書類上の婚約関係だけで良いと言っているのに、どうして毎回会いに来るのよ

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 この春、吸血鬼である私の婚約者になった少年がいる。


 そんな彼が、いま屋敷を訪れているらしい。


 だからこの私、ミヅキ・シルヴァリアが出迎えに出たけれど、玄関には姿がない。


 今日は、やけにウチの番犬が吠えるなと思っていたら、庭にいたらしい。


 婚約者の少年は、番犬に追いかけられていた。


 息も絶え絶えと言った様子で、走り回っている。


「あんた、何やってんの?」


 私がそいつに声をかけたら、婚約者は親指をぐっと立てて走り去っていく。


 訳がわからない。


 その後を追う番犬は楽しそうだが。婚約者は苦しそうだ。


 そいつは庭を十周したあと「飼い主思いの良い番犬だ」「バウッ」とかやって最後には分かり合ってる。


 私は呆れて、遠くで成り行きを見守っていた使用人を手招きして、指示しておいた。


「あれ、追いだしといて」


 あれ、とは犬と仲良しこよししている少年の事だ。


「かしこまりました」


 まったくこれで十回目だ。


 書類上の婚約で良いといっているのに、なぜあの男はこうも家に上がり込もうとするのだろう。






 この世界には、世界中の人々から嫌われる人間がいる。


 それは、吸血鬼だ。


 過去、この世界には、いくつかの種族が存在していた。


 大昔には百以上の種族が存在していたらしいが、数百年前に起こった大戦で大部分が消滅。


 現在の数、十数種に落ち着いている。


 その大戦で苦労して生き残ったのが、人間で。かろうじて生き残ったのが吸血鬼。


 元々生命力が弱かったのかもしれないし、別の理由があったのかもしれないが、吸血鬼は過去の戦であっというまに数を減らした。


 だから、そんな弱い吸血鬼は、他の種族に虐げられる事になったのだ。


「何も秀でた所のない人間にすら劣る種族」だなんて呼ばれている。


 ここまで言えば分かる通り、種族には優劣がある。


 一番優秀なのは、天使族だ。


 若いままの時期が長くて、容姿が美しいものが多い。


 病気知らずで、健康体で誕生するものが多い。


 反対に、下等種族と呼ばれるものもいる。


 それが、人間や吸血鬼族だ。


 しかも吸血鬼は、はるか昔の大戦で、どっちつかずの姿勢を取り続けていたため、終戦後にどちらからも嫌われた者達でもある。


 その時の禍根が今も残っていて、吸血鬼族は忌み嫌われる存在となっていたのだ。






 ここまで言えば分かるだろう。

 私もその吸血鬼族と同じだった。


 私の家は吸血鬼族の中では珍しい、裕福な家だけれど、このように諸々の事情があって苦労しているのだ。


 特に一番の悩みは、「他の種族の血を吸わなければ生き延びる事ができない」という点。


 他種族に依存しなければろくに生きていく事ができないのが困りどころだった。


「それを解決するために、貴方達みたいな奴隷を雇っているのよね」


 婚約者を追い出したあと、女性の使用人と今日の日程を確認しながら話す。


「ええ、その見返りに住むところと、給料と、食べる物を用意していただいています」


 長い目で見ると駄策にしか過ぎないが、吸血鬼たちは奴隷を利用して飢えをしのぐしかなかった。


 他の種族の血を吸わせてもらうなんて、できるわけがないのだから。


 私は付近一帯を治める領主でもあるので、確認しなければならない書類が山ほどある。


 執務室の中で過ごしていた私は、おやつを持ってきた奴隷の使用人に空のカップを渡した。


 数分後に温かいお茶を入れてもってきたその使用人の首には、奴隷である事を示す首輪がついていた。


「私たちはお嬢様に感謝しております」

「お世辞でも嬉しいわ。ありがと。けれど、分からないわね」

