第20話 麗しき魔王

 使命感と望郷の念のみを頼りにスズネたち姉妹の後に続く翔たち。その周囲は、いつの間にか深い森に変わっている。整備された道があるため歩くのに苦労はしていないが、木々の奥に感じる魔物の気配の多さに翔たちの精神はより一層削られていく。


「大丈夫だよ。この森の魔物たちが私たちを襲ってくることはないから」


 それは安心させるための言葉だったのだろうが、四人からすれば、自分たちにとっての脅威を姉妹はモノともしないという宣言でしかなかった。

 道は森の奥深くへ繋がっている。途中、二、三の道が合流してきていたが、その全てが森の奥へ向かって進むように出来ていた。そこそこの頻度で使われているらしく、薄らとだがわだちの跡もいくつか残っている。

 ――どうなってるの、この森……。アサルトタイガークラスのがごろごろいるんだけど……。


 進めば進むほど、森に感じる魔物の気配は強くなる。大気中の魔素濃度がどんどん上がっていることに起因すると翔もわかっているが、ならば何故、魔素濃度が濃くなっているのかは分からない。

 いや、彼も薄々勘付いていた。それが魔王の存在によるものだと。だが、それを認めることは出来なかった。

 彼と同じく〈気配察知〉のスキルレベルを上げていた朱里も顔色を悪くしている。


「翔、寧音、この森、異様なほどに魔素濃度が濃くないか?」

「そうですねー」

「……そう、だね」


 〈魔力察知〉を主な察知スキルとしている二人の声は翔に比べて呑気にさえ思えるものだが、その蟀谷こめかみには一筋の汗が滴っている。

 森の中で一晩を明かし、次の夜が訪れた頃、翔たちの目に見えてきたのは、驚くほどに強力で巨大なドーム状の障壁だった。

 ――これ、地面の下まで続いてる……。球形の障壁って事? この大きさと強さで?


「あれが魔王の住む城を覆う結界だよ。凄いでしょ!」


 スズネが後ろ向きに歩きながら自慢げに言うそれは、翔がどれほど強気になっても壊せるとは思えない程のものだった。

 だがそれ以上に彼と朱里が気にしていた事があった。終にはアサルトタイガーを優に超える、伝説のSランク魔物ではないかと考えてしまうほどに強力な気配すら感じるようになっていた周囲から、途端に一切の存在が感じられなくなったのだ。朱里の喉がごくりと鳴る。


 障壁が彼らの歩みを止めることは無かった。彼らの体は何もないかのように障壁をすり抜け、その内へ入り込む。


「さっ、あの門を超えたら、魔王とのご対面だよ!」


 視線の先には、柵のようで茨の意匠が施された、黒い金属製の門。更に後ろは、帰りもすんなり通れるか分からない強力過ぎる障壁。

 ――もう、魔王を倒す以外に逃げる方法はないって事、だよね……。よし!


 翔は全身の毛穴が開くような感覚に襲われ、逆に覚悟を決める。障壁の内へ入った瞬間から感じるようになったその押し潰されそうなほどに強力な気配が何なのか、分からないはずがなかったから。それは翔だけの話ではない。


「みんな、覚悟はいいよね」

「ええ」

「いいって言うしかありませんよねー」

「まったく、グラヴィスさんがあのような事を言うはずだ。ああ、いいとも……!」


 それぞれの武器に手をかけ、或いは眼鏡の位置を直しながら、それぞれが覚悟を示す。


「うんうん。いいね」


 その様子を見て、スズネは一層楽しそうにしながら少し歩調を早めた。

 彼らが近づくと門は独りでに開いていく。音もなく開いたそれの先に広がるのは、中央で豪奢な噴水が水のアーチを作る、美しい庭園だった。噴水の先には、外観は全く違うがどこか法王国の城を思わせる造りをした城が鎮座している。


「こっちだよ」


 迷いなく進むスズネたちに連れられ向かったのは、左右に分かれてアーチを描く階段の下を右手に向けて潜った先だった。そこは広い範囲に渡って地面が踏み固められており、障害物の類は何もない。奥には林とその向こうの城壁が見える。

 その中央にぽつんと立つ、百七十センチ近い長身の女性。彼女の髪は月の光を受けて時々青く煌めく、不思議な銀髪だ。風に揺れるその髪は、黒を基調とし、グレーでアクセントを加えられた丈の短いドレスによく似合っていた。


「お姉ちゃん、連れてきたよ!」


 ギョッとした視線がスズネに集まった。彼女はその視線を意に介さず、小走りでその女性のもとへ向かう。ブランも一緒だ。


「スズ、ブラン。二人とも早かったわね」


 振り返った彼女は、武器を振るう上でギリギリ邪魔にならない程度に豊満で、隣に立つスズネ達でさえ霞むような美貌を持っていた。暗闇で光を映す瞳は、アメジストを思わせる。ほんの少しだけ吊り上がった涼し気な二重の目は、自身を姉と呼ぶ黒髪の少女を捉えて優しく細められた。

 そのまま視線は翔たちの方へ向く。全てを見透かすような視線が四人を貫いた。

 なるほどね、と呟き、彼女は頷く。

 ――この人だ……。この城から感じてた圧力は、この人の気配だったんだ……。


 落ち着いた雰囲気とは裏腹に、とてつもない存在感を持ったその女性。彼女は、圧倒的な強者だと知る姉妹の姉だと言う。不安にならないはずがなかった。震えそうになる脚を、四人が四人、必至に抑え込む。

 そんな彼らを余所に、スズネとブランは長姉の後ろへ移動して四人に向き直った。スズネの顔には、優し気な笑顔が浮かんでいる。


「さて、そろそろ自己紹介させてもらうわね」


 武器に手を添えたまま固まっていた四人は弾かれたようにアメジストの瞳と視線を合わせた。

 彼女は〈ストレージ〉から不気味な闇を思わせるほどに黒く悍ましいほどの存在感を放つ打ち刀を取り出すと、同時に完全に制御し抑え込んでいたその莫大な魔力を放出した。瞬間、突風が吹き乱れ、辺りを嵐の内へと変える。〈魔力察知〉が翔たちに教えるのは、底がないと錯覚するかのような、圧倒的なまでの魔力量。

 彼女は絶望を纏い、口元に鋭い犬歯を覗かせて告げる。


「私はアルジュエロ・グラシア。あなた達が『魔王』と呼ぶ、『吸血族』の【始祖】が一人よ」


 麗しき魔王、アルジュエロ。ラテン語の『銀』と『空』に由来するそれが、翔たちの挑むべき絶対強者の名前だった。


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