第3話 勝負の日 ③

 カポッッ。

 缶酎ハイを開ける音と共に二次会が始まった。

 

 しばらく外の風に当たったせいだろうか。

 俺の酔いはもうすっかり覚めてしまっている。


 そのため瀬川さんと家に2人のこの状況が、少しばかり気まずく感じられた。


「テレビでも観ますか?」


「そうね。静かなのも寂しいし」


 俺は苦し紛れにテレビをつける。

 幸い今日は金曜日なので、面白い番組が多かった。


「お、映画やってるのか」


 しかも結構有名なやつだ。

 これはもう迷う余地はないだろう。





 しばらく映画を観ながらしっぽりと飲む。


 その間俺と瀬川さんの間に、会話らしい会話はほとんどなく、ただただテレビから流れる爆発音や、海外映画らしいBGMに、部屋の中は支配されていた。


 流石にこのままじゃまずい。

 そう思って何度か共通の話題を模索したものの、浮かんでくるのは、瀬川さんを勢いで自宅に誘ってしまったという申し訳なさだけ。


「今日はいきなりすいません」


「どうしてあなたが謝るの?」


 突発的に謝罪の言葉が出たが。

 瀬川さんはいまいちピンと来ていない様子だった。


「いやその……迷惑だったかなと」


「私は来たくて来たのよ。だからあまり気にしないで」


 そう言ってくれるのは嬉しい。

 でもどうしてか俺はさっきまでの調子には戻れなかった。

 おそらく酔いが覚めたせいで、気持ちが冷静になってしまったのだろう。


「それにこういうの、学生の頃みたいで私は好きよ」


「確かに学生時代は、よく友人と家で飲みましたよね」


「そうね。とても懐かしいわ」


 そう言うと瀬川さんは、酎ハイをグイッと一口。

 今思えばビール以外のお酒を飲む姿を初めて見た気がする。


「昔からお酒好きなんですか?」


「ええ。当時はサークルに入っていたから、飲み会も多かったの」


「へぇー、ちなみに何のサークルだったんですか?」


「軽音楽よ。これでも私、昔はギター弾いてたの」


「ギター⁉︎ すごいですね。全然イメージにないっす」


「ふふっ、よく言われるわ」


 あははっ、と思わず笑いが溢れる。

 まさか瀬川さんがギターを弾いていたとは。

 入社4年目にして、一番驚いたことかもしれない。


「今はやってないんですか?」


「そうね。最近は仕事で手一杯だから」


「ですよね。特にうちの会社は急な仕事多いですからね」


 社会人と学生では、自由に使える時間が全く違う。

 ましてやうちみたいなIT企業は、急な仕事にも対応しないといけないので、終わらなかった仕事を家に持ち帰るなんてことはざらだ。


 俺もここ数年は、出勤以外での外出はほとんどしていないし、瀬川さんだって人に頼られる立場上、色々と大変な思いをしているのだろう。


「あぁ、学生のころに戻りてぇ」


 なんてついつい本音が漏れたその時。

 ふと思った。


(そういや俺、いつの間にか話せてるな)