「なにがでしょうか」

「あの婚約者は、まったくなんで、こんな私と婚約しようと思ったのかしら」


 こちらの呟きが聞こえたのだろう。


 首をかしげる使用人に下がっていいと述べて、部屋から退出させる。


 私の婚約者は、人間の貴族。


 下等種族と呼ばれる者であったが、吸血鬼よりましな相手はいくらでも見つけられたはずだ。









 次の日にこの屋敷にやってきた婚約者は、迷言を口にした。


「あんたに一目ぼれしたからだ」


 書類上の婚約で良いと言ったのに、婚約者は毎度私の屋敷におしかけてくる。


 婚約の理由は、何だと聞いたらこれだ。


「つきあってられないわ」


 私はその戯言をそこら辺になげて放っておいた。


 犬でもこんなもの食わない。


 と言ったら、犬に失礼かもしれないが。


 嘘を述べてきた婚約者は頬を膨らませる。


「本気だぞ、そんな事いうと怒っちゃうぞ。しかも泣いちゃうぞ」

「どっちよ」


 この婚約者はいまいち何を考えているのかさっぱり分からない。


 子供のような態度を見せる事もあれば、大人の様に真剣な顔でバカバカしい愛の言葉を囁いたりする。


「いつも眉間にしわよせてばっかだなー」


 暇なのか、婚約者はうざったい動作で、私の眉間をつんつんし始めた。


 私の眉間は貴方につんつんされるために存在するものじゃない。


 指をはらいのけた。


 そうしたら、何の脈絡もなく婚約者が私の腕を掴んできた。


 この人の行動は本当によめない。


 でも、私も私で何か今日はおかしい。


 いつもは、誰かに触られそうになったら、払いのけるのに。


「よし、出かけよう。気分転換すればもっと可愛くなると思うんだ」

「はぁ?」

「今でもばりくそ可愛い顔してるけど、きっと笑った方がもっと可愛い。超可愛いに決まってる。さぁ行こう、今いこう、すぐ行こう」

「ちょっとっ!」


 強引に腕を引かれて屋敷の外に連れていかれてしまった。


 吸血鬼がうかつに外をうろついていたら、何をされるか分かったものではない。


 罵詈雑言を投げつけられた李、石を投げつけられるなら、まだましだろう。


 誘拐されて闇組織の人間に臓器をぬかれたり、売り飛ばされたりすることもある。


「だいじょうーぶ。だいじょうーぶ。俺つよいから」

「どこがよ。人間のくせに」

「心が」

「それじゃ、意味ないでしょうが」









 婚約者に連れていかれたのはキレイな花畑だった。


 そこは領主として辺りを知っていたはずの私ですら、行った事がない場所だ。


 知らなかった。


 近くにこんな場所があったなんて。


「穴場なんだぜ」という婚約者は、器用に花冠を作って私の頭にのっけた。


「笑ってみ?」と言われるけど、無理だ。


「笑い方なんて忘れちゃったわ」


 吸血鬼が笑うなんて、そんなのできるわけないだろう。


 彼は、私の境遇を知らないからそんな無神経な事を言えるのだ。


「仕方ないなー。だったら、思い出させてやるよ」


 元婚約者は何を考えたのか、変顔をしはじめた。


 そんな幼稚な手にひっかかるわけがない。


 しばらくあの手この手で、変顔をきめる婚約者だったが、結局私を笑わせる事はできなかった。


 屋敷に帰る際。


 婚約者に記念の花束をもらった。


 雑草の紐でまとめられた花束は、けっこういいセンスで色合いがまとめられていた。


「好きな人と過ごす日常は毎日記念日! 笑って歩こうぜ!」


 そして、理解できるようでできない決め台詞らしき言葉をはきながら、婚約者は去っていった。






 おかしな一日だった。


 けれど、いつもよりなぜか気分は良い。


 いつも、夜になるとじっくり眠れなくなるのだが、なぜか今日は眠れそうだった。


 しかし、思い出に泥をぬるように「吸血鬼の分際でずいぶんと機嫌がよさそうだな」そいつが訪問してきたのだ。


