのランジェリーショップまで。

 俺たちに合いそうな何かを求めひたすらに足を動かした。


 しかしそう簡単には見つからず。

 ひとえに時間だけが過ぎ去ってしまう。


 このままじゃまずい。


 確かな焦りを抱えたその時。

 ふと俺の視界にとあるものが飛び込んで来た。


「酒か」


 ガラス越しに様々な酒が陳列されている。

 その感じからしてどうやらこの店は酒屋らしい。

 ショッピングモールにしては随分珍しいなと思った。


 俺は誘われるように店内へ入る。

 するとそこには聞いたこともない地酒が多数。

 酒屋は酒屋でもかなり種類が豊富な店なようだ。


「すげぇ、こんなのもあるのか」


 日本全国で作られている地酒、そして海外の珍しいクラフトビールやスコッチウイスキー、その他名が知られている酒から聞いたこともない酒まで、まるで書店の本棚ようにびっちりと陳列されていた。


 下から上へとゆっくりと視線を動かせば。

 その素晴らしさに胸の鼓動が高鳴るのがわかる。


 品揃えといいこの内装といい。

 この味のある感じが酒好きにとっては心底たまらない。


「世の中にはこんなに酒があるんだな」


 世間の広さに確かな関心を覚えつつ。

 この中の一つをプレゼントするのが、一番喜ばれるんじゃなかと考えた。


 しかし理にかなっていないのが悔しい事実。

 当初予定していたお揃いの何かとは程遠い品だし。

 酒なので飲んだら無くなってしまうのも望ましくない。


 やはり贈るなら形に残る何かにしたいものだが。


「ん、これとか良いんじゃないか?」


 フラフラと店内を見て回っていると。

 俺は一つ気になるものを見つけた。


『名前入り。自分だけのビアグラス』


 そう書かれたグラスのレプリカ。

 その側面には『見本』という文字が刻まれている。


「ここに自分の名前を入れるのか」


 名前はアルファベットでも可能らしい。

 手に持った感じ、大きさもちょうど良いし。

 これは凄く良い贈り物と成り得るのではないだろうか。


「これにするか」


 宅飲みする時、このグラスでビールを飲む。

 それを想像すると、とても良いんじゃないかと思った。

 まさに酒好きの俺たちに合った、俺たちのための品だ。


 待ち合わせの時間までもうほとんど時間がない。

 一つ2、3分で名前を入れてもらえるらしいが。

 これは急いだ方が良さそうだ。


「これを2つください」「これを2つください」







 俺が発したその声に誰かの声が重なった。


 何事かと思いそちらを見れば。

 そこにいたのはまさかの……。


「れ、麗子さん⁉︎ どうしてここに⁉︎」


「ほ、保坂くんこそ買い物は⁉︎」


 間違いなく。

 俺がプレゼントをあげようとしていたご本人様だった。


「俺はこの前入りのビアグラスを買おうかと思ってて」


「うそっ⁉︎ 私もちょうどそれを買おうとしていたのよ?」


「えっ⁉︎ 麗子さんもですか⁉︎」


 その上まさかの商品被り。

 あまりにも偶然過ぎて鳥肌が立った。


「2つってことはまさか……」


「え、ええ。私と保坂くんの分だけど」


「マジですか……俺も全く同じこと考えてました」


「ということはあなたも私の分を……?」


「はい。内緒でプレゼントしようかと思って」


 それを聞いた麗子さんはきょとん。

 どうやら今だ状況が飲み込めていないらしい。


 正直俺も合いた口を塞ぐのがやっとだった。

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