第27話 初デート ③

 特にこれといって目的も持たず。

 ぶらぶらとモール内を散策していた俺たち。


 目についたインテリアショップや電気屋、王手家具屋などを何件かハシゴし、休憩がてらにソファに座ってくつろいでみたり、買いもしない洗濯機や冷蔵庫、テレビなんかをまじまじと見物したりしていた。


(初デートがこんなんで本当にいいのか……?)


 なんて、一瞬思ったりもしたのだが。

 そこまで麗子さんの反応は悪くないようだった。


「近頃のテレビってこんなに平べったいのね」


「まあ最近のはどれもこんな感じだと思いますよ」


「へぇー、私が知っているテレビとは大違いだわ」


 今見ているのは別に普通のテレビだと思うが。

 麗子さんの家には一体どんなテレビがあるんだろう。

 まさか今時ブラウン管なんて使っていないだろうな。


「保坂くんの家のテレビもこんな感じよね」


「そ、そうですね。うちのは少し型が古いですけど」


「私の家にはテレビがないから、なんだか不思議な気分だわ」


 なるほど。

 それなら驚く気持ちもわからなくはない。


「今時テレビが無いなんて珍しいですね」


「実家にはあったのだけど。1人暮らしを始めてからは買っていないの」


「家にいる時とか退屈じゃないんですか?」


「いいえ。本さえあれば私は大丈夫なのよ」


 今思えば麗子さんはとても優秀な人だった。

 大学もかなりいいところを出ていると聞いたし。

 きっと昔からテレビなんか観ずに勉強していたのだろう。


「凄いよな本当」


「いきなりどうしたのよ」


「あ、いえ。ただの独り言です」


 能力があって、その上美人で人望もある。

 それでも一切自分を飾ろうとしないその姿勢。

 男の俺から見ても麗子さんの生き様は格好よかった。


 だからこそ気が合うかもしれない。

 お酒の趣味や物の価値観も全て庶民的で。

 飾るものが無い俺にとってはとても居心地がいい。


 今だってかなり平凡な時間だと思う。

 本当なら不満の一つや二つ言われてもおかしくはない。

 でも麗子さんは何も言わず、デートを楽しんでくれている。


 こういった一件意味がないようで、実は一番落ち着くようなデートこそが、彼女にとっても俺にとっても、幸せなものとなりうるのかもしれない。


「いいですね。こういう時間も」


「そうね。何だか新鮮で楽しいわ」


 ただ家具や家電を眺める。

 それだけでも俺は十分に幸せだった。

 きっと麗子さんもそう思っているに違いない。


 でもそれだけだと少し物足りないのも事実。

 せっかく麗子さんと買い物に来たわけだし。

 そろそろ欲しいものでも探しに行くとしよう。


「確か麗子さん言ってましたよね。何か欲しい物あるって」


「あっ、そうだった。すっかり忘れていたわ」


「そしたら今から買いに行きましょうか」




 * * *




「このお店見てもいいかしら」


 今から欲しいものを買いに行こう。

 そう提案したまでは良かったのだが。

 目的の店を目の前にして俺の足はすくんだ。


「ここ……ですか」


「ええ、ダメかしら」


「い、いや。ダメとかじゃないんですけど」


 俺の視界には女性用下着が多数。

 その上店内には若い女性の姿しかない。


「せっかくだし選んでもらおうかと思ったのだけど」


「お、俺にですか……⁉︎ 正気ですか……⁉︎」


「最近サイズが合わなくって困ってたのよ」


「…………」


 それをナチュラルに言うあたり。

 麗子さんは全く自覚していないのだろう。


 俺みたいなタイプの男にとって、この手の店以上に気まずい場所はないことを。


「行きましょうか」


 できれば入りたくはない。

 だが麗子さんは俺の気も知らず平気な顔で店に入って行く。


「どうしたの?」


 おまけにそんな一言まで。


(そういうとこだよ麗子さん……)


 基本はしっかりしているはずなのに。

 なぜかこういうところだけが抜けていたりする。


 この前意地を張ってお腹を壊したのもそうだが。

 どうも麗子さんからはただならぬポンコツ臭を感じるのだ。

 完璧超人など存在しないという、神からのお告げなのだろうか。


「俺は外で待ってますから。ゆっくり選んできてください」


「そう。それじゃできるだけ早く済ませるわね」


 当然俺は店内に入ることはできず。

 店の外で麗子さんの買い物が済むのを待つことにした。


 正直待つだけでも多少の気まずさはあった。

 ランジェリーショップ付近に男がいたら女性だって嫌だろうし、それを十分に理解しているからこそ、俺はこの手の店が苦手なのだ。






 と、ここで。


 壁に背を預ける俺の視界に1人の少女が。

 制服の感じからして女子高生だろうか。


 店の前にやって来たと思ったら。

 何やらじっと店頭のマネキンを眺めている。


(入んないのか?)


 初めこそ全く気にならなかったのだが。

 あまりにもマネキンを凝視している上に店にすら入らない。


 流石の俺も気になって、視線だけその少女に向けると。


『付けるだけで驚きの2サイズアップ!』


 という宣伝文句と共に。

 スポーツタイプの下着が販売されていた。

 どうやらこの子は、これに興味を持っているらしい。


(へぇー、今こんなのもあるんだな)


 店頭に置かれているということは。

 おそらくこれがこの店のイチ押し商品なのだろう。





 ハッ……!!


 ハッ……!!


 と、ここで。

 不意にその女子高生と目が合ってしまった。

 俺はなるべくすぐに逸らしたが、これはちとまずい。


 この人変態です!!


 とか。


 不審者がいます!!


 とか。

 叫ばれたりでもしたらどうしよう。


 仮にそうならなかったとしても。

 俺は今確実にこの子にキモいと思われてる。


(だからこの店は苦手なんだよ……)


「はぁぁ……」


 思わず深い溜息を溢し。

 もう一度その女子高生を見てみると。

 何やら顔を真っ赤にして足早に何処かへ行ってしまった。


「あぁ……」


 それで全てを察した。

 キモかったのではなく恥ずかしかったのだと。


 俺は男だからよくわからないが、サイズアップ用のブラを、まじまじと眺めている姿を他人に見られるというのは、女性的には耐え難い何かがあるのだろう。


 ましてや思春期の女子高生だ。

 自分のことに悩みを持つのは必然のこと。

 男の俺ですら学生の時はよく悩んだりしたものだ。


(大丈夫。まだ諦める時じゃない)


 悪いことをしたと思いつつ。

 俺は心の中であの子にエールを送った。


 事実まだまだ可能性は十分に残されてる。

 28歳になっても成長する人だっているんだ。

 まだ10代の君がここで諦める必要なんてないと。


「お待たせしてごめんなさい」


 なんてことをしているうちに。

 麗子さんが買い物を終えて店から出て来た。


 改めてその容姿を目の当たりにすると。

 やはり10代の女子高生とは訳が違う色気だった。


 気づけば俺の視線は吸い込まれるように胸元へ。

 わかってはいたが、そこには何とも立派なアレが。


「どうかしたの?」


「ああいえ……何でもないですよ」


「そう」


 豊かすぎるソレを拝みたくなる気持ちをぐっと堪え。

 俺たちはランジェリーショップをあとにした。

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