第4話 迫られる選択

 翌日、午前の訓練を終えた翔、祐介、陽菜、香の四人は、白い明かりに照らされた広間で昼食をとっていた。高い天井に吊り下げられた魔道具の光は、例のごとく白い壁に施された金縁の彫刻に影を作り、その豪華さを一層際立たせている。部屋の中央には乳白色の石で出来た長テーブルが二列で並べられ、一つにつき二十人ほどが座れるよう椅子が用意してあった。

 翔たちが座っているのは入口から見て左側のテーブル、その中ほどだ。


「バンプする時と同じ感じで、こう、自分から盾で当たりに行くんだよ」

「あー、なんとなく分かった。サンキュッ!」


 祐介がそう盾の使い方を助言しているのは、彼や翔と同じバスケ部だったクラスメイトだ。バンプはバスケ用語で、ぶつかるといった意味を持つ。

 ――祐介、相変わらず頼られてるなあ。祐介も分からないことばかりで戸惑ってるだろうに……。


 自分の席へ戻っていくチームメイトの背中を眺めながら、翔はテーブルに並べられた料理を口に運ぶ。今彼が食べているのは、日本でよく見慣れた唐揚げだった。それだけではない。他にもカレーやチャーハンなど馴染み深い料理が並んでいた。

 ――過去の【転生者】や【転移者】が伝えたって話だったけど、日本人だったのかな。


 翔がそう考えてしまうくらいには、彼らの慣れ親しんだ味だった。

 四人は他愛もない話をしながら故郷の味に舌鼓を打つ。


「そう言えば、そろそろ役割を選ばないといけない時期だよね」


 陽菜が思い出したように言ったとは、法王国の目的であるディアス復活の為、翔たち【選ばれし者】に割り振られる予定になっている三つの役割の事だ。彼らはその能力や希望に合わせて、かつてディアスを封印したと聞かされている『魔王の討伐役』、魔王軍からの『防衛役』、ディアス復活のための『儀式の補助役』に分かれる事になっている。


「私は『儀式の補助役』に就くよう頼まれてるけど、皆は何か聞いてる?」


 陽菜のユニークギフト〈神舞魂放しんぶこんほう〉は神楽舞かぐらまいによって味方を〈制魂解放せいこんかいほう〉状態にするという強力な能力強化スキルだ。〈制魂解放〉は以前グラヴィスが使った〈限界突破〉の上位スキルで、限界を超えた力を引き出す。これを使える者は世界に数えるほどしかいない。『儀式の補助役』に選ばれるのは必然だった。


 翔は、だろうね、と頷いてから彼女の質問に答える。


「俺は何も言われてないから、陽菜と同じ『儀式の補助役』に就こうと思ってる。もしかしたら魔王がいきなり城に奇襲をかけてくるかもしれないし」


 〈心果一如しんがいちによ〉は汎用性が高く、どの役割でも力を発揮できるスキルだ。だから何も言われていないのだろう、と翔は考えていた。その彼の返答を聞いて陽菜が顔を蕩けさせたのは言うまでもない。

 

「翔はそうだろうな。俺は一応『防衛役』を頼まれてる。けど、正直迷ってんだよな。出来ればでいいって言われてるし」


 そう言いながら香の方をちらちら見る祐介。彼女の存在が迷っている一つの要因であることは誰の目にも明らかだった。とはいえ、守るものが多ければ多いほど強力になる彼のギフトなら、法王国の国民すべてが守る対象となる『防衛戦』以上に適した役割はない。


「で、音成はどうなんだ?」

「私は何も言われてないよ。まだどれに行きたいかも決めてない」


 香の返答を聞いて少し残念そうにする祐介。翔と陽菜は互いに視線を交わして苦笑いする。


「その、祐介君、どの役がいいか、また相談に乗ってもらっていい?」

「お、おう! もちろん!」


 続いた香の願いに、祐介は声を少し張り上げた。対する香の耳は赤い。相談を受けたわけではないが、これだけ分かりやすければ翔も陽菜も親友の内心に気が付かないはずがない。互いの思いを知らないのは、当人たちばかりだった。


 翔が皿に残る最後の唐揚げを口へ放り込み、そろそろ訓練場へ戻ろうかと話しているときだった。広間の扉が開いてグラヴィスが入って来た。

 彼は広間を見渡し、翔たちを見つけると真っ直ぐそちらへ向かう。近づいてくる偉丈夫を見て、翔はなんとなく嫌な予感を感じていた。


「翔、少しいいか?」

「はい」


 案の定、グラヴィスは翔へと声を掛けた。四十を過ぎ、色気さえ感じる彼の顔がどこか申し訳なさそうに歪む。


「翔、『魔王討伐役』についてくれないか?」


 翔の予感を裏切らず、或いは期待を裏切って、グラヴィスはそう告げた。


「現状、【選ばれし者】の中で最も強いのは君だ。魔王に対抗するのに十分な攻撃力を持ち、加えて多くの状況に対応できる」


 訓練期間の短さもあって、翔以外は尖った成長の仕方をしている。例えば祐介は完全な防御型のスキル構成で攻撃力は申し訳程度しかない。しかし魔王の居城までの道中など、『魔王討伐役』に対応を求められる状況は多様で、その他にも多くの人員が必要となる役割がある。そんな中、全ての状況に問題なく対応できるほどの人数を『魔王討伐役』だけに裂くことは出来ない。主神ディアスの封印解除のため『魔王討伐役』は必須だが、それ以前に国が攻め滅ぼされたり、儀式が失敗したりしては元も子もないのだとグラヴィスは説明する。

 もちろんどうしても嫌なら構わないが。彼はそう最後に付け加えて翔の返答を待つ。


「俺は……」


 翔は陽菜をちらりと見てから俯き、考え込む。彼はグラヴィスの説明に納得してしまっていた。

 ――陽菜を守りたい。陽菜と、皆と日本に帰りたい。その為なら、グラヴィスさんの言うように『魔王討伐役』に就くのが一番近道なんだろう。でも……。


 翔はいつかの座学で言われたことを思い出す。この世界では異世界からの転移や転生を察知するのは難しいことではなく、おそらく魔王も既に【選ばれし者】たちの存在を把握しているだろう、という話を。だからこそ、短い期間で彼らは強くなる必要があった。

 ――もし、魔王と入れ違いになって、陽菜に何かあったら……。


「少し、考えさせてください……」


 結局、翔は返事を保留にした。


「わかった。明日には答えを聞かせてくれると嬉しい」

「……はい」


 グラヴィスは最後に、すまない、と陽菜に言って去っていく。

 彼がいなくなって暫くしても、彼は思いつめた表情のままだ。そんな彼を、陽菜はじっと見つめる。それから一人、頷いた。


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