第46話 現れた厄災

「怯むな! 行けえええええ!!」



 戦場のど真ん中で、テオドールの怒号が響き渡る。中央軍の総司令として出てきたが、目の前にはとんでもない怪物が立ちはだかる。


 ――なんなんだ、あれは!?


 突撃する騎馬部隊が、虫けらのように蹴散らされてゆく。大地が爆発し、騎兵が馬ごと吹き飛ばされる。


 中央の戦力が少ないといっても五千はいるのだぞ! それに対して、相手はたった十数台の馬車。こちらが負けるなどありえない。


 テオドールは困惑した。自分の常識では考えられないことが起こっていると。



「おのれ、化物め~~……」



 顔を歪めるテオドール、だが撤退の判断だけはない。


 作戦通り中央に敵を引きつけ、左右の軍で城を攻め落とす。その判断は間違っていないはずだ。


 テオドールは檄を飛ばし、部隊をさらに鼓舞する。


 引き返すことのできない〝死地″へと、自ら踏み込んでゆく。



 ◇◇◇



 エイブラムスとレオパルト2A6戦車が前に出て、その後ろに10式戦車が続く。


 砲撃による爆発で敵の数は減っているが、間隔を空けながら襲ってくるため、その効果は限定的だ。


 後方で援護射撃している16式機動戦闘車と中距離多目的誘導弾搭載高機動車も、完全に敵を捉えることができない。


 その間にも、左右に別れた騎馬隊が襲いかかってくる。



「ハルト!!」



 下の城門前からソウタが叫ぶ。ハルトが「ああ、分かってる」と言って、手を高々とかかげた。



「召喚! 【装甲車部隊】」



 城の左右に現れる計十二両の装甲車。厳つい機関銃の銃口をゴルタゴ兵に向ける。



「撃てっ!!」



 ハルトの号令と共に放たれる数千発の銃弾。近づいてきた騎兵の体を、容赦なく貫いていく。


 戦場に広がる馬の鳴声と、兵士の悲鳴。


 硝煙の臭いが立ち込め、粉塵が舞い上がる。


 おびただしい数の弾丸が撃ち尽くされ、ゴルタゴ兵は大地に沈めていく。さらに城壁にいる兵士も一斉射撃。


 丁寧に敵を刈り取っていった。――これならいける!


 城壁の上で見ていたハルトは、そう確信する。すでに数千の兵が倒れていた。このままいけば自分たちの勝ちだ、と。


 だが、次の瞬間――



「なっ!?」



 眩い光、耳を劈く轟音。城の正面で激しい爆発が起きる。


 一両の戦車が吹き飛んで、重々しい体を大地に打ちつけた。ゴロゴロと転がり最後には仰向けになったまま停止する。


 どす黒い煙が辺りを覆っていた。


 何事かと目を向けると、煙が風に流され、ゆっくりとは姿を現す。


 浅黒い体表、ゴツゴツとした肌、二本の角は空に向かって伸び、悪魔のような翼を広げる。


 紛れもない、それは――



「ドラゴン!?」



 ハルトは驚いて、目を見開く。戦車と騎兵が戦っていた場所に、突如として現れた異形の怪物。


 驚愕したのはハルトだけではなく、下で見ていたソウタも同じだった。



「おいおいおいおい、ありゃ火山岩の翼竜ボルケーノ・テラソーだぞ!」


「なんだ? それは?」



 ソウタの横にいたアズサが怪訝な表情で聞いてくる。マイに至っては「ひぃ~」と悲鳴を上げてアズサの後ろに隠れた。



「竜の中でも『火』と『土』の二つの属性を持つタイプだ。強力な攻撃力と、硬い外殻が特徴だな。今回のイベントに登場するはずがないんだが……」


「じゃあ、どうして突然出てきたの!?」



 マイが半泣きでソウタに突っかかってくるが、ソウタにも分かるはずがない。



「あるとしたら、誰かが召喚アイテムを使って呼び出したんだ」



 ソウタは思い返す。確か複数人で召喚を行うレアアイテムがあったはずだと。


 だが何より不思議なのは、ハルトの苦手な銃の効かない魔物が召喚されたことだ。NPCのゲームキャラにそんなことが出来るはずがない。


 だとしたら、どうして……。


 ソウタがそんなことを考えている間に、竜は尾を振り回し10式戦車を薙ぎ払っていた。戦車部隊も負けじと応戦。


 一斉に砲撃すると、竜の体に着弾し、爆発してゆく。


 だが、効いている様子がない。戦車に取りつけられた機関銃を掃射するも、弾が弾かれていく。


 竜がグラリと首を振る。


 危険を感じた戦車部隊はキャタピラを逆回転させ、後ろに向かって走行した。車間距離を開け、なるべく固まらないように。


 その刹那、竜の口から灼熱の炎が吐き出された。


 炎は大地を焼き、火の粉は上空に向かって舞い上がる。炎を浴びた地面は、グツグツと煮えたぎっていた。


 戦車はギリギリで回避し無事だったが、一発でも喰らえば戦車の装甲といえど一溜りもない。



「ソ、ソウタ! あんなのとどうやって戦うんだ!?」


「そうだよ~、みんなやられちゃうよ~!」



 アズサとマイが泣き言を言ってきたが、ソウタは冷静に現状を見ていた。



「いや、たぶん大丈夫だと思うぞ」


「「え!?」」



 呆気らかんとしたソウタの言葉に、アズサとマイはキョトンとする。どう見れば大丈夫だと言えるのだろう。


 初心者の自分たちでさえ、今が絶望的なのはハッキリと分かる。


 ベテランのゲームプレイヤーだと思って信頼していたが、間違っていたのか? とアズサは思った。


 それを見て取ったのか、ソウタはニヤリと笑って口を開く。



「本当だって、相手は現代兵器を舐めすぎてるってことだ」


「どういう意味だ?」



 アズサは理解できないため、困惑した表情でソウタを見つめる。それに対し、ソウタは至極冷静に答えた。



「今の戦争ってのは、敵の戦車や航空機を破壊することが主目的になってるんだ。つまり人間じゃなくて、を破壊するのが重要ってこと」


「じゃあ、あのドラゴンの体も……」


「ああ、必ず貫けると思うぜ。まあ見てなって」



 ソウタとアズサがそんな話をしている間に、戦車の中にいる兵士たちは慌ただしく動いていた。


 今まで使っていた【多目的対戦車榴弾】から、より貫通力が高い【装弾筒付翼安定式徹甲弾】に弾を切り替える。


 榴弾は複数の人間を想定して準備した物。


 だが今戦っているのは榴弾の効かない鋼の鱗を持つドラゴン。兵士たちはハルトに命令されずとも、もっとも最善の選択をするようプログラムされている。


 換装が終わった戦車部隊は、その砲門を火山岩の翼竜ボルケーノ・テラソーに向けた。

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