10、キアナルーサの妹

「では、しばしおいとまいたします。」


「ああ、話しの続きはまた後で。……おや?なんだミレーニアじゃないか?」


チョイチョイ顔を出していた王女を、キアンがめざとく見つけて声をかける。

リリスは王女の名にサッと身を返し、膝を付いて頭を下げた。

ミレーニアがぺろりと舌を出し、仕方なく顔を出した。


「見つかってしまったわ。ごきげんよう兄上。」


ドレスをつまみ、ぺこりと挨拶する。


「どうせお前のことだ、リリスを見に来たのであろう?母上に止められているだろうに困った奴だ。」


「あら、はしたない。見に来るとか、そのような事ありませぬ。お兄様にご挨拶をと思っただけよ。」


と言いつつリリスをのぞき込む。


「ふふ、まあいい紹介しよう。これが先の旅で世話になった魔導師のリリスだ。

まだ若いがなかなかの物だぞ。」


「これはお初にお目にかかります、ミレーニア様。

しばらくこちらにお世話になることになりました。どうぞよろしくお願いいたします。」


リリスが少し顔を上げて微笑み、そしてまた深々と頭を下げた。


なんと可愛い王女。

これがキアン様の……私の、妹…………


「ふうん、お前があのうわさの?お兄様もお人の良いこと。」


いぶかしい顔で、ミレーニアがリリスを見下した。


「まあ、なんと気味の悪いリリサレーンのような髪、不吉な。

叔父様は夢でもご覧になったのかしら。

フレア様の言葉を鵜呑うのみにするなんて、れ言に構っていられるほどヒマなんだわ。

聞けば召使いか奴隷の出とか。よく魔導師になれたこと。

お兄様、成り上がりを近くに置くのは良いこととは思えませぬ。」


「口の悪い、誰からそのようなことを聞いた?可愛くないな。」


「だって、可笑おかしいわ、こんな赤い髪のやからが私達と血のつながりがあるわけございませんでしょう?

フレア様や叔父様は何をお考えなのかしら。今、お兄様に悪いことがあったら大変だわ。」


「悪いことなど無い。何を言う。」


「この者は一時ベスレムにいたと聞いております。

叔父様だって、この子を懇意にしたために何か言いくるめられたに違いないと思いません?

きっと口の上手な詐欺師よ。」


冷たい言葉に、リリスの胸がズキンとうずいた。


気味が悪いなんて聞き慣れた言葉なのに、血の繋がった者の言葉はなんて重いんだろう。

そうか、ヴァシュラム様が言った別の意味で地獄とはこのことか。

あれほど探した本物の家族を前にして、名乗ることもできないとは……

ましてこの姿をさらすことの、不信の目を受けることのなんと苦しいこと。


「お前、顔を上げよ。そのみにくい顔をよくお見せ。

髪の色に驚いて、お前の顔をよく見なかったわ。」


ミレーニアが、キアンのかたわらに来て身を乗り出す。

しかしもう、リリスは顔を上げることが出来なくなった。


「どうか、お許しを。」


色違いの目を、見られたくない。

きっと髪より悪い印象を与えるだろう。

皆この目を見ると、とてもいやな顔をする。

今更ながら、どうして自分はこんな姿で生まれてきたのかと、本当に呪われているんじゃないかとさえ思えて心が暗くなる。


「いいからお見せったら!もう!」


「どうか、どうか……」


ギュッと目を閉じ、ますます深く頭を下げる。


「ミレーニア、もうそれ以上リリスをいじめるな。さあ、リリス行け。」


キアンが彼の背を押し、ルークの元へと押しやった。

ルークがキアンに一つ礼をして、先を歩き出す。


「まあ!せっかく見に来たのに!ルーク!」


「またのちほど、お楽しみに。」


「意地悪!」


ぷいぷい腹を立てる王女に、ルークが笑う。

廊下を歩きながらチラと振り返り、片手で顔を押さえうつむいて歩くリリスに、歩きながらルークがボソリとつぶやいた。


「来るんじゃなかったと、後悔しても遅い。」


「そのようなこと……思ってはおりません。」


リリスはハッと我を取り戻し、そして顔を上げて真っ直ぐ前を向いて歩き出した。


「元より覚悟の上。生まれたときより悪魔だ魔物だと言われて育ちました。

今更傷つくことなどありません。

王子のお悩みを思いますと、私の悩みなど些細ささいなことです。」


きっぱり言い放つ彼にキョトンとルークが呆れ、そしてプウッと吹き出した。


「それじゃ、私はお前のことを赤ネズミとでも呼ぼうか。招かれざる魔導師殿。」


「お好きに。」


ひどい言葉にも、リリスが顔色一つ変えずに返した。


「冗談だよ。

リリ……リリスとは女の名のようだな。フルネームは?家の名はなんというのだ?」


「親のない召使いに家の名などありません。

リリスとお呼び下さい。名を呼んで頂けるのでしたら。」


セフィーリアとの親子関係は、個人的なことだ。元よりセフィーリア自身人間ではない。

ザレルの養子にと話しがあったが、城付き戦士の彼に身分違いの縁組えんぐみなど城の許しはもらえなかった。

いまだ正式には、彼らの使用人だ。


「少女のような見かけと違って気の強い奴だ。面白い奴。」


「少女は余計でございます。いっそこの髪、そり落としてしまいましょうか。」


「あはは、そりゃいい。髪を落として神に仕えるか、その悪魔の姿で。」


「フフ、おたわむれを……」


ルークは、初めて会ったときよりおだやかに見える。

まわりは理解のない者ばかりの中、ほんの少しホッとして話していた。

やがて城の中でも東の塔へと導かれ、らせんの階段を上がり始める。


「ああ、いつ来てもこの階段は苦手だ。目が回る。」


ブツブツ文句を言いながら上がって行くと、やがて階段が途切れた。


「ルーク様、お手間を取らせ申し訳ありま……ヒッ!」


出迎えたリリスと同い年ほどの浅黒い肌に金髪碧眼の少年が、リリスの姿に息を飲む。


「お初にお目にかかります。風の魔導師、リリスにございます。」


リリスは落ち着いて穏やかに微笑み、そして深く頭を下げた。


「来るのはわかっていたろう、無礼だぞ。」


息を飲んだ少年に、ルークがめ付ける。


「も、申し訳ありません。お姿に動揺してしまいました。

小さい頃より、ババ様に昔話しを聞かされ育ったものですから。」


「お優しいおばあさまだったのですね。」


「えっ!ええ、よく色々な昔話を……申し訳ありません。どうぞこちらへ。」


「ありがとうございます。」


塔の何階だろうか、そのフロアを抜けて開けられたドアの向こうに、また階段が現れる。

それを上がるとまたドアが現れ、少年がコンコンと小さくノックした。


「メイスでございます、お客人をご案内いたしました。」


内から音もなくドアが開き、目つきの鋭い男が顔を出す。

ゆったりしたローブに杖を持ち、城の魔道師の1人だろう。

リリスが硬い表情で頭を下げると、男がドアを開け中に入るよう手で招いた。


ルークが先に入り、そして部屋の奥に頭を下げる。

リリスも息を飲み、後に続いて足を踏み入れる。

サッと温かな風が緊張した彼の顔を撫で、赤い髪を舞い上げた。

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