 その人物は、幼馴染の少年だ。


 天使族の彼は大戦を終結に導いた一族の末裔だった。


 ゆえに、多くの人からちやほやされて育ってきた。


 そんな彼は、まだ私の両親が生きていたころから、何かにつけてこちらにつっかかってくる存在だった。


「僕が君の婚約者になったら、その能天気な態度をしつけてやるというのに」


 彼は私が持っていた花束を奪い取って、床に捨て、靴でふみにじった。


「なにすんのよ!」

「ほう、吸血鬼が口答えするのか?」


 彼は、こちらの事を、対等な存在だとは思っていないのだろう。


 下等な種族、ならまだいい。


 ペットか何かだと思っているに違いない。


 しかし、彼は一体何の用事でここに来たのだろう。


「天使族には遥か昔に築いた栄誉がある。その優秀な血筋を残す事が大きな義務とされているから、正妻以外の女性を、愛人を何人も囲う事ができるんだ」

「それがどうしたのよ」


 彼は、にやりと笑いながらその提案を口にした。


 断られるとは思っていないような様子で。


「どうせ良い家と婚約を結べていないのだろう。だから僕の家がお前の嫁ぎ先になってやるよ」


 それは愛情のかけらもない婚約の言葉だった。


 あのあほそうな婚約者とはまるで違う。


 冷たい求婚の言葉だ。


「よく考えてみるんだな。お前みたいな吸血鬼が僕の情けを受けられるんだ。天使族の家に加えられるという事がどれほど名誉な事か」








 私の仕事は、亡き両親から受け継いだこの家を守る事だ。


 家の名前を、次の世代へ渡さなければならない。


 だから、とるべき選択は決まっていた。


 けれど事情を説明したら「いやだ。絶対婚約は解消しないぞ!」と婚約者がだだをこねはじめた。







「何を言っているの。そっちだって、私のような吸血鬼と一緒にいても良い事なんてないでしょう? なら私が天使族と婚約して、そっちも新しい婚約者を見つけた方が良いじゃない」

「俺は、吸血鬼だとか貴族令嬢だとかじゃなくて、お前がいいんだ。お前と婚約するんじゃなくちゃいやなんだ」


 子供の様に駄々をこねるその様は、愛を囁いているような雰囲気はまるでない。


 どちらかというとおもちゃを取り上げられないように必死になっている子供のように見える。


 彼だったら、きっと私の所よりマシな家と縁を結べるはずだ。


 一応、愛想は良いし。

 誰かと距離をつめるのは得意そうだし。

 前向きだし。

 人を明るくできそうだし。

 あと、いつだって楽しそうだから。


「どうしてそこまで、私にこだわるのよ。私が何かしてあげられた事あるの?」


 蔑まれた生きてきた吸血鬼は、他の種族に何かを与える事などできない。


 奪う事しかできないのだ。


 だから、婚約者が自分にこだわる理由が分からなかった。


 すると婚約者は「お前が何かしてくれたわけじゃねぇよ。でも、好きになったから一緒にいたい。一目ぼれしたから一緒にいたい。いつも一緒にいて面白いから一緒にいたいんだ」と言った。


 理由があって好きになるのではない。

 好きだから、一緒にいたいと彼は言う。


「わけがわからないわ。そんなの一緒にいて楽しいくらいしかメリットがない」

「楽しいは十分に良い事じゃん」


 でも、それだけだ。


 こちらからは、何も与えられるものがないのに、どうしてそんなに私との婚約にこだわるのだろう。


 そう私が言うと、婚約者は悲しそうな顔になった。


「好きってのはそれだけでいいんだよ。人を好きになった事、ないんだな」


 そんな顔されると、まるで私が悪いみたいに見える。


 私は間違った事はしていない。


 家のために、頑張ってきたし、これからも頑張っていく。


 それだけだ。


「お前の両親は、お前にそんな事望んでいるのか? 家の事よりも幸せになってほしんじゃないのか?」


 そんなの無理だ。

 

