9、噂の根源
「王子の元へ行こう。」
「え……?ええ。」
ザレルに
リリスが終始無言で、うつむき何か考えている様子にザレルがポンと肩に手を置いた。
「つらいか?」
「いいえ、この姿をさらすことをお許しになったのは、意外でした。」
「まあ、そのうち皆慣れるだろう。気にするな。」
「そうですね、あの無口なザレルもこれほど話されるようになられたのですから、私も変わらなくてはなりません。」
クスリと微笑んで、ようやく顔を上げる。
ザレルがキョトンとしたあと、ニヤリと笑ってゴンと頭を小突いた。
「いた!」
「口の悪さは相変わらずだ。」
ザレルはセフィーリアと暮らすようになって、ずいぶん性格が柔らかくなったように思える。
リリスも少し、それが嬉しい。
「で、あれから母上様はお帰りになられましたか?」
「まだだ。時々風と共に現れるが、隣国との境が気になるらしい。
配下の者からレナントにいると伝え聞いた。」
「そう、ですか。」
国を守護する風の精霊王である母セフィーリアは、早くに隣国の気配を
死ぬことはなくても、やはり心配だ。
「リリス!」
突然声が響き、奥からキアナルーサが駆け寄ってきた。
「王子!お久しゅうございます。」
リリスが立ち止まり、胸に手を当て頭を下げる。
キアナルーサはしばらく見ない間にずいぶん背が伸びて、ぽっちゃりしていた以前よりも少し痩せ、男らしくなっていた。
「良く来てくれた!さあ、僕の部屋に来るがいい。」
キアンの思っていたより元気そうな様子に、リリスも微笑んでうなずく。
駆け寄ってきたキアンは以前よりも更にリリスより高くなって、少し見上げねばならないほどだ。
そばかすも薄くなり身体に筋肉も付いて、しばらく見ぬ間に立派になられたと嬉しくなった。
「なんとご立派になられて。王子もお
「リリスは相変わらずガリガリの痩せたチビだな、同じ年とは思えぬ。
もっと食事の量を食うが良い、お前は動くわりに食が細すぎる。」
「申し訳ございません。」
キアンはホッと息をつき、部屋へと
「では、お茶菓子など準備して参ります。」
キアンの背後にピッタリと歩く、同年代の少年が頭を下げる。
彼は身の回りの世話をする従者なのだろう。
身なりも綺麗で、
「ああ、ゼブラ。美味しいお茶を頼むぞ。大事な友人なのだ。ザレルは
ヤレヤレと苦笑して、ザレルが頭を下げ足を止め下がっていく。
しかし部屋に入ったとたん、キアンが突然リリスに抱きついてきた。
「リリス!」
「ど、どうなさいました?」
「どうしよう!どうしよう!また叔父上が僕を失脚させようとしているんだ!
ドラゴンたちも、僕を見放そうとしてる。僕は、きっと王になれない。」
ボロボロ涙を流し、鼻を赤くして押し殺すように泣き始めてしまった。
やっぱり、そう簡単に内面は変わらない。
なんだかホッとしてリリスは微笑んだ。
「王子、そのようなこと……聞けば国の大事の時、公が国を乱すようなことをなさるはずありませぬ。」
リリスがそうっとキアンの背中を撫でる。
「でも、叔父上の使者が来た時言ったんだ。フレアゴートが重大な事を告げた。
それが真実なら王位継承者は別にいると。」
『赤き髪の少年こそ真実、次代の王だとフレア様は言っておられる』
酒の席で思わずこぼした使者の言葉を、
しかしそれはドラゴンの言葉のこと、普通なら真実と疑わない。
キアンもそうと知っているだけに、大きくうろたえてしまった。
そしてそれから、皆の心には大きなわだかまりが生まれてしまったのだ。
貴族達はざわめき、叔父の宰相は火消しに回っているらしい。
声を大きくした貴族は、
このまま治まってくれればと、願うことしかできない現状が不安で仕方なかった。
そっと、部屋から離れた廊下の突き当たり、階段の影からそうっと少女が耳を立てる。
彼女はキアンより3つ下の妹だ。
王位継承権は男性のみのアトラーナであるが、血族での婚姻を繰り返した為か死産も多く、男子に恵まれないのが最大の悩みであった。
「ミレーニア様、このようなところで立ち聞きですか?」
「きゃ!」
部屋に置いてきたはずの侍女が、後ろで息を切らして目をつり上げている。
「まったく、コッソリ抜け出されるなんて、ルールーの首をお切りになさるおつもりですか?」
「ほら、この兄上以外の男の子の声が、うわさの魔導師でしょう?
なんでも不吉な姿をしているとか、見てみたいわ。」
「なりません、戻りましょう。見ただけでどんな災いが降りかかるか。
考えただけで恐ろしい。」
「ルールーは恐がりね。魔物の姿の人間なんて、どんなに
絵本のリリサレーンのように、きっと長い鼻が曲がって口が耳まで裂けているのだわ。
兄上も物好きよね。」
「まったく、物好きでございますな。」
また背後で声がして、ミレーニアが飛び上がった。
「なんだ、ルーク?お前も兄上に仕えるの?」
「ま、それはご依頼があれば。
私は魔道師の塔の長ゲール様から、あの赤い髪の魔導師を連れてくるよう言付かってきましたのでね。」
「なんだ、お前直々に?下男はどうしたの?ものぐさルークが今日はよう働くこと。」
ルークが、この物怖じしない王女にクスリと笑った。王家で飛び抜けて明るい王女だ。
ルークの目には、彼女は美しく
「皆気味悪がって来たがらないのですよ。顔色を変えてうなずく彼らが可哀想でね。」
「ウソばっかり。面白いからでしょう?」
「フフフ……」
まったくと言いたそうに笑い、キアンの部屋へと向かう。
ワクワクして隠れて待つ王女が様子をうかがっていると、やがてキアンに見送られルークのあとを赤い髪の少年が部屋を出てきた。
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