51,戦いのあと

気が遠くなる、腕が重い、立っていられない。


なんてこと!ち、力が!身体が、動かない!誰か……



矢を手にかかげたまま、意識が遠のき後ろにふらりとくずれて行く。

ガーラントが何かを大きく叫ぶ。



誰か!母様!




フワリと、後ろから誰かに包まれた。


「まったく、リーリは無茶をする」


「か……あ……さ……」


ガクリと気を失うリリスの手にある矢を、セフィーリアが受け取る。

その矢はまぶしいほどに輝きを増してゆく。


「我が愛し子に手を挙げた。それを後悔するがいい!無礼者めが!」


「ヒイッ」


巨大な蛇は、慌ててレナファンを捨て、闇の狭間はざまに逃げ込もうとする。

しかしセフィーリアがその矢を投げると、矢が突き抜けたモンスターは四散し、闇の空間で射抜かれた蛇の身体は大きくふくらむ。そして壁ごとはじけて消えた。


「やった!やったのか?!」

「魔物が消えた!」


喜びもつかの間、壊れた壁に支えを無くした天井がガラガラと崩れ、屋根の一部が落ちてくる。


「危ない、早う皆下がれ!」

「レナファン!手を早く!」


崩れ落ちる屋根の一部からレナファンを救い出し、うように皆が何とか出口を目指す。

一同はドアの外まで下がり、そしてようやく息をついた。


「レナファン無事か?」


魔導師2人に支えられていた彼女はその場にヘナヘナと座り込み、大きく息をつく。

死を覚悟していた緊張感から一気に解き放され、気が遠くなっていった。


「は、はい、ご迷惑をおかけして申し訳ない。ああ……」


レナファンの身体が、ルネイの手の中にゆっくりと倒れてしまった。


「レナファン!早う医者を……!」


ルネイが彼女を介抱かいほうする横で、グロスが崩れた壁に呆然ぼうぜんとつぶやく。


「な……んという……我らが束になってもかなわなかったものを……」


グロスが肩を落とし、セフィーリアが抱くリリスを見つめる。

セフィーリアは小さく首を振り、そしてグロスと目を合わせた。


「私が教えたのは、風の精霊を使役しえきして行う魔導。お前達が師に習った物とさほど変わらない。

しかし、この子は精霊と会話する。

そして巫子の術も合わせて勉強している。

わが弟子で、ここまで戦える弟子はいない。

気に病むなグロスよ。この子は戦う宿命であったのだ。」


「戦う……宿命……か。わしらは戦うことなどありませなんだ。

この年で経験不足などお恥ずかしい。」


ルネイがグロスの肩を叩く。


「元より魔導師は、人々を良き方向に導く為の存在。

今まで戦う必要もなかったのだ。いたし方ない。

しかし、リリス殿には驚いた。」


何という知識の応用力。


これでは他の魔導師は皆かすんでしまう。

最低の地位の中で突出した力の彼には、元より魔導師の指輪など与えられぬのだ。


それは、塔のりすぐりの魔導師たちの存在までも、おびかしてしまう。


塔の親書しんしょからは、リリスに良いイメージを受けなかった。

あれは、見苦しい塔の老人たちの嫉妬しっとだ。

もしこの戦いぶりを目の当たりにしたならば、ゲールはどう思うのだろう。


「皆無事か?!」


騒ぎを聞きつけ、ガルシア達が駆けつけて階段を駆け上がってきた。


「何と、あの魔物はいかがした?」


部屋へ飛び込むと、そこにレリーフのようにあった魔物が消え、壁が崩れて美しい外の景色が見えている。


御館様おやかたさま、壁に天井も壊れております。ここも危険かと。」


声に振り返ると、兵達もバタバタ下から駆け上がってくる。

ガルシアはあたりを見回し、すでに危険が去ったと判断して兵を下がらせた。


「わかった、ここは崩れるやもしれん、早く下へ!館へのドアを開放せよ、一刻も早く塔を出るのだ!

医者を呼べ、グロスもルネイも手当をしなければ。気を失った者もいる。はやく!

おお、何とレナファン!ルネイよ、どうやって助け出したのだ?」


「それが……」


ルネイが視線をリリスにやる。

自分たちでなせなかったことが、この少年1人の登場で解決できたなど、老齢ろうれいの魔導師には立つ瀬がない。


何と語ればいいのか……


ルネイの戸惑いにガルシアはうなずき、ここで語ることではないとさっし、それ以上口をつぐんだ。


「よい、あとで聞こう。とりあえずは大儀たいぎであった。早く治療せよ。

人は完璧ではない。ルネイよ、万全を尽くし彼女は救われた、それでよい。」


「は……これしき、軽いケガでございます。」


顔にあるキズを押さえ頭を下げるルネイに、ガルシアがその手を取る。


「さ、皆と共に下へ降りようぞ。転んで骨など折られぬよう。」


嫌みにルネイがフッと笑う。


「なんの、この老体まだまだ御館様おやかたさまのお役に立ちましょうぞ。」


「その意気いきだ。」


ニヤリとガルシアが笑った。

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