第40話 侍と忍
駆け抜ける騎馬の正面に立っていたのはアズサだった。刀をまっすぐに構え、対面の敵を見据える。
「どけえええ! 女!!」
馬上から剣を振り下ろすゴルタゴ兵。アズサは冷静に、ゆらりと刀の峰を倒す。
「能力解放 ――
ふ、とアズサの持つ刀の刀身が消える。まるで陽炎のように見えなくなったため、ゴルタゴの騎士も目を疑う。
次の瞬間、「がはっ!?」と血を吐き出し、騎士が落馬した。
脇腹には刀傷がはっきりと見て取れる。これがアズサの持つ武器〝霞桜″の能力。刀身を消して、剣筋を見えなくする。
剣士同士の戦いならば、大幅なアドバンテージが取れる能力だ。
続けて、もう一人騎士が突っ込んで来る。だが、やはりアズサの斬撃が見えず、気づけば馬から落ちていた。
「よし! やれる、やれるぞ!」
アズサが手応えを感じていた時、戦場をピョンピョンと跳ね回る影がある。
マイが馬や敵の肩を踏み台にして、空中を移動していたのだ。騎馬と歩兵の間を掻き分け、敵の体を二本の短剣で斬りつけていく。
「なんだ!? ちょこまかと!」
「そっちだ。そっちに行ったぞ!」
ゴルタゴ兵の間に混乱が広がる。さほど大した傷ではないが、小さな少女が剣を持って飛び回っているのだ。
早く捕まえて殺さなければ、ゴルタゴ兵はそう思ったが自分の体の異変に気づく。
「なんだ……?」
見れば自分の手がプルプルと震えている。
まさか……毒? そんな考えが脳裏をよぎった。辺りを見回すと自分と同じように倒れて痙攣している仲間たちがいる。
しまった! そう思ったゴルタゴ兵だが、すでに遅かった。薄れゆく意識の中で、快活に微笑む少女の横顔だけが見えた。
「能力解放 ――
マイの基本職業〝忍″は、攻撃力こそ低いが、俊敏性では飛び抜けたステータスの値を示す。
そのため自分に相性の良い、毒属性の短剣を
「おのれ! 小童!!」
後ろから鬼の形相をした騎士が剣を振り上げ、マイに襲いかかる。その気迫に一瞬身がすくむマイだったが、
「マイ! 横に飛べ!!」
後ろから飛んできた声に、体が反応する。マイは振り下ろされた剣をかわし、地面にゴロゴロと転がった。
攻撃を外した騎士は、馬上で「チッ」と舌打ちするが、気づけば真横に誰かいる。
陽光を遮る人影、剣で対応しようとするが間に合わない。
「うおおおおおおおお!!」
唐竹割りの一閃。騎士の甲冑を斬り裂き、深々と刀が食い込む。マイの〝忍″とは違いアズサの〝侍″は腕力の伸びが高い職業。
防御力の高い騎士でも、易々と倒すことができる。なによりマイとの連携がうまくいった。
「大丈夫か? マイ」
「うん! ありがとう、アズサちゃん!」
それを見ていたソウタは、二人の手際に舌を巻く。
「なんだ、やるじゃねーか! ちょっと心配してたのに損したぜ」
ソウタが感心している所に、三騎の騎兵が向かって来る。ソウタはフンと鼻を鳴らし、持っていた剣を高々とかかげる。
「グランド・ブレイク!!」
光り輝く剣が大地に振り下ろされると、騎士もろとも辺りを吹き飛ばす。
阿鼻叫喚の悲鳴を上げながら、三人の騎士は馬と共に地面に叩きつけられ、そのまま転がってゆく。
「ソウタ殿に後れを取るな! ゆくぞ、アルマンドの