 さっきはあれだけ気まずいと思っていたはずだが。

 いつしかそんなことを忘れて、普通に会話できていた。


 気づけば1缶目の酎ハイも飲み終わりそうだし、苦し紛れに見ていた映画の主人公は、なぜだか知らないが、大怪我を負ってピンチの局面を迎えていた。


「もう10時か」


 確か家に着いたのが9時半前だったから。

 なんだかんだもう30分以上経過したことになる。

 瀬川さんとの会話が弾みすぎて、全く気がつかなかった。


「帰りの時間とか大丈夫ですか?」


「ええ。終電に間に合えばいいから」


 そう言うと瀬川さんは、残っていた酒を一気に飲み干す。

 ドクンドクンと揺れる喉元が、何だかちょっとエロかった。


「なら俺、もう1缶持ってきますね」


「うん、ありがとう」


 お酒が入って、また気分が上がってきた。

 さっきは散々ビビり散らかしていたが、こうなればもう大丈夫。

 瀬川さんとの宅飲みが楽しすぎて、2人きりなど気にもならない。


「レモンサワーでよかったですかね」


「私は何でも大丈夫よ。ありがとう」


 瀬川さんが俺だけに向けてくれるその笑顔。

 それを見るだけで、胸の内が徐々に熱くなって。

 彼女を好きな想いが、どんどん加速していくのが自分でもわかる。


 仕事終わりに家で2人きりなこの感じ。

 映画を観ながらしっぽりとお酒を飲むこの現状が、少しカップルっぽいな、なんて、心の何処かで思ったりもした。


「ねえ、一つ聞いてもいいかしら」


 そんな時、瀬川さんは言った。


「保坂くんはなんで私を家に誘ってくれたの?」


 とても真剣な表情で。

 俺の本心に触れるそんな質問を。


「飲み直すなら別なお店に行けばよかったわよね」


「確かにそうですね」


「ならあなたはどうして私を家に招いたのかしら」


 瀬川さんを家に招いた理由。

 そんなの俺の中には一つしかない。


「……スゥゥ」


 言うなら今しかない。

 俺の本能がそう告げていた。


 もし瀬川さんと付き合えたのなら。

 この先もずっと幸せな時間が続くのだろう。


 もし瀬川さんと付き合えたのなら。

 この笑顔をずっと独り占めできるのだろう。


 もし瀬川さんと付き合えたのなら。

 きっと俺は後悔のない素晴らしい人生を送るのだろう。


 もし瀬川さんと付き合えたのなら——。








「あなたのことが好きだからです。俺と付き合ってください」









「こんな私でよければ、よろしくお願いします」







 * * *




 思考が止まった。


 今まで俺が蓄えていた覚悟。

 そして痛いほど感じていた緊張や不安。

 その全てが俺の中から綺麗さっぱり消え失せたのがわかる。


(あれっ? 今俺は瀬川さんに告白をして……)


 慌てて瀬川さんに視線を移す。

 すると何やら両手で顔を覆い、耳を真っ赤にして俯いていた。


 俺は告白を成功させたのか?

 それとも見事に撃沈してしまったのか?

 気分がハイになっているからか、正常な判断ができない。


 そんな時、頭の中にもう一度響いてくる。


『こんな私でよければ、よろしくお願いします』


 紛れもない瀬川さんの声だ。

 夢かと思い手の甲をつねってみるが。

 痛い。つまりこれは夢じゃなく現実だ。


(俺、ついにやったのか……⁉︎)


 ここでようやく状況を把握した。

 俺は今憧れの瀬川さんに想いを告白し。

 数年越しの激闘の末、見事その告白を成功させたのだと。


「っっしゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 自然にガッツポーズが出る。

 誰もが憧れる超絶美人が今、自分の彼女になったのだ。

 今まで生きてきた25年間で、間違いなく一番嬉しい瞬間だった。


「ほ、保坂くん。ちょっとはしゃぎすぎよ」


「……あ、ああ、すいません。嬉しすぎてつい」


 平静を取り戻し、流れるように瀬川さんの顔を見れば。

 普通を装いながらも、その頬は真っ赤に染まっていた。


「な、何かしら」


「い、いえ。瀬川さんもそんな顔するんだなと思って」


「っっ……!!」


 火照った顔。そして色っぽい唇が小刻みに震えているその感じ。

 これは職場では決して見られない、女の子の顔をした瀬川さんだ。


「あ、あまり見ないで……流石にちょっと恥ずかしい」


 極め付けには照れ隠しに髪を触り。

 俺からの視線をわかりやすく避けようとする。

 こんな姿の瀬川さんは、過去に一度たりとも見たことがない。


 何と言うか、これはとんでもなく……。


「可愛すぎだろ……」


 こうして俺には超絶美人の彼女ができた。

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