第2話 【選ばれし者】として

◆◇◆

 半年が経った。

 石造の観覧席に囲まれた訓練場に、いくつもの金属音が響く。時に闘技場としても使われるそこで、つい半年前までただの高校生だった少年少女が揃いの革鎧を纏って武器を振るい、戦うすべを学んでいた。中には虚空に炎や水の槍を生み撃ち出す者もおり、そこが現代の地球とは異なることわりに支配された世界だという事を如実に語っている。


「炎よ、槍と成りて敵を貫け! [炎槍フレイムランス]‼」


 翔の発する魔力が詠唱を通して世界に干渉し、燃え盛る炎の槍を生じさせる。その魔法は大楯を構える背の高い少年へ向けて飛翔した。地球の常識で言えば理解の及ばない危機的な状況である。しかし少年はやや彫の深い顔に笑みを浮かべ、楯を振るって炎槍を打ち払った。


「翔! そんなんじゃ時間稼ぎにもならねえぜ!」

「でも目眩しくらいにはなった!」


 翔のその声は、大楯の少年、邦護くにもり祐介ゆうすけの思わぬ位置から聞こえた。祐介は首だけを左へ回して翔を探す。そして見えたのは、十メートルほど先で空いた左手を突き出す翔と、祐介に向って飛来する幾本もの岩の槍だった。


「げっ⁉」


 祐介は慌てて〈結界魔法〉で障壁を展開する。三重に張られた無色透明の障壁は岩の槍を受けるごとに少しずつひび割れ、一枚、二枚と割れていく。最後の一枚が砕け散るのと翔の放った岩の槍が無くなるのとは同時だった。

 祐介がほっとし気をゆるめたのは一瞬だが、翔が肉薄するには十分な隙だ。


「祐介、いくよっ!」


 翔は上段からバスタードソードを振り下ろす。魔力で肉体を強化された彼の振るう剣先は音速を超える。その上で、その一撃には半年前翔たちを襲ったアサルトタイガーの命にさえ届き得る尋常ではないエネルギーが込められていた。


「たく、陽菜が見てるからって気合入りすぎだろ……。〈星護堅砦せいごけんさい〉‼」


 祐介は翔に与えられたという特別な力を思い出し、自分のそれを発動する。祐介のそれは堅砦の如き守りの力。守るもの多いほどに強くなる障壁を生み出す力だが、守る対象が自分だけの今でもアサルトタイガーを始めとする災害級、危険度Aランクに分類される魔物の全力攻撃を軽くはじき返すだけの堅さがある。

 だが今、翔の一撃はその堅固な筈の障壁を見る見る切り裂いていく。そしてそのまま祐介を大楯ごと真っ二つにした。


「ふぅ。……ちょっと張り切り過ぎたかな?」


 翔はたった今自身の親友を切り殺したとは思えない軽い口調で言う。その視線の先にあるのは、深い爪後の残された鈍色の石壁だ。


「だぁーー、負けた負けた!」


 闘技場の入口からそんな声を上げたのは、つい先ほど真っ二つにされたはずの祐介だった。祐介も翔も、それが然も当然かのように会話を続ける。

 

「あ、祐介、お帰り」

「おう。しかし、いい加減この死ぬ瞬間に転移する感覚にも慣れてきたな」

「それはそれでどうかと思うけどね……」


 一番俺を死なせてるやつが何言ってんだ、と祐介は笑い、翔の肩を叩く。

 彼らのいる訓練場は強大な魔法の道具、魔道具であり、死が確定した瞬間その者を領域内に入る直前の状態に戻した上で、強制的に指定箇所へ転移させる力があった。


「つーか翔、どんだけ気合入れてんだよ。俺の障壁は紙じゃねえぞ?」

「俺も今、ちょうどそう思ってたところ。俺のスキル、どうも加減が難しくてさ」


 翔は頬を掻きながら自身に与えられた特別な力、ユニークギフト〈心果一如しんがいちによ〉の効果を思い浮かべる。その効果は『思いの強さに応じて行動の結果に補正が掛かる』というもの。先の一撃が現在の翔の能力を思えばあり得ないほどに強力だったのは、これの効果だ。

 

「そりゃ、思いの強さなんてやろうと思ってコントロール出来るようなもんじゃねえしな」


 そうなんだよね、と翔は返し、すぐ何かに気が付いて視線を祐介の後方へとずらした。その先にあるのは、つい先ほど親友が入ってきた訓練場の入口。それと、そこから飛び出してきた恋人の姿だ。少し小走りで近づいてくる彼女の後ろには、以前彼らを助けたグラヴィスもいる。


「翔君、お疲れ!」

「ありがとう、陽菜」


 見つめ合う二人の顔は誰が見てもわかるほど明らかに緩んでいる。祐介はいつものことに苦笑いしつつ、グラヴィスへ声をかけた。


「グラヴィスさん、見てたんすね」

「ああ。……成長が分かる、良い試合だった」


 グラヴィスに褒められ、祐介は満更でもなさそうに鼻の下を擦る。


「このまま行けば、ディアス様? を復活させられそうっすかね?」


 祐介は彼らのいるナーヴフィルデ法王国の崇める主神の名を口にする。法王国が彼らをこの異世界、『アーカウラ』に召喚したのはその主神ディアスの復活の為だった。

 

「みだりにあのお方の名を口にしない方が良い。……そうだな、君たちならきっと、成してくれると思っている」

「大丈夫ですよ、グラヴィスさん。俺たち、もっと頑張りますから。もう二度と、あんな思いをしなくていいように……」

 ――今度こそ、陽菜を守れるように。


 そう言う翔の目には強い光が宿っている。その光の陰には、半年前彼らを襲った巨大な虎の魔物の姿があった。祐介や陽菜も当時の想いをその内に蘇らせ、力強く頷く。

 グラヴィスは目の前にいる三人の少年少女をじっと見つめ、ふっと頬を緩めた。


「そうだな、君たちは、あらゆる訓練を特に真剣にこなしていた。あのお方もその封印の内より見ていてくださっている筈だ」


 彼は翔の頭にその大きな手を置いた。伝わってくる温もりに、翔は妙に照れくさい思いを感じつつ、振り払おうとはしない。


「あのお方が復活した暁には、必ず君たちの願いを叶えてくれる」


 改めて頷く翔たちを促し、グラヴィスは観覧席の方へ移動した。四人は段差になっている部分に並んで座り、訓練場で汗を流す仲間たちを眺める。五メートル程の高さがあるそこからは、全体の様子がよく見えた。


「翔、君は多くのスキルを修得するよう努めているらしいな」


 グラヴィスが顔だけを翔に向け、異世界を支配する理の一つ、スキルについて問いかけた。

 技術という意味を持つSkillだが、ここで言うスキルはそれと少々異なる。どちらかと言えばコンピュータのアプリケーションのようなものだ。魔法や、魔力などを使った身体強化を始めとして、その種類は多岐にわたる。〈剣術〉など動きを補助する程度のものもあれば、翔たちに与えられたユニークギフトのように絶大な増幅効果や事象を具現化させる効果を備えたものもある。


「はい、俺のユニークギフトなら、初めはどれか一つを伸ばすより色々なスキルを覚えた方がいいと思ったんです。低いレベルでも〈心果一如しんがいちによ〉で強化されてそれなりに強力になりますから」

「そうだな。今見せてもらってもいいか?」

「はい」


 翔が半年前アサルトタイガーの情報を暴いた力を己に向けて使うと、彼の視界にあの日と同じ半透明の板が現れた。


――――――――

<ステータス>

名前:思導しどう かける /M

種族:人間

年齢:18歳

スキル:

《身体スキル》

 心果一如しんがいちによ 言語適正 剣術lv5 体術lv2 気力操作lv3 身体強化“気”lv4 気配察知lv3 危機察知lv6 見切りlv1 並列思考lv1 直観lv2 瞬発lv1

《魔法スキル》

 鑑定lv7 ストレージ 魔力操作lv5 火魔法lv4 水魔法lv3 土魔法lv4 風魔法lv2 光魔法lv4 闇魔法lv2 隠蔽lv3 身体強化“魔”lv5

 

称号:選ばれし者 転移者

――――――――


 翔は〈ストレージ〉スキルで亜空間へ収納された真っ白な紙とペンを取り出し、〈鑑定〉スキルによって顕わにされた自身の能力をすらすらと書き写していく。その文字は口に出すもの同様、〈言語適正〉スキルの効果で日本語から法王国の言葉に変換されていた。紙は彼らに与えられた部屋に用意されていたもので、法王国で一般的なものより少しだけ上の品質だ。

 書いている最中、祐介が彼の後ろへ移動して覗き込んでいたが翔に気にした様子はない。そのまま書ききってグラヴィスへと渡した。


「多いな。レベルも言うほど低くない。流石は【転移者】というべきか……」


 グラヴィスは受け取った紙を眺めて呟く。【転移者】や【転生者】がスキルを得やすく育てやすい傾向にあるというのは世界の常識だったが、その理由は知られていない。翔たちはそう座学で習った事を思い出した。


「そんなにスキル覚えてたのかよ。俺の倍近いじゃねえか。魔法なんて〈結界魔法〉と〈土魔法〉しか覚えてないぞ?」

「その分レベルは確実に祐介の方が高いよ」

「まあな。〈盾術〉はそろそろ〈盾王〉になるぜ」


 もうスキルが進化するところまで育てたのか、と翔は驚いて祐介を見た。スキルのレベル上昇は効率化と出力向上を意味するが、一部はその定められた上限を超え、進化することがある。しかしそれは簡単ではない。ゲームのスキルのように認識している翔は軽く驚いただけで済んでいるが、その横ではグラヴィスが目を見開いていた。

 神に選ばれるのも納得だ。そう独りちたグラヴィスの声は隣に座る翔にしか届かなかったが、翔たちがディアスに仕える神の一柱によって選ばれたという事は既に彼らの知るところだ。


「そういえば、音成おとなりさんはどうしたの?」


 翔は思い出したように、陽菜の親友について問いかける。祐介が座りなおして陽菜の返答へ耳を傾ける。


かおりちゃんなら部屋で休んでるよ。ちょっと頑張りすぎたみたい」


 陽菜の口調から本当に大したことがないと判断し、祐介はほっと息をく。その様子に翔と陽菜はニヤニヤとして視線を交わす。


「な、なんだよ……」

「いや?」

「何でもないよ?」


 釈然としない様子を隠そうともせず祐介は顔を背けた。ここで彼の恋心について言及したところでムキになって否定するのは分かった話だ。だから翔も陽菜も何も言わない。ただ、お互いの親友同士が幸せになってくれたらいいと願いつつ、少しだけ楽しみながら見守っていけたらと考えていた。

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