 吸血鬼が幸せになれるはずない。


「だったら、俺に時間をくれ。お前でも幸せになれるってこと思い知らせてやる」










 一体何をするつもりなのだろう、と思っていたら婚約者の屋敷に招待された。


 数日後に彼の家を訪ねると、使用人たちがわらわらよってきた。


「まあまあ、この可愛らしいお嬢様がお坊ちゃんの婚約者様?」

「あらー、可愛い。お坊ちゃんにお似合いですわ!」

「ぜひ、嫁いできてほしいですねね」


 毎日この屋敷はこんな感じなのだろうか。


 ぶしつけな視線と、馴れ馴れしい態度に辟易する。


 教育がなっていない。


 寄ってきた使用人たちに囲まれていると、奥から婚約者の両親がやってきた。


 歓迎の言葉を口にした彼らは、心から私という婚約者の存在を喜んでくれた。


 なんだか心が落ち着かない。


 それから、彼等の口から色々な話を聞いた。


 ほとんどは婚約者の子供時代の話だったため、たまに「そんな恥ずかしい話をするなよ!」「昔の事だろ!」「もうおねしょはしてないって」と婚約者の邪魔が入ったが。


 そうしていると、両親と過ごしていた時のことを思い出してしまう。


 あの頃は、皆から後ろ指をさされていても気にならなかった。


 家族と一緒にいれば、どんな辛い事も気にならなかったのだ。


 仲の良い父と母を見て、羨ましく思った事を思い出した。


『ミヅキ、大きくなったら素敵なお嫁さんになる!』

『あらあら、私達を見てそう思ってくれるの? 嬉しいわね』

『きっといいお婿さんが見つかるぞ。だってミヅキはこんなに可愛いんだからな』


 そんな事を考えてたからだろう。


 婚約者が「ほら、笑った」と言った。


「いま、俺と一緒にいて幸せになれたろ?」

「見間違いね」

「えーっ」








 求婚に対する答えは決まっていた。


 はずだった。


 でも悩んでしまう事が多くなった。


 本当に天使族と婚約をしていいのだろうか。


 だから、悩んでいた私がなかなか返事をしない事に業を煮やしたのだろう。


 わざわざ当人がこちらの屋敷に尋ねて来た。


「まだ返事を考えているのか。一体何を悩んでいる。こんなの考えるまでもないだろう。どうしてさっさと首を縦に振らない!」


 執務室までずかずか入ってきた彼は、心底理解できないといった顔でこちらに詰め寄ってきた。


 何かがおかしいと思った。


 世間的に評判の良くない吸血鬼とどうしてそこまで婚約を進めたがるのだろう。


 婚約に焦る彼がものすごく怪しく、不自然に見えた。


 彼はこちらにつめよってきて、なおも怒鳴る。


「これ以上ないくらい、吸血鬼にはとうてい望めない条件を提示してやっているんだ。天使族との婚約だぞ! どこに不満がある!」


 私が返事を保留した事で、彼のプライドを刺激してしまったのだろう。


 言葉を述べているうちに、彼は興奮してきたようだ。


 過去の事にすら言及してくる。


「そもそも、お前みたいな吸血鬼が世の中を出歩いている事が間違っているんだ。他の種族の者達と同じように生きている事を恥ずかしく思わないのか。初めて会った時だってそうだ、お高くとまっていて、下でも向いて生きていればよかったものを!」


 それは確か、数年前の出来事。


 始めて出会った時の彼は、私に友好的に接してきていたのだ。


「かわいいね」とか「素敵だね」とかたくさん褒めてくれた。


 けれど、私が吸血鬼だと分かった瞬間に「だましたのか!」と激高してきたのだ。


 私に普通に接してくれていた彼が、勘違いしているかもしれないと思って、正体を教えてあげたのに。


「その昔の出来事を水に流して手を差し伸べてやろうと言うんだ、お前はさっさと首を縦に振ればいいんだよ!」


 彼はこちらにつかみかかってきた。


 そして、真っ赤な顔でこちらの首をしめあげる。


「俺と婚約しろ!」


 無理やりにでも首を縦に振らせれば、まるでその出来事が本当になるとばかりにつめよってくる。


 私は必死で彼の手から逃れようとするがうまくいかない。


 しかしそこに、婚約者がやってきて、彼を引きはがした。


「やめろ!」


 そして、私を背中にかばう。


「お前の事調べたぞ、国から預かっていた大切な品物を壊したそうだな。どうせその罪を彼女にきせて、とかげの尻尾きりするつもりだったんだろ。そうはいくか!」


 妙に私に執着していると思ったら、そんな理由があったとは。


 婚約者が、わざわざ天使族のこの男性の事を調べていたのも驚きだが、今回の求婚にそんな裏があったという事にも驚いた。


 この目の前にいる天使族の男性は、私の事をペットとすら思っていなかったらしい。

 ただの駒だ。

 初めから切り捨てる気満々でいて、少しも私の事を考えてはくれなかったのだ。


 婚約者が、天使族の男性の襟首をつかんで怒鳴る。


「この屋敷から去れ! 大人しく、罪にふさわしい罰を受けていろ」


 騒ぎに気付いた使用人たちが集まっていたのを見て、天使族の彼は忌々しそうな顔をしながら屋敷から去っていった。








 その後、彼は国から多大な賠償金の支払いを命じられて、家の格を落とされたようだ。

 そして、巻き添えを恐れた妻の何人かが離れていってしまったらしい。

 新しい妻が彼の家に入る事もなくなったようだ。








 例の一件の後は、何かがかわるかといったらそうではなかった。


 私の日常は、まったく変わらない。


「婚約者は俺ってことで良いんだよな」


 それからも、それまでと同じように婚約者が屋敷に来るようになった。


「そうなるわね」

「ねぇねぇ、結婚式はどんな様式にする? 子供何人が良い? 俺? 俺はねー」

「女子みたいなノリで浮かれないで気持ち悪い」


 いや、今までより若干こちらの遠慮がなくなった気がする。


 でも、私に暴言を吐かれているというのに彼はいつも嬉しそうだ。


 にこにこしながら、いつも私に話しかけてくる。


「吸血鬼と一緒になりたがるなんて、ほんともの好きね」

「だって、好きだからな」


 おかしな人だ。

 でも、嫌いではないと思う。


 最近は、そんな彼がいる日々が少しだけ心地よく思えてきていた。

 

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