第3話 懸念
③
夕食と入浴を終え、翔と祐介は与えられた三人部屋へ戻る。
白を基調にした広い部屋はセミダブルサイズのベッドが三つ並んでなおゆとりがあり、窓際には引き出し付きの丸テーブルと一人用ソファ四つが並んでいる。窓ガラスは現代地球にあるそれのような透明度で星空がよく見えた。
ソファに座ってその星空を眺めながら、彼らの専属侍女の淹れた紅色の茶を飲んでいるのは、もう一人のルームメイトで生徒会副会長だった
「よう黄葉、もう帰ってたのか」
「ああ。風呂には夕食の前に入ったからな」
まだ少し湿った翔と祐介の髪を見ながら煉二は言う。
なるほどな、と頷きながら祐介は彼の隣のソファへ腰を下ろした。翔もそれに倣い、それからテーブルの上に置かれていた小さな銀製のハンドベルを鳴らした。すぐに入ってきた侍女に自分たちの分のお茶を頼み、翔は煉二に今日の訓練はどうだったかと聞く。
「そうだな……」
煉二は少し長めの癖っ毛を指で弄りながら斜め上へと目を向ける。それからズレた四角いフレームの眼鏡を直して続ける。
「中々有意義だったぞ」
「何してたんだ? 確か、魔法を集中的にやってるって言ってたよな?」
「ああ。魔法の発動速度を早くする訓練をしていた。俺のギフト〈
確かに発動を早くすればそれだけ同じ行動を繰り返せる機会は増える。
「魔法の属性も、最も適性のある火と風に限定した」
「行動の一致率が高いほど補正が大きくなるんだったね」
「その通りだ」
前後の行動が『魔法を放った』で一致するのと、より厳しい条件の『火魔法を放った』で一致するのとでは、後者の方が威力の増大幅が大きい。それならば翔のようにいくつもの魔法を順繰り育てるより、一部の属性を集中的に鍛え、より強い魔法を連発した方がよいと考えたらしい。
――黄葉も色々考えてるんだね。
翔は感心し、お茶を口に含む。
「時間がもっとあれば別だったがな、と
「黄葉が考えたんじゃないのかよ!」
「なんだ、何か問題があったか?」
いや、ないけどよ……、と嘆息する祐介。翔もその横で苦笑いした。同時に、生徒会長の彼女なら納得だと再度カップに口をつけた。
――
祐介が彼の心の声を聞けたなら、お前が言うか、とツッコみそうなことを考えつつ、翔は外へと視線を向ける。そこには翔たちが『アーカウラ』に来た時から相変わらず、美しい星々が輝く夜空がある。月は地球と同じく一つだけだが、満ち欠けはしない。お茶の香りと合わせて、それは彼の心をゆったりと緩ませていく。
「日本に、帰れるといいね」
これまで彼が心の片隅で感じ続けていた緊張まで解され、ふとそんな言葉を漏らす。この気持ちは、煉二も祐介も変わらない。飲んでいたお茶を起き、それぞれに肯定の返事を返す。その脳裏には、法王国を治める法王から聞かされた、彼らが崇める主神を復活させたら願いを一つ叶えてもらえる、という言葉があった。
「せっかく異世界に来たんだし、世界中回ってみたい気もするけどな!」
そう言ってニカっと笑ったのは祐介だった。実際、彼らは法王国の首都とその周囲しか知らない。彼らにとっては座学で聞かされているだけの話だが、この『アーカウラ』には二つの大陸と数多の国々があり、そしてそこに、いくつもの種族が暮らしていた。物語の中だけの存在だと思っていた妖精や、獣の特徴を持った獣人、更には吸血鬼を思わせる者たちまで。その全てが人間の一種族として、独自の価値観と文化を持ってこの世界に暮らしている。
――気にならないって言ったら、嘘になるかな。
「確かに、それもいいね」
「ふん。俺は寧音がいればそれでいい」
素っ気なく言う煉二だったが、一瞬頷きかけたのを翔は見逃さなかった。笑いをこらえつつ、じゃあ羽衣さんが来るなら黄葉も来るんだよね、と翔が問うと、彼は若干頬を染めながら肯定する。祐介はそんな煉二の様子に上体を捻って口元を抑え、押し殺した笑いを上げた。
「もし出来るならだけど、三年くらい経ってから日本に帰して貰えるようにお願いしない?」
「まあ、出来るなら、な」
変わらず頬を染めたまま煉二はそう返す。その横で、祐介がすっと表情を真剣なものに変えた。
「なあ、思ったんだが、ディアス様とやらが一つだけ叶えてくれるとか言う願いって、一人一つなのか? それとも、俺たち全員で一つなのか?」
その疑問を聞いて翔はハッとした。
――確かに、一つだけ願いを叶えてくれるとしか聞いてない。
それからいくら記憶を掘り返しても、彼がそれぞれの願いを叶えてもらえると聞いた記憶は出てこない。
「ほ、ほら、言い忘れてるだけかもしれないし……!」
「それならそれでいいんだが、違ったらどうする? たぶん、こっちに残りたいってやつもいるぞ。
祐介の挙げたサブカルチャー好きの友人の顔を思い浮かべ、翔も同意する。彼は常々異世界へ行きたいと言っていたし、グラヴィスからこの世界が『アーカウラ』という魔法が存在する異世界だと聞いた時この上なく歓喜していた。煉二もそのことを思い出したのか、遅れて、確かにな、と呟く。
もし全員で一つしか願いを叶えてもらえなかった場合、最悪どうなるか。それを想像し、翔は顔を青ざめさせた。
三人の間に重い空気が流れる。
どれほど経った頃か、沈黙を破ったのは祐介だった。
「すまん、今考えても仕方ない事だったな」
それから明らかに作った明るい声で、明日も早いからと就寝を促した。
そのまま三人はベッドに入り布団を被ったが、眠れたのは長い時間が経った
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