第6話 対魔王パーティ
⑥
数日が経ち、【選ばれし者】たちそれぞれ役割が確定した。今日からはそれに合わせた訓練をするという事で、翔は一人、城門に向かう。その恰好は腰に使い慣れた
「あれ、
門の内側、その脇の壁に背をもたれて待っていたのは、半年前翔と陽菜の命を助けた
彼女は翔に気が付くと、猫のような目をぱちくりと
「まだ集合時間までいくらかあるもの。あんた、一人なの?」
綺麗な顔立ちの彼女に伺うような視線を向けられ、翔は睨まれているような感覚を覚えた。朱里にそんなつもりは無いと言い聞かせつつ、彼は彼女の質問に答える。
「陽菜は儀式、祐介は防衛の方に行ったよ」
「へえ、意外」
朱里は目を大きく見開いてそう呟いた。周囲の自分たちに対する印象は祐介から聞いてある程度分かっていたし、実際グラヴィスに頼まれるまで陽菜と同じ役に就こうと思っていたこともあって翔は苦笑いする。
そうこうしていると、翔の耳に二人分の足音が近づいてくるのが聞こえた。
「
「黄葉! 黄葉も『魔王討伐役』にしたんだ。言ってくれたら良かったのに」
一人はルームメイトの煉二。そしてもう一人は、モデルのような煉二と並んでも何ら見劣りしない垂れ目の少女、
二人の装備は翔たちと同じ鎧に新緑色の宝石のようなものがはめ込まれた木の杖、それから腰に吊るされた、前腕の長さより少し長いナイフだった。
「寧音と同じ役に就きたいと思ったからな。ギリギリまで相談していた」
「本当はー、思導君が決めた日に決めたんですよー。煉二君がー、思導君が気になるからって言ってー! 私たちのギフトならどの役でも大丈夫ですしねー」
「お、おいっ、寧音っ!」
間延びした口調で本当の所を言う寧音に、煉二は耳を赤くして彼女の口を塞ごうとする。寧音はそれを躱しながら、翔に告げなかったのは恥ずかしかったからだと暴露していた。その様子を傍から見れば、恋人同士がじゃれあっているようにしか見えず、更には素敵ですよねー、と惚気てくるのだから、朱里は呆れたようなジト目を向けていた。
「煉二、ありがとう。嬉しいよ」
「あ、ああ。そうか、なら、いい」
突然の翔の言葉に、煉二は耳を染めたままそっぽを向く。翔は翔であまりに真っ直ぐな物言いをするので、朱里のジトっとした視線は自然、彼の方へと移っていた。
「そう言えば、羽衣さんと間錐さんのギフトって何なの?」
黄葉のは知ってるけれど……、と場の空気を変えるようにされた質問に、三人は居住まいを正す。
「私のはー、〈
しかしそれだけ言って寧音が朱里へ顔を向けた事で、すぐに空気は緩んだ。朱里は、相変わらずである意味安心した、とこっそり嘆息する。
「……寧音、それ、どんな効果なの?」
「あ、そうでしたそうでした。これはですねー、ハグで〈神聖魔法〉の回復効果を与えつつ、普通の回復魔法なんかの効果も高めちゃう凄いスキルなんですよー!」
今の私では骨折くらいまでしか治せませんけどねー、と寧音は言っているが、翔や朱里からすればそれだけで十分凄い。翔も朱里も日本では運動部だった為、故障した時治るまでにどれほどの時間が掛かるのか、その
「腕がなくなっちゃったーなんて事でもない限り、私が全部治しちゃうので安心して突撃してくださいー」
言い方は緩かったが、翔たちにはとても頼もしく聞こえた。
「寧音はこう言っているが、お前たち、あまり大けがを負ってくれるなよ? 特に翔」
「え、俺?」
煉二に強い口調で名指しをされ、困惑する翔だったが、続いた言葉に納得した。
「当然だ。そう何度も寧音とハグさせてたまるか」
治療の為とはいえ、恋人が他の男に目の前で抱き着いている所など見たくはないのだろう。翔も陽菜が祐介を抱擁している所を思い浮かべ、少し顔を顰める。
もちろん純粋に彼らを心配する気持ちもあった筈だが、煉二の場合、こちらの理由が大半だろうと翔は考えた。
「それで、間錐はどうなんだ?」
「私のは、超加速して空間ごと相手を突く、〈
朱里は自身の槍に目を向けながら言う。空間ごと、という言葉が気になって翔が聞いたところによると、空間属性が付与されるらしい、という説明が返された。朱里自身、よく分かっていないということはその表情と口調から翔たちにも伝わった。
「例の魔王は〈空間魔法〉を使うって噂があるみたい。もしそれが本当なら、魔王の障壁を破るのに私のギフトがいるからってこっちに参加するよう言われたの」
空間を貫くというのはよく分からなかった翔たちだが、〈空間魔法〉については座学で聞いていた。その魔法は空間そのものを操るもので、転移や空間の繋がりを断ち切ることによって強力な障壁を張ることが出来る。
――空間を断ち切る障壁っていうのを突破するには確かにいるんだろうなぁ。
何にせよ、陸上の短距離で全国大会常連の朱里らしいスキルだ。そう考え、なるほどね、と翔は返事を返した。
それから煉二と翔が朱里に自分のギフトを説明していると、金属と石がぶつかる甲高い足音が四人に聞こえた。城から出てきたのは、四人の予想通りグラヴィスだった。もうすっかり見慣れた、聖騎士の長の証だという真っ白な金属鎧に、翔の剣より少し短い直剣を携えている。今日は鎧と同じ白色をした大楯は持っていない。
「すまない、待たせたか」
「いえ、今ちょうどお互いのスキルを把握したところです」
謝る彼に代表して答えたのは翔だった。グラヴィスは翔へ向けて一つ頷くと、全員の顔を見まわした。
「揃っているようだな」
「ちょっと待ってください。【魔王討伐役】は私たち四人だけですか?」
聞いたのは朱里だ。とてつもない力を持っている魔王相手に、たった四人で挑めというのか、といった意志を感じる強い視線を法王国の聖騎士団長へと向ける。その視線を受けた当人は、少し間を開けてから、ああ、と一言肯定の言葉を口にした。
「元々少数精鋭で任務の遂行にあたってもらう予定ではあった。伝承通りなら、一定以下の強さではどれだけ数を揃えようと、魔王にとって物の数ではないだろうからな」
一般の兵はもちろん、聖騎士たちですら上位者以外いてもいなくても同じだ、とグラヴィスは言う。
聖騎士は法王国における近衛兵の役割を持ったエリートだ。【選ばれし者】として力を与えられているとは言え、半年やそこらで日本人たちに追い抜かれる事のない強さを持つ。末端でさえ今の翔よりも少し強い。その聖騎士が上位者以外戦力にならないと聞いて、翔たちはより一層不安になった
「もっと時間があれば、君たちの半数は対魔王の戦力になったのだろうがな」
翔は香や他の何人かの友人の顔を思い浮かべ、納得する。彼女らは翔たちに比べて成長がゆっくりだった。現時点でも、儀式の補助をすることが最初から決まっており、その訓練を優先していた陽菜の方が強い。それもあって香は少し無理もしていたくらいだ。とは言え、いずれはその聖騎士たちよりも強くなるだろうことが明白な程【選ばれし者】に与えられたユニークギフトは強力だった。問題なのは時間ばかりという事になる。
「加えて、進行してくる戦力が想定以上に大きい可能性が出てきた。その為陛下が【防衛役】を増やす決断を為されたのだ」
これを聞いて、翔は反論し人員を増やすように言えなくなってしまった。彼にとっての最優先事項は陽菜を守ることだ。もし防衛に失敗すれば、陽菜に危険が及ぶ。
日本に帰ることを目的にしている煉二や女子二人にとっても、唯一の帰る手段がなくなってしまっては元も子もない。
「魔物と戦える者が想定以上に少なかったこともあるが……」
そう言われて翔が思い出したのは、異世界『アーカウラ』に来てそれほど経っていない頃に何度か行われた実践演習だった。
彼らは騎士たちに連れられて街の外に出、そこで騎士たちが弱らせた魔物に止めを刺す訓練を行った。翔も未だに覚えている、剣が肉を貫き、命を断つ感触。終わった後に多くが気分を悪くし、胃の中を空にした。そもそもに、小さくなっていく命の灯をその手で消すことの叶わなかった者も多くいたのは、平和な日本で暮らしてきた彼らにとって、必至の事だったのかもしれない。
そんな当時の様子を思い出し、そして生き物を殺す感覚に成れてしまった自分を嫌悪して、四人は一様に顔を伏せる。その時魔物を殺せた者たちの全てが他者の命を奪う嫌悪感を乗り越えられたわけではない。命を奪えない彼らは皆、【儀式補助役】に就いていた。
「いや、そもそも我が国に十分な戦力があれば、君たち若者を頼る事にはならなかったのだがな……」
暗くなった雰囲気の中グラヴィスが小さく漏らしたその言葉は、彼が普段心の奥に隠している本心なのではないか、翔はなんとなくそう思った。
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