第7話 事実

 とある日の仕事中。

 考え事をしていた俺は、どうにも仕事に集中できず。

 隣で暇そうにしていた堀に先日のことを相談していた。


「それで、お前はどう思う」


「あぁ……瀬川さんってそっちタイプね」


 するとだ。


 大方全ての事情を伝え終えたタイミングで。

 堀は表情を曇らせ、何の迷いもなくそう言ったのだ。


「やっぱり何かやばい?」


「やばいも何も、メンヘラだろそれは」


「やっぱりかぁ……」


 メンヘラ。

 堀から出た言葉も俺と同じだった。


 あの時の瀬川さんの言動、態度。

 そして夜中の3時まで続いたあの電話。

 どれを取っても、到底普通とは言えないだろう。


 もしかしたらこれが一般的な女性なのかも?


 なんて、恋愛経験の少ない俺は前向きに考えたりもしたが、こうして彼女持ちの堀にまで言われると、事実から目を背けようにも、視線のやり場がなかった。


「じゃあさ」


「何だよ。まだ何かあるのか?」


「ひとまずメンヘラかどうかは置いといてさ」


「いやお前、そこが重要だろ……」


「まあまあ聞けって」


 とはいえ、まだ勘違いという可能性はある。

 堀はすでに「もう諦めろ」みたいな顔をしているが。

 それを確かめないことには、メンヘラかどうかは語れない。


「偶然っていう線はないか?」


「偶然? それってどういうことだ?」


「ほ、ほら。あの日だけ偶然瀬川さんの機嫌悪かったとか。偶然俺に電話をかけて、そのせいで偶然余計に寂しくなって、偶然死にたくなったとか」


「無いな。そもそも普通の人間は、恋人に”死ぬ”とか言わん」


「ですよね」


 速攻で否定された。


 あの日だけの偶然という可能性に、俺は最後の希望を託していたのだが、どうやらもう『瀬川さんはメンヘラ』という事実を、素直に受け入れるしかないらしい。


「それで、保坂はこれからどうすんの」


「どうするって?」


「別れるとか、距離を置くとか、色々あるだろ」


「いや待て待て……付き合い始めてまだ1週間だぞ⁉︎」


「期間は関係ないだろ。早めに気づけたなら、それはそれでいいんじゃねぇの」


「そうは言ってもさ……」


 堀は簡単に言ってくれるが、仮にも俺から『別れる』なんて言おうものなら、瀬川さんがどんな反応を示すのかわかったもんじゃない。


 落ち込んで職場にも出られなくなったりだとか。

 ましてや本当に死んでしまう可能性だってある。


 仮にそうじゃないとしても。

 同じ職場に勤めている以上、間違いなく居心地は悪くなるだろう。


 だからといって俺は、今の仕事を辞めるわけにもいかないし、この先ずっとその環境で仕事に集中できるかと言われたら、正直あまり自信はない。


「そう簡単に別れられねえよ。好きだしさ」


「ならお前が頑張るしかないな」


 トントンと堀に肩を叩かれる。

 おそらくは俺の身を案じてくれているのだろうが……。


 なんだろう。

 こいつが彼女と円満なことを知ってるからだろうか。

 上から目線で「ドンマイ」と言われているようで、少し腹が立った。


「お前も少しは苦労を知れっ!!」


「イテッッ……! 急に何すんだよ保坂!」


「すまん。ただの八つ当たりだ」


「ただの八つ当たりで同僚の脇腹を突くなよ!」


 何やら怒っているようだったが。

 俺はそんな堀にかまわず、放置していた仕事を再開した。


 今日堀に相談してわかったことは二つ。

 それは瀬川さんが歴としたメンヘラだということ。

 そしてメンヘラと付き合うのは、相当な苦労を伴うということ。


 ——そもそも普通の人間は、恋人に”死ぬ”とか言わん。


 先ほど堀もそう言っていたが。

 メンヘラはとにかく感情の変異が激しい。

 それは先日の出来事で俺も何となく理解した。


 故に付き合っていくには、俺が頑張るしか方法はないのだろう。


 どんなに相手の機嫌が悪かろうと。

 どんなに理不尽な理想を押し付けられようと。

 俺が頑張らないことには、成立しない恋愛なのだこれは。


(まあ、やれるだけやってみますか)


 例え相手がメンヘラとはいえ。

 俺が瀬川さんを好きな気持ちは確か。


 そもそもあれだけルックスが完璧なのだから、少しくらい性格がアレだろうと、特殊な趣味を持っていようと、俺は十分に受け入れられる。


 ようやく想いびとと付き合えたんだ。

 簡単にメンヘラでしたと諦められるわけがない。


「なあ堀」


「ようやく自分の非礼を詫びる気になったか?」


「今日の昼、ちょっと俺に付き合ってくれないか」

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