21,2つの影

「精霊どころか公さえもだまして王家に取り入ろうとする、その貧しい心根が気に入らぬ。

身から出たサビと知れ、覚悟せよ!」


「私は王に取り入ろうなど、考えたこともありません!」


「ふざけたことを、死ね!」



次第に切られた腕が、拍動的はくどうてきにずきんずきんと痛みを放つ。

その腕の痛みに、少しずつ心が落ち着きを取り戻し気持ちが集中する。

剣を振り上げた彼をキッと強い瞳でけ、いつもの力ある言葉で呪文をとなえた。


「リム・ラ・ファーン・レ・ルーン!風よ、いましめとなれ!」


ビョウ!ビョオオオ…………

「ぬっ、く、くそっ!」


大柄おおがらのガーラントの身体の回りを、強い風が巻いて取り囲み動きを止める。

リリスが血に塗れた指で宙に文字を書き、呪文を発すると文字が光って彼の身体を取り巻いた。


「我が名の下にいましめを解くまで、動じること禁じる!」


文字がビシッと音を立て、彼の身体をしばり上げる。

「ぐあっ!」


時間が止まったようにガーラントの身体が凍り付き、彼は指一本動かせなくなってしまった。


「リリス!チュッピピ……」


闇の中よく見えない目で、ヨーコがヨロヨロ飛んでくる。


「あっ!この!ピピッ!」


ヨーコが動かないガーラントを見て、頭にりを入れた。


「はあっはあっはああぁぁ………こ……恐かった……」


ホウッと息をつき、さすがのリリスも身体中から力が抜けた。


「あ、つつ……」


そこでようやく背中がトゲだらけのヤブだと気が付き、何とか逃げ出す。

服があちらこちらに破けができて、髪も引っかかりヒモが抜け落ちてしまった。


「いた、いたた……」


「リリス、大丈夫?」


ヨーコが月明かりの下で、ガーラントを横目に彼の無事を確かめる。


「手!これ血?!血だらけじゃない!」


「は、はい、大丈夫。……かな?いたた、ああ、また母上様に叱られます。」


袖でゴシゴシと涙を拭いて、流れる血に傷をしばろうとポケットを探す。

ハンカチを取り出そうとした時、髪がフワリと顔にかかった。


「あ、ほどけちゃったのか。」


ハンカチで傷をしばり、大切なメイスに貰ったヒモを暗闇の中探していると、精霊達が集まってキラキラとヤブを照らしてくれる。

でもなかなか見つからない。


「もう諦めなよ、リリス。」


「いえ、大事な物だから……あった!」


ようやく見つけて取ろうとした時、何か言いようのない嫌な予感が走った。

精霊が1人、ヒモに飛んでいき、やはり触れることが出来ず首を振る。


「リリス、これやっぱり使わない方がいいよ。

あいつ変だったもの。」


「でも……これは友達からの大切な頂き物なのです。」


リリスがとうとう手に取り、腕の痛みをこらえて髪をくくる。

初めての友達から初めて貰った物だけに、手放すことには抵抗があったのだ。

彼の優しい微笑みが、この髪を美しいと言ってくれた言葉が、一つ一つ宝石のように心の中で輝いている。



メイス、君は私の無事を祈ってこれをくれた。

私は君を信じるよ。今は、それしかできないから……



不安感を抱えながら、手を合わせ祈る。

視線に振り向き見上げると、ガーラントが睨み付けていた。


「一体どなたのご命令か存じませんが、さすがに油断していました。

私は、お味方からも命を狙われて不思議はなかったのですね。

生きていきたいならば、我が身は自分で守らねばなりません。

あなたはそれを教えて下さいました。礼を言います。」


「リリス、甘いわよ。ピピッ!」


「それと……

城には変わったうわさがひそかに流れていると聞き及んでおりますが、私には一切関係のないこと。

私は王子に忠誠をお誓いしてここにおります。

もしうわさをに受けることがあるなら、私など登城とじょうする事も許されず、とうに切り捨てられているでしょう。

王家とつながりなど滅相めっそうもございません、私はただの魔導師であり召使いなのです。」


だからなのか、とリリスはふと思った。

ザレルが人を使ってまで、自分を異世界より連れ戻し、登城させた理由をようやく理解できた気がする。

自分の手の届かないところで、暗殺される事をうれいたのだ。

このレナントへの移動は、ザレルには不本意だったのだろう。

剣に意識が宿るやどるほど心配してくれた、その気持ちが嬉しい。

リリスは場違いなほど微笑み、そして剣をかかげたまま凍り付いているガーラントに手を掲げる。


「汝をしばるいましめよ、風の魔導師リリスの名の元にけよ。」


ガーラントをしばる光る文字が壊れて消え、ガーラントがよろけて倒れた。


「なんで解くの?!リリスってば!バカバカ!」


ヨーコがバタバタ肩で羽ばたき、リリスが彼女を指にとまらせた。


「いいのです。彼には彼の使命があります。

私は戦ってしのいで見せましょう。私が生き残れるかどうかは自分次第。」


「それって自分にきびしすぎるわよ。」


「覚悟の上です。先ほどは助かりました、ヨーコ様。川へ参りましょう、傷の手当てをしなくては。」


闇の中、野営の方角へ戻って行くリリスに、ガーラントが振り向きもせず剣を地に突き立てる。

その心は大きく揺らぎ、使命を思うとこぶしを地にぶつけた。





ゆらりと闇にとける2つの影が動く。

リリスの回りは無数の精霊が飛び回り、影は気配を消してその後ろ姿をじっと見つめた。


「あれか……」


「マダがきダナ……」


小さく男の声が飛び交い、風に揺れた。


「精霊ガ集マリスギテイルナ。ヒモヲ使ウカ?」


「いや、赤目よ、ヒモはまだ早い。今夜ガキをやるのは諦めよう。気が削がれた。」


「殺スノヲヤメルノカ?」


「いや、朝を待って、他の人間と一緒にるとしよう。

それに人間達の恐怖に満ちた顔が、はっきり見えぬと面白くないと思わぬか?」


「ククッ、顔無シノナント趣味ノヨイコトヨ。ヨカロウ。」


無言でうなずき赤目の気配が消えた。


「役たたずめ……」


顔無しが苦々しい口ぶりで舌打ち、立ち上がったガーラントを見てその剣に手を向ける。


「グロール・ロー・ラナーン、剣にありし風の魔導師の血よ、闇にけがれよ。凝縮せし恐怖と憎しみを持って、この男の身を呪い滅ぼせ。」


呪文に答え、ガーラントの剣に付いたリリスの血が黒く変色した。

しかし次の瞬間、ポッと火がつき血が勢いよく燃え上がる。


「うおっ!な、何だ?」


訳がわからぬ様子で、ガーラントが思わず剣を落とす。

その炎は赤く燃え上がりけがれを消すと、やがて消え失せ何事もなかったように、あとにはただ剣が転がって主の手を待っていた。


「いったいこれは……」


剣からはリリスの血糊が消え、月の光を美しく反射している。


「ちっ、火の加護かごまで付いているのか、あのガキには。本当に人間なのか?」


闇の影が、舌打ちして消える。

どうにもやりにくそうな相手に、子供とあなどっていた気持ちを捨てた。

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