第21話 絶対なる者

 ――やっぱり、あの人が魔王なのか。でも、思ってたのと……。いや、今それはいい!


 一瞬違和感を感じた翔だが、自分たちの目的を思い出し、仲間たちに呼びかけた。


「三人とも、やるよ!」

「ええ!」

「ああ!」

「はいー!」

 

 絶対に魔王を倒し、生きて帰るという強い覚悟を瞳に宿す翔たち。その様子にアルジュエロは溜め息を吐く。


「まったく、せっかちな子たちね?」

「だねー。でも、私ので見た感じ、思ってたより軽いんだよね」

「軽いは軽いけれど、少し面倒な感じよ」


 姉妹の会話の意味は翔たちにはわからない。しかしやることは変わらない、と翔たちはそれぞれの武器を抜いた。そしてどう多対一の状況を作るかを必死に考える。


「面倒な、だけ?」


 コテン、と首を傾けるブランに、アルジュエロは肯定の返事を返す。耳をピクピクと動かして姉に賞賛を送る姿は仲睦まじく、翔たちとは対照的な穏やかな空気を漂わせている。


「それじゃ、私たちはあっちで見てるね!」

「ええ」


 翔たちを一切気に留めない、油断しきった態度の姉妹。それどころか、アルジュエロを残してスズネとブランは離れていく。まるで散歩でもしているかのような気楽さで翔たちに左半身を見せて歩く二人だが、翔たちは動けない。手を出しても意味がないと本能的に分かってしまっていたのだ。

 ――これは、チャンス? それともブラフ……?


「大丈夫だよー。私たちは手を出さないからさー」


 その翔の迷いを見透かしたようにスズネが言った。内心でドキリとしながらも、頭の冷静な部分でその言葉の真偽を探る。

 ――信じるしかない、かな。どの道、俺たちに勝機があるとしたら四人全員で魔王を相手にした時ぐらいだし。


「チャンスだと思うしかない、のよね?」


 同じ結論に至ったらしい朱里が、魔王から目を離せないままに言う。依然収まらない魔力の暴風。寧音や煉二は反応を返す余裕すらない。

 翔は朱里に一言、うん、とだけ返して剣を持ち直し、一度深呼吸をする。


「待たせてしまったわね」


 そんな翔たちの緊張を知ってか知らずか、アルジュエロは平時と変わらない落ち着いた口調で言う。そして自然体のまま、いつでも来なさい、と微笑んだ。


「いつも通り行くよ!」


 まず跳び出したのは、例の如く翔だ。無詠唱で[土槍クレイランス]を放ちつつ、一気に肉薄する。

 ――大丈夫、強化はされてる!

  

「なるほどね」


 感心したように頷きながら岩の槍を紙一重で躱した魔王は翔の一撃を刀で受け流し、彼の背後からいきなり現れた槍の一突きは首を少し動かすだけで無効化する。そのまま魔法を放とうとして――


「おっと」


止めた。その隙に翔は体勢を立て直し、朱里と共に距離を取る。

 ――何、今の魔力量……。あんな魔法、聞いた事ない……!

 

 何故アルジュエロが魔法を撃たなかったのかを考える余裕は彼らに無い。文字通り桁外れのそれは四人の心に焦燥を生む。

 前衛二人が離れた瞬間に飛来した三条の熱線が[収熱線コンバージドヒートレイ]の名の通り魔王のいる地点で収束し、彼女を焼き尽くさんとする。ガンマナイフの如く威力が高められている筈のそれはしかし、彼女の張る空間断絶の結界を超えられない。

 ――あれが朱里が『魔王討伐役』に選ばれた理由の……。グラヴィスさんたちの懸念は正しかった……!


 翔は三人にそれぞれアイコンタクトを取ると、それだけで意図は伝わった。全員が頷いて返し、朱里がいくらか下がる。


「そうね、そうするのが正解。でも、今のあなた達ならもう少し隠さないとね」


 何故か助言をしつつ、朱里を狙う様子はない。何か見落としているのではと不安になる翔たちだが、他に道はない。翔が再び切りかかったのに合わせて、どうせバレているならと寧音が朱里の前に多重の障壁を張る。

 時間を稼ぐため、怒涛の連撃を繰り出す翔を煉二が各種〈土魔法〉による地形操作で援護をしようとする。だが剣撃はかすりもしない。どれだけバランスを崩そうとしても軸はブレず、全ての攻撃を、その打ち刀で簡単に受け流される。

 ――武術の達人って聞いてたけど、ここまでなんて……。


 あと少しで攻撃が当たりそうだと感じるのに、まったく当たらない。そんな感覚に、翔の攻撃はどんどん単調になっていく。


「翔!」


 朱里が翔の名を呼んだ。準備完了の合図だ。

 あとは一瞬魔王の動きを止めればいいだけだと彼は、最近修得した〈高速演算〉も駆使して方法を考える。

 ――駄目だ、動きを止められる所が想像できない……!


 考えれば考えるほど絶望的な実力差が浮き彫りになり、彼の剣は軽くなる。動きも徐々に鈍っていき、その心情を仲間に伝える。


「ほら、足元がお留守よ?」


 その隙を魔王は見逃さない。翔の目の前から彼女の姿が消えたかと思うと、翔の脚が大きく刈り取られた。

 ――しまった!


 体を浮かせ後ろへ倒れこんでいく翔に、アルジュエロは掌底を叩きこむ。少年の体がくの字に曲がり、地を割る。


「カハッ……!」


 背と腹を強く打ち付けたことで口から空気を漏らす。


「翔! くそ!」


 彼の鎧の腹部が砕け散り飛散したのを見て、煉二はかつてないほどに強く魔力を練り、己の最大魔法を唱えた。

 

「天よ! 大いなる頂きよ! その身に秘めたる怒りを解き放ち、荒ぶる冷獄を汝がかたきに知らせよ! は墜つる者、其は侵す者。矮小なる大地の民に偉大なる空を伝える神の憤激なり! [暴天墜ダウンバースト]!!」


 以前、未完成のままに鬼蜘蛛猿アラニアスエイプへ放った大魔法。完全な効果を発揮したそれは上空にある、結界ギリギリまでの空気全てを集中させ、冷気を纏った塊として魔王の頭上目掛けて叩きつけた。


「まったく、焦り過ぎね」


 アルジュエロは今日二度目の溜め息を吐き、暴風全てを受け止める巨大な障壁を展開した。煉二の〈廻星煌昂かいせいこうこう〉によって数段強化されていた筈の天の怒りを、空間を断絶するそれはいとも容易く受け止め、周囲への被害も抑え込む。

 朱里にとっては千載一遇のチャンスだ。頭上にまで広げられ力の分散した障壁と、その向こうの魔王を目掛けて〈神狼穿空しんろうせんくう〉の猛威を解き放った。

 彼女の成長を表すように速く、強くなった一閃は始点と終点の間にある魔素を全て喰らい、一瞬にして虚無を生み出す。神喰らう獣の牙は神を封じたという魔王の護りへ突き立てられ、獲物を食い尽くそうとする。


「くぅ……、う、嘘で、しょ……!」


 短槍を握る手に更に力を込めながら、初めて拮抗という現象を起こした己の牙に驚愕する。


「負けないん、だから……!!」

「へぇ……」


 彼女の上げた気合の叫びと共に彼我を隔てる世界その物のような壁にヒビが入る。アルジュエロは面白いものを見たと感心の声を漏らした。徐々に広がるヒビ。それは翔たちの必勝パターンに入る事を示す現象だった。

 数秒ののち、ガラスの割れたような音が響き、断たれた空間に繋がりが生まれた。

 役目を終えた朱里の牙はその力を失いながらも前進を続ける。当然魔王には当たらない。しかし、それで良い、主役は自分ではないのだと牙のあるじは堂々と道を開ける。

 その赤い絨毯の上を進むのは、治療を終えた翔だ。

 ――絶対に、陽菜たちと日本へ帰るんだっ!!

 

 込められた魔力で煌々と輝く剣。体の強化を全て〈身体強化“気”〉に任せ、残ったすべての魔力を注ぎ込められたそれは、彼の思いを汲んでより一層強く輝く。


「はぁぁぁぁあああああ!!」


 片手半剣バスタードソードを肩に担ぐように持ち、全速力を以て魔王へと突進する。そして全身をしならせ、渾身の力を込めて振り下ろした。

 〈心果一如しんがいちによ〉の補正は純粋な力の強化に止まらず、その動き全てを最適解へと近づける。日本での日々を夢見てのそれは、間違いなく翔にとって過去最高の一撃だった。

 剣閃に沿って閃光が走り、背後に聳える城ごと両断せんと魔王に迫る。

 強襲虎アサルトタイガーを優に超えるSランクの魔物だろうと、問答無用で切り伏せるはずのそれはしかし、届かない。


「まあまあ、ね」


 近づいてくる衝撃波を眺め、そう呟いた魔王。自身を護るものはもう無いにも拘らず、焦った様子はない。

 彼女は一見してゆったりとした動作で左側に自身の黒い愛刀を構えると、無造作に、薙いだ。

 それだけだった。

 それだけで、少年の全身全霊を、必殺のはずの一撃を、美麗なる魔王は相殺した。


「嘘、でしょ……」


 目を見開き、愕然として朱里が呟く。

 細かく散り、消えゆく残光を見つめ、翔は動かない。

 砕かれた希望に、煉二も寧音も、思考が停止する。

 残酷なまでの現実を突き付けたアルジュエロは、剣を振りぬいた姿勢のまま固まる彼にゆっくりと近づいていき、その透き通るような声で語りかける。


「もういいわ」


 おやすみなさい。それが、彼の耳に聞こえた、最後の言葉だった。


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