第15話 スウェット

「暇だ」


 ただぼーっとベッドに寝転がっていた俺。

 しかしあまりの退屈さに思わず本音が漏れた。


「仕事が無いなら無いでやることも無いな」


 今日は土曜日。

 故に会社も休みなわけだ。


 普段なら残った仕事に追われているのだろうが。

 俺にしては珍しく、家に持ち帰った仕事は一切無い。

 かといって外出する予定も無く、家で1人暇していた。


 平日の癖で起きる時間はいつも通りだったため、俺は仕方なくケータイで動画を観たり、一度読んだ漫画を読み返したりしていた。


 だがそれもあまり長くは続かず、都合良く感じた睡魔に身をゆだねるようにして仮眠をとり、目が覚めた後は、再びケータイや漫画でひたすらに時間を潰す。


 これぞ25歳独身サラリーマンの休日。


 1人だとこういう時間の使い方が増えるから困りものだ。

 家庭を持てば、まずこういった部分から徐々に変わっていくのだろう。


「まあ忙しいよりはいいのかもな」


 そう自分に言い聞かせ。

 俺は再びぼーっと天井を眺める。


 何もする必要のないこの時間。

 普通の人間なら耐えがたいものがあるのだろうが。

 静寂を好む俺としてはそこまで嫌いなわけでもなかった。


 なぜなら自分の好きなように時間を使えるし。

 暇だからこそ、より仕事からの解放感を味わうことだってできる。


 俺はどちらかというとインドアだ。

 その証拠に仕事以外で外出することはほとんど無い。


 故にこの暇な時間こそが、俺が最も慣れ親しんだ休日なのだろう。





 なんて。

 つい数秒前までは思っていた。


「……暇だ」


 再び声が漏れる。

 退屈な時間を何とか詭弁きべんで誤魔化していたが。

 流石の俺にも我慢の限界が刻一刻と近づいて来ていた。


 そろそろ昼下がりの頃だろうか。

 そう思い部屋の時計をチラッと見れば。


「まだ12時かよ」


 時刻は今だに正午。

 確か起きたのが8時前だから。

 まだ4時間ほどしか経っていないことになる。


 インドアとは言え、この時間の進み方は流石に苦痛だった。


「瀬川さんも今日は出かけるって言ってたしな」


 本当なら瀬川さんをデートにでも誘いたいところだが。

 あいにく彼女は、私用で今日1日出かけているらしい。

 つまりこのままだと、俺は永遠に退屈ということになる。


「んんんん……」


 せっかくの休日が無駄になることだけは避けたい。

 となると無理矢理にでも外出する他道はないが……。

 目的も無しに家を出るだけの勇気が今の俺にはなかった。


「あ、そういえば」


 チラッと目に入った漫画。

 それで思い出したのは、今追っている漫画の新刊発売日だった。


「本屋行くか」


 そのうち買いに行こうかと思っていたが。

 買いに行くなら今日しかないのかもしれない。


 ちょうど読む漫画もなくなったところだし。

 新刊ついでに新しい漫画でも発掘してくるとしよう。


「いや、待てよ」


 だがしかし。

 前向きな俺の気持ちにストップがかかる。


「本屋となると電車だな」


 面倒なことに家近辺に本屋はない。

 行くとなると電車で2駅の繁華街になるが。

 ただ本屋に行くためだけに電車に乗りたくもなかった。


(他に何かないのか……)


 必死に思考を凝らす。

 本屋以外に何か外出したくなる要素。

 インドアな俺でも思わずつられてしまうような何か……。


「そうだラーメン」


 本屋の近くにはラーメン屋がある。

 しかも個人的にとても好みなラーメン屋だ。


 ちょうど昼飯もまだだし。

 本屋ついでにラーメンでも食べて帰ってくるとしよう。

 それならわざわざ電車に乗ってまで外出する価値はある。


「よっしゃ」


 俺は勢いよくベッドから飛び起き。

 財布とケータイを片手にすぐさま玄関へと向かった。




 * * *




 休日だからか駅周辺の人の数はそこそこ多い。

 思わず上下部屋着のまま家を飛び出してしまったが……。


(どうせすぐに帰るし、まあいいだろ)


 今日ここへ来た目的は漫画とラーメン。

 なら別に服装にこだわる必要もないだろう。


 さくっとお目当ての漫画を買って。

 ちゃちゃっとラーメンを食べて帰る。

 周りの目など気にせず、堂々としていればそれでいい。


「えっと、新刊は」


 本屋についた俺は真っ先に漫画コーナーへ。

 その中の新刊が並べられた棚でじっと目を凝らす。


「お、あったあった」


 流石人気な漫画だけある。

 ものの数秒で新刊を見つけることができた。


 あとはせっかくなので。

 面白そうな漫画をいくつか買って行くとしよう。


 と、俺が他の棚へ移動した時だった。


「あれ? センパイ?」


 背後から聞き覚えのある声が。

 まさかと思い振り返ってみると。


 そこには……。


「やっぱりセンパイじゃないですか!」


「うっっ……藍葉……」


 あろうことか。

 私服姿の藍葉が俺のことを指差していたのだ。


「こんなところで会うなんて奇遇ですね!」


 俺だとわかった瞬間。

 藍葉は凄まじいスピードで距離を詰めてくる。


 そして手にしていた漫画に気づくと。

 いつもの調子でこの漫画についての話を始めた。


「センパイもそれ読んでるんですか⁉︎」


「ま、まあ。最近人気だから一応な」


「面白いですよねそれ! 私も全巻持ってますよ!」


「そ、そうなのか。なんか意外だな」


「もう〜、私だって漫画くらい読みますよ〜」


 最近流行っているだけあって流石の知名度だ。

 まさか藍葉みたいな若い女性にも読まれているなんて。


「新刊はもう読んだのか?」


「はい! めちゃくちゃ面白かったですよ! 主人公の炭一郎がついに特訓していた必殺技を習得して、ようやく敵のアジトに乗り込んだと思ったら……なんと! アジトの中は罠だらけで、一緒に行った仲間の獅子ノ助が敵に捕まって炭一郎は——!」


「おいっ……! ナチュラルなネタバレやめろ……!」


 俺が新刊の話をしたのをいいことに、世間知らずな藍葉は、これっぽっちも悪びれるそぶりを見せず、ペラペラとネタバレをして来やがった。


 おまけにだ。


「てかセンパイ、何ですかその格好」


 俺の服装を指差したかと思えば。

 何の遠慮もなしに「ぷくぅぅ!」と思いっきり吹き出したのだ。


「ぷはははっ、ここは家じゃないんですよ〜」


「い、いいだろ別に。休みなんだから」


「にしてもスウェットって……センパイ面白すぎ〜!」


「おい……さすがに笑いすぎだろ……」


「だってスウェットですよ! スウェット!」


 流石の藍葉も本屋ということで一応は自重しているようだが、それでも俺のスウェット姿がすこぶる気に入ったらしく、前屈みになって、大笑いするのを必死にこらえているようだった。


「センパイがスウェット……ぷぅぅクスクスクス」


「はぁ……もういい、一生そこで笑ってろ。俺は会計してくる」

 

「……あっ、待ってくださいよセンパイ〜」


 半笑いで引き止める藍葉には目もくれず。

 俺は新刊だけを片手にレジへと向かったのだった。

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