第8話 森の中で

「……もう近くに魔物の気配はないみたい」


 少しだけ荒くなった息を整えながら翔が言う。それから周囲に散らばる魔狼ワイズウルフの死骸を見まわして、離れた位置にいたグラヴィスへ声をかけた。彼は丁度翔たちの方へ近づいてくる所だった。


「魔石だけ回収して、あとは放置で構わない」

「はい」


 翔たちは死骸へ近づいて行き、それぞれの〈ストレージ〉や腰の鞘から反りの入ったナイフを取り出して狼の心臓辺りへ突き立てる。彼らがごそごそとナイフを動かしながら取り出したのは、濁ったような茶色をした石ころだった。大きさは子どもの手ではぎりぎり握って隠せないほど。どことなく煉二たちの杖に着いた宝石にも似ているが、彩度は全く違う。

 この魔石こそが獣と魔物を分ける絶対的な基準だ。

 ――このサイズと純度なら、明かりの魔道具をひと月くらい動かせるかな?


 翔は取り出した魔石を眺めながらそんな事を考える。魔石は魔物の心臓付近で魔力が物質化した粒子、魔素が結晶化したものだ。一般に弱い魔物、つまり魔力の出力が小さい魔物ほど不純物が多く混ざり、質が落ちる。ただし一部の魔物の場合、その不純物が魔力との高い親和性を示して魔石に特殊な性質を宿す。更に、魔力と気力という別の力を併用する魔物もいる為、必ずしも質の良い魔石の魔物の方が危険という訳ではないが、一つの指標として『アーカウラ』の人々の生活に根付いていた。

 

 朱里が消滅させてしまった物もあるため、数はそれほど多くない。翔たちは少々手こずりながらも順調にそれらを取り出していく。


「すぐに魔物や獣が肉を狙ってやってくる。そのまま作業を続けながら聞いてくれ」


 グラヴィスは翔たちの訓練の為に魔石採取には手を貸さないが、先ほどの戦闘に対して思う事があったらしい。そう指示を出してから話始める。


「今の戦闘で特に酷かったのは、二つ。チームワークと、力加減だ」


 分かっているな、と視線で問いかける聖騎士の長に翔たちは頷いて返す。


「組んだばかりのパーティだ。ある程度連携が不足するのは仕方ない。だが、まったくせずそれぞれが一人で戦うのは論外だろう。だからすぐに分断されてしまった」


 確かに、最初に周囲を警戒していた時から、それぞれが全てを自分でやろうとしていた。煉二に関しては寧音に近づく魔狼を優先的に対処していたくらいだ。


「その上で、君たちの実力からすれば容易に対処出来るはずの相手に消費の激しいスキルの連発。それでは肝心な時にスキルが使えなくなってしまう」


 あれだけ相手のいい様にやられていてなお、誰一人怪我をしていないくらいの実力差だ。ユニークギフトや高レベル魔法など使わずとも、また息の上がらない程度の動き方をしていたとしても、十分に殲滅は出来たはずだった。

 この事は翔たちも頭では理解していたし、座学で学んだスキルの仕組みについても忘れていたわけではない。

 全ての魔狼から魔石を取り終えた翔は、スキルを使った時に使う力を脳裏に浮かべながら自身の胸に手を当てる。

 翔には何も感じられないが、確かに、その力、魂のエネルギーは減っている。この力を動力に現象へ干渉し、あらゆる動作の補助や増幅、或いは別の事象への変換を行うのがスキルだ。つまり、スキルを使うほどに魂のエネルギーは減っていく。スキルの使用による消費分はいずれ回復するのだが、相応に時間がかかる。


 他の三人も作業を終えたのを確認し、グラヴィスは話をつづけたまま歩き出す。それから翔たち一人々々に特に不味かった部分を伝えていった。

 彼は最後に、自分たちでも反省するように、と言い残し後方へ下がっていく。


「……とりあえず、野営地を決めよう」

「そうね」


 野営の条件に合った場所はすぐに見つかった。天幕を張り、椅子わ出して食事の用意をする。天幕は隠蔽効果と防護効果の付与された魔道具だ。焚火はない。


「思導はサンドイッチか」

「うん。黄葉はおにぎり?」

「ああ。米の方が腹持ちが良いからな」


 まあね、と返し、翔はサンドイッチにかぶりつく。具は鳥の肉と野菜類だ。鳥型魔物の肉から溢れる肉汁の旨味に頬を緩めながら、隣に座った朱里を見る。彼女はバナナのような物を食べていた。


間錐まきりさん、それ何?」

「これ? バナナよ」

「え、バナナあるの?」

「あるみたい。この世界の言語だと違う呼び名なんでしょうけど」


 ちなみにバナナに少しリンゴを混ぜたような味だ。味と魔力に関するあれこれを除けば、日本でよく見るバナナと変わらない。

 その朱里の横では寧音が幸せそうにケーキを食べているが、彼女にツッコむ人間はいない。二人は諦めているし、一人は彼女に対してとにかく肯定的なのだからそんな事をするはずがなかった。


「さて、まだ食べてる途中だけど、そろそろ反省会しよっか」

「そうだな。警戒は二人のスキルに任せるぞ」


 煉二の言葉に翔と朱里が頷く。


「俺の場合だけど、まず最初の攻撃を武器で受けちゃったのが良くなかったと思う。ちゃんと避けるなり受け流すなり出来てたら、あのまま一体倒せてたし」

「確かに。私はそこは大丈夫だったと思うけど、好きに動きすぎてたんだと思う。グラヴィスさんには前に出過ぎだって言われたのもあるし。もっと周りを見ないとだった」


 と各々反省点を述べていく。本人以外でも気付いた事があれば伝えるようにしていた。それらの中には意識すればすぐに出来る事や普段は出来ていたはずの事もあったが、一朝一夕で出来ないこともあった。結局、グラヴィスに言われたことを改善する策を考えようという話になる。


「こういう時、チームスポーツなら司令塔が指示を出すのよね」

「司令塔、リーダーかぁ……」


 朱里は言いながら翔を見る。対して翔は両手を後ろにつき、天を仰ぐようにして呟いた。

 ケーキを食べ続けていた寧音が不意にその手を止め、口を開く。


「思導君がいいんじゃないですかー?」

「え、俺がいいって、リーダー?」


 寧音は、はいー、といつもの間延びした口調で肯定する。翔が困惑して他の二人へ視線を向けると、朱里や煉二も同意するように頷いていた。

 彼は、俺がリーダーか、と俯いて考え込む。


「思導君がこの中で一番冷静だと思いますからー? ほら、私や煉二君はついついお互いのこと優先しちゃうと思いますしー、朱里ちゃんは急に怒っちゃうことがあるじゃないですかー?」


 ねー、と寧音が煉二や朱里に確認をとると、二人とも揃って目を反らしながら曖昧に肯定した。煉二については耳を少し赤くしている。


「あんたが一番強いし、いいんじゃない? 悔しいけど」


 翔はなお、本当に自分でいいのかと迷った。

 暫く考えたが、結局寧音の意見を否定する材料は見つからず、徐に顔を上げる。そこには、彼をまっすぐと見つめる三人の顔があった。


「わかった。俺がリーダーになるよ。ただ、前へ出ることが多いから後衛二人のどっちかがサブリーダーをやってくれない?」

「だったら寧音がいいんじゃない? 黄葉のギフトだと、別行動になって強化がリセットされちゃうかもしれないし」


 翔の提案に一瞬煉二が声を上げようとしたが、その前に朱里が寧音を推薦した。ある意味寧音を信望している煉二はもちろん賛同するが、少し不満げだ。


「そうだね。生徒会長やってた感じ能力は十分だと思うし、俺もいいと思う」


 しかしこの意見で明らかに機嫌が良くなっていたのだから、翔としては苦笑いを禁じ得ない。

 

 その後いくらか今後の方針を話し合い、今はこの程度でいいだろうという話になった時、寧音がずっと食べていたケーキの最後の一欠けらを飲み込みながら片手を上げた。


「寧音、どうかしたのか?」

「んんっ!? あ、ありがとうございますー。……はい! 提案です!」


 勢いよく手を上げた拍子にケーキを喉に詰まらせる彼女に、煉二はさっとお茶を差し出して背をさする。そんな寧音が続けた提案は、互いに下の名前で呼び合わないかというものだった。


「長い付き合いになると思いますしー、こう、下の名前で呼び合うと親近感湧くじゃないですかー!」


 翔たちに特に反対する理由もなく、朱里の、


「まあ、いいんじゃない?」


という言葉を皮切りにして翔と煉二も賛同する。


「そう、だね。今更感あるけど」

「俺としても何ら問題ない」


 そして、でしょでしょー、と笑う彼女に三人は頬を緩めるのだった。


 二つ目の陽が地平線に掛かったころ、初めに見張りを担当する者を除いて就寝する用意に入る。見張りは二人体勢のローテーションで、時間をずらして一人ずつ交代する形だ。


 立ち上がった翔たちの様子を見て、グラヴィスが木陰より近づいてきた。


「私はここで離脱し、目的地まで進む」

「はい、グラヴィスさん」


 代表して返事をした翔に頷くと、彼はゆっくりと森の奥、迷宮のある方向へ歩いて行った。

 その姿が森の闇に消える直前、グラヴィスは一瞬立ち止まり、振り向こうとして、止める。


「必ず、生き残ってくれ」


 聞こえるか聞こえないかぎりぎりの声で呟かれた彼の言葉は、そのまま深い森の闇へと消えた。


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