第23話 慣れ
麗子さんを台所から追い出し……。
いや、料理を作る役割を引き継いだ俺。
明日も仕事なためあまり時間がないので、冷蔵庫にあった具材で、簡単なつまみを3品ほど手早く作り上げた。
もやしのナムルにポテトサラダ。
そしてビールが進む鶏皮せんべい。
どれも普段からよく酒のあてにする絶品おつまみだ。
今日はこの3品で宅飲みをしていこうと思う。
麗子さんが作った肉じゃがも一応はテーブルに並べてはみたが、皿によそってもなお真っ赤で、正直食べる勇気は湧いてこない。
「乾杯」「乾杯」
缶ビールで乾杯し。
各々好きなものをつまんでいく俺たち。
俺の作ったつまみたちは、普段から食べ慣れているからか、やはり安定の美味さだった。
正直この3つだけで十分に満足なのだが。
そうは問屋が卸さないのが今の状況であった。
「肉じゃが食べてくれないの?」
捨てられた子犬のような目で訴えかけてくる麗子さん。
彼女にそう言われては、俺も腹をくくるしかない。
「いただきます……」
すぐ手に取れる位置にビールをスタンバイさせて、唐辛子でコーティングされたじゃがいもを思い切って一口。
「うっっ……」
思わずむせてしまいそうになったが。
何とか堪え、ゆっくりと咀嚼していった。
(かぁぁらっっ……!!!!)
すると味は予想通り激辛。
噛めば噛むほど凄まじい辛味が舌を突き刺してくる。
「お、美味しいです。ごほっごほっ……」
結局最後はむせてしまい。
俺はたまらずビールで全てを流し込んだ。
「だはぁぁぁぁ……死ぬかと思った」
あれ以上噛んでいたらどうなっていたことか。
味のベースはそこまで悪くなかったとは思うが。
それにしても辛過ぎて食えたもんじゃなかった。
「やっぱり美味しくないのね……」
「ああいや……美味しかったですよすごく」
「でも凄く苦しそうにむせてたじゃない」
「ちょっとだけ辛味が強かった言うか何と言うか……」
俺が味の感想を言えば言うほど。
麗子さんが落ち込んでいくのは明白だった。
「別に私が食べるからいい」
そして結果的には拗ねてしまい。
麗子さんは自分で作った肉じゃがを不機嫌そうに一口。
「む、無理しないでくださいね」
「辛いもの好きだからこれくらい平気よ」
俺ならここでむせているところだが。
あろうことか麗子さんは、次々とじゃがいもを口の中へ運んでいく。
「それ以上はやばいんじゃ……」
口をパンパンにして咀嚼する麗子さん。
一切の弱音を吐かず、最後はビールで一気に流し込んだ。
「ぷはぁぁ」
「す、凄いですね……」
貫禄さえ覚える食べっぷり。
相当辛味が強いはずなのだが。
麗子さんを見てると不思議と自分がおかしく思えてくる。
「大丈夫なんですか?」
「そんな心配されるほど変なもの入れてないし」
結構変だと思いますよ。
そう言いたくなるのをぐっとこらえる。
「でも相当辛かったですよね……」
「別に辛くないしっ」
本当なのか、強がっているのか。
俺には麗子さんの本音は読めなかったが。
今の彼女がすこぶる不機嫌なことだけはわかった。
「どうせ私は料理が下手な女よ」
そう吐いてはグビグビと酒を飲み進める麗子さん。
残っていたビールを空にすると、続け様にこんなことを。
「本当は私、保坂くんのこと凄く信用してるの」
「それはちゃんとわかってますよ」
「今日だって後をつけるつもりなんてなかったの」
「仕方ないです。心配になっちゃったんですもんね」
「だって藍葉さん可愛いもん! 私なんかよりもずっと魅力的だもん!」
「いやいや……そんなことはないですけど」
「そんなことあるもん!」
どうやらスイッチが入ったらしい。
火照った顔の麗子さんからこれでもかと弱音が出てくる。
「だからせめて料理だけでもって。保坂くんに喜んでもらえたらいいなって頑張ったのに……なのにそれすらもできないなんて……もう私なんか死んだほうがマシよ!」
「死んだほうがマシとか、俺はそんなこと思ってませんよ」
「私が思ってるの! こんなダメ女消えたほうがいいって!」
酒が進んで酔いが回れば回るほど。
麗子さんのメンヘラ気質な部分が浮き彫りになっていった。
死んだほうがいいだとか。
消えてしまいたいだとか。
こんな拗ね方をされたのはいつぶりだろうか。
最近は随分と落ち着いていたと思っていたが。
やはり麗子さんの心の傷は想像以上に深いらしい。
その傷口を塞ぐためにはまだまだ時間が必要なようだ。
「大丈夫ですよ」
以前までの俺ならここで戸惑っていた。
でも今は彼女を慰めるだけの心の余裕がある。
「誰にだってそういう時はありますから」
慣れというやつだろうか。
どうしたら麗子さんの機嫌が直るのか。
今の俺にはそれが何となくだがわかってしまう。
「俺はそんなことであなたを嫌いになんかなりません」
彼女が今欲している言葉。
不安を解消するためのきっかけづくり。
空いてしまった穴を塞ぐために俺は何度でも彼女と向き合う。
だがいくら慰めても立ち直れないことだってある。
心を整理するためには、どうしても時間が必要だから。
そこで俺は前から温めていた一つの案を提示する。
「今度俺とデートしませんか?」
「えっ⁉︎」
言葉じゃダメなら行動で示す。
そのために一番最適なのは、これ以外にないだろう。
「デートって……あのデート?」
「はい、そのデートです」
「私と保坂くん2人でおでかけするのよね」
「もちろん。麗子さんがよければですけど」
前々から考えてはいた。
でも言い出すタイミングがなかった。
麗子さんと付き合ってからというもの。
まだ一度たりともデートをしたことがない。
仕事の空き時間に喫茶店に行ったりだとか。
仕事終わりに一緒に飲みに行ったりだとか。
そのくらいのことなら、何度か経験したが。
休みの日にどこかへ出かける。
というのは、タイミングが合わずできていなかった。
「今週の土曜日とかどうですかね」
「わ、私は大丈夫だけど」
「なら決まりですね」
かなり突発的な誘いだったが。
どうやら麗子さん的には嬉しかったらしく。
落ち込んでいたのを忘れ、わかりやすく頬を赤く染めていた。
「場所とかは俺が決めておきますから」
「え、ええ。お願いするわ」
嬉しさのあまりか。
それとも好きでそうしているのか。
なぜか麗子さんは思い立ったように箸を手に取り。
自ら生み出した激辛肉じゃがを飲み干す勢いで食らっていた。
その後終電を目安にお開きとし。
麗子さんを駅まで送っていって、今日の宅飲み部は解散となった。
最終的に麗子さんの機嫌はバッチリと治り。
たった1人であの肉じゃがを平らげて帰ったのだが。
後から聞いた話によれば、麗子さんは家に帰った後。
腹痛で1時間ほどトイレから出られなかったらしい。
あれほど気をつけるように言っていたはずのに。
やっぱりあの人はどこか抜けているところがあるようだ。
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