第4話 堀

 瀬川さんと付き合い始めて1週間が過ぎたある日。

 デスクが隣の堀に、何の脈略もなくこんなことを言われた。


「お前最近何かいいことあった?」


「はっ……?」


 突然過ぎて流石にドキッとした。


 瀬川さんと付き合い始めたことは、社内の誰にも言っていないし、仕事中はあくまで普通を装っていたから、まずバレるはずがない。


 となると、瀬川さんから聞いたのだろうか。

 堀がそう思った過程がわからないので、まだ何とも言えない。


「べ、別に何もねぇけど」


「目、泳ぎ過ぎな」


「うぐっっ……」


 何も言い返せない。

 どうやら俺は、壊滅的に嘘をつくのが苦手らしい。

 動揺した俺を見て、堀は必死に笑いを堪えている。


「別に言いたくないならいいけどよっ」


「そう言いつつ笑うのやめろ……」


「だってお前、分かり易すぎるんだもん」


 すると堀は、我慢できず吹き出した。


 最悪付き合ってることが堀にバレるのは構わないが、こいつに玩具にされて、笑われるのだけはどうも納得がいかない。


 なので笑う堀の脇腹を強めにど突いてやる。


「イテッ……! わかったわかったごめんて!」


「一発じゃ気が済まない。もう一発やらせろ」


「勘弁してくれよ。ちょっとツボっただけだからさ」


「そのツボが気にくわないんだよ」


 こいつには今まで何度もおちょくられてきた。

 仕事でもマウントを取られるし、彼女でもマウントを取られる。

 正直同期じゃなかったら、こんなにも親しくしていないだろう。


「で、お前は何でそう思ったんだ?」


「だって最近のお前、明らかに上機嫌じゃん」


「……俺、そんな機嫌良さそうだったのか?」


「まあ、あくまで俺から見てだけどな」


 自分ではできるだけ普通にしていたつもりだったが。

 周りからみたら浮かれているように見えたのだろうか。


「で、何かいいことあったの?」


 今度は自然な感じで聞いてくる。

 その切り替えの早さが、堀のいやらしいところだ。

 実際今、話しても良いかなって気持ちにさせられている。


 加えてこいつの勘の良さは、昔から侮れない部分がある。

 実際他の社員には、特に何を言われているわけでもないし。

 堀だけが俺の小さな変化に気付き、こんな話を持ちかけてきたのだ。


「お前……なんか怖い」


「何だよ。いきなり失礼な」


 おそらくここで隠しても、いずれ堀にはバレるのだろう。

 なら今のうち白状しておくほうが、後々楽かもしれないな。


「はぁぁ……実は——」


 こうして俺は、堀に事情を説明した。


 1週間ほど前から瀬川さんと付き合っていること。

 そして瀬川さんのファンである、他の男性社員からのヘイトを買いたくないために、その事実を隠していたこと。


 堀に限って言いふらしたりはしないはず。

 こいつを信用して、俺は全てを打ち明けた。


 するとだ。


「ああ、やっぱりね」


「は? やっぱり?」


 堀から思いもよらぬ言葉が飛び出したのだ。

 

「やっぱりってどういう意味だよ」


「どういう意味って、何となく予想はついてたって話だよ」


「何がどうなったらそういう話になるんだ」


 予想するとは言えソースがない。

 確かに堀から見て俺は浮かれていたのかもしれないが、それで瀬川さんと付き合ったという事になるのは無理のある話だろう。


「もしかしてお前、瀬川さんから聞いてたのか?」


「いや、何も聞いてないけど」


「じゃあなんで知ってたんだ」


「だって瀬川さん、明らかにお前のこと意識してるもん」


「はっ……⁉︎」


 すると堀は何やら鼻先で指示を出してくる。

『あれ見てみろよ』とでも言いたいのだろうか。

 俺は促されるまま、指示された方に視線を移した。


 すると——。


「……えっ」


 PCに隠れてこっそりとこちらを見ている瀬川さん。

 あまりにも不審すぎる彼女と、俺はバッチリ目が合った。


「ほらな」


 得意げに鼻を鳴らす堀。

 俺と目が合った瞬間、瀬川さんの顔はPCの裏に引っ込む。


「前からずっとあんなんだぞ」


「マジか……全然知らんかった」


 どうやら俺は、度々瀬川さんに見られていたらしい。

 正直こいつに言われるまで全然気付きやしなかった。


 というか。

 こっそり俺を見てる瀬川さん可愛すぎるだろ。


「確かにこれはバレても仕方ないな」


「それだけじゃないぞ」


「まだ何かあるのかよ」


「お前、最近瀬川さん避け過ぎ」


「はぁっ⁉︎」


 そんなことあってたまるものか。

 ようやくできた俺の自慢の彼女だぞ。

 普通に考えて避けるわけがないだろう。


 と、言いたいところだが。

 思い当たる節はいくつかあった。


「昨日の会議中だって、お前瀬川さんと一切目合わせなかったろ」


「別にそれは話す機会がなかったからで……」


「それに今朝だって飲み物買おうとしたけど、自販機のところに瀬川さんがいたから、何も買わずに戻って来たし」


「それはまあ……そうかもしれない」


 言われてみればそうだ。

 確かに俺は、無意識のうちに瀬川さんを避けていたのかもしれない。


 でも別にそれは、瀬川さんのことを嫌ってるからとかじゃなく、むしろ付き合っていることを周りに悟られないための、俺なりの配慮のつもりだった。


「てかお前、そんなことまで気づいていたのかよ」


「これくらい見てればわかるだろ」


「いや、普通わからねぇよ……」


 堀の観察眼にドン引きしつつ。

 俺はすぐさま瀬川さんにメッセージを送った。


『今日うち来ませんか?』


 配慮のつもりだったとは言え。

 瀬川さんにまで変な誤解されるのはまずい。

 もし誤解させているなら、早めに対処するのに越したことはない。


「まあなんだ。とりあえずよかったな、夢が叶って」


「お、おう」


 彼女ができてようやく堀に並べると思っていたが……。


 どうしてだろう。

 堀にだけは一生敵わない気がしてならなかった。

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