第45話 地下深くの淡い光

 朱里は持っていた解体用のナイフを放りだし、崩れ落ちていく陽菜を支える。自死に等しい攻撃だったらしく、毒刃蝙蝠ベノムブレードバツトは既に息絶えていた。


「朱里ちゃん……。良かった……」

「陽菜、ごめん、私っ……!」


 言いながらゆっくりと陽菜の体を下ろしていき、膝で支えるようにして寝かせた。その間に駆け付けた寧音が左腕の傷より上の部分を布で縛り、〈神聖魔法〉による解毒を試みる。

 翔が陽菜の手を握りながら励ましの声をかける傍ら、朱里は己の油断を悔いながら寧音の治療が上手くいくことを必死に願う。その甲斐もあってか、複数ある解毒法の一つが効果を示した。徐々に陽菜の顔に赤みが戻り、荒くなっていた息が落ち着く。


「ふぅー、〈神聖魔法〉の解毒魔法が全滅した時はどうなるかと思いましたよー。アルジェさんに色々教わっていて良かったですー」


 腕の傷尾塞いだ後、額の汗を拭う真似をして笑みを浮かべる寧音。彼女の使える〈神聖魔法〉だと、どうしても取り除けない種類の毒がある。今回は不運なことにその例外を引いてしまったのだ。その際の解決手段として教えられたのが〈結界魔法〉を使って毒物を探知し、〈土魔導〉などで物理的に取り除くという手段だ。彼女の能力ではまだ小さな範囲が限界だったが、傷が左腕だった為にどうにか成功させられた。不幸中の幸いだ。

 翔はほっと胸を撫でおろし、強張っていた表情筋を緩めた。それから朱里に、二人とも無事でよかった、と笑いかける。


「けっこう血が流れちゃってますしー、毒も全てを取り除けたわけではありませんー。腕を縛る前に回ってしまった分が分解されるまでは、安静にしていてくださいー」


 一時間くらいですかねー、と付け加えられた言葉に翔は頷き、入ってきた通路付近で休憩するように指示をする。陽菜を天幕を取り出して中に寝かせると、彼女は直ぐに穏やかな寝息を立て始めた。

 

 

 異世界に来て強靭になった陽菜の体は寧音の予想通りの時間に回復しきって見せた。大事を取り、もう三十分ほど余計に休息を取ってから六人は出発の用意を始める。


「うん、もう全く問題なさそう」

「陽菜、ごめん、もう油断しない。それと、ありがとう」


 陽菜は少し照れ臭そうな朱里を見て大きな瞳の目をぱちくりとさせ、そんなに気にしなくていいのに、と笑う。

 ――……やっぱり、陽菜を嫌いになんてなれない。私の選択は、間違ってなかった。


 翔に続いて奥へと進む陽菜の背中を見ながらそんな風に考える。それから一つ、深呼吸をしてから最後尾に追いついた。


 広間から先はアリの巣のような複雑に枝分かれする狭い通路が続いていた。時折現れる大小さまざまな大きさの空間には魔物が巣を作っている事も多く、ナイルの案内が無ければどれだけ準備をしても足りなかったかもしれないと朱里は内心で冷や汗を流した。


 毒刃蝙蝠との戦闘から三時間程経った頃だった。

 

「ここを抜けると、暫く休憩できそうな場所はありませんね」


 通路からある広場に入った時にナイルがそう告げた。前回の休憩からはまだ二時間ほどだが、慣れない洞窟探索に五人はより一層体力を消費している。翔がナイルに詳細を確認すると、数時間は細い通路が続くと返ってきた。


「ここで休憩していこうか。そろそろお昼の時間だし」


 それぞれに返事を返すと、食料など必要な物を〈ストレージ〉から取り出し、休息の体勢に入った。暫く警戒しながら食事をしていたが、朱里や翔には一切の気配が感じられない。

 ――そういえば、この辺りに来てから魔物と遭遇してないわね?


 ふとそう思って、何かそれらしい物がないかと目につく物へ〈鑑定〉をかけてみる。その成果が現れる前に、ナイルがおや、と声を上げた。


「皆さん、警戒は解いて良さそうですよ。見てください」


 ナイルが指さしたのは天井付近で岩のツララに隠れるようにして露出している、ほんのり青く光った鉱石だった。


「あれはこの辺りで魔除け光石こうせきと呼ばれるものです。理由はわかりませんが、魔物を遠ざけます」


 彼の説明を聞きながら朱里は鑑定結果に目を通す。正式にはフィラクテリウム鉱石と言うらしいその説明欄にもナイルの説明と同じ旨の言葉が綴られていた。天災と呼ばれるようなSランク以上の化け物ならば無視してくることもあるが、この辺りにそんな気配は感じられない。もしそれらが近づいてきても、虫の知らせのような効果を持つ〈危機察知〉が知らせてくれるだろう。

 魔除け光石の力を信じ、朱里たちは一旦気を抜くことにする。


「そういえば、あなた方が風龍フーゼナンシア様にお会いしたい理由を伺ってませんでしたね。差し支えなければ、教えていただいても?」

「えーと、そうですね」


 自分たちが【転移者】であると安易に漏らさない方が良いと聞いていた翔は、少し考えるそぶりを見せる。


「まあ目的くらいならいいんじゃない?」


 朱里の意図を正確に汲み取ったらしい。彼は少しの沈黙の後、そうだねと返して再度ナイルの方を見た。


「簡単に言えば、故郷に帰る方法を知っていないか聞くためです」

「はぁ。色々と事情があるようですね」


 困ったように笑みを返す翔を見たナイルは視線を斜め上に向け、そういえば、と話題を変えた。


「旅をしている間に度々口にしておられた、『祐介』という方についてお聞きしたいと思っていたんです。翔さんや皆さんの口ぶりからして、只ならぬ関係に思えたので」


 まさかその名前が出るとは思わなかったのだろう。翔は目を見開き、祐介の事ですか、と呟いた。

 朱里は翔の内心を案じ、カップに口をつけながらそっと視線を向ける。その時目に入った陽菜も、同じように心配そうな目を向けていた。

 しかし彼女は朱里と違い、すぐに安心した素振りでまた食事に戻る。


「祐介は、俺の、親友の名前です」


 救えなかった、とつきますが。そう続ける翔の表情は思った以上に穏やかで、少し影は見えるが、しかしもう何も心配する必要がないように見えた。

  ――陽菜は、何を見て気が付いたのかしら……。


 自分よりも早く安心した素振りを見せた彼女に、ずっと彼を見ていたのが誰だったのかを思い出す。やはり翔の隣には陽菜がいる方が良いのだと、朱里は胸の内で繰り返した。だからだろう。食事が終わるまで、横目に見る煉二の視線には一切気が付かなかった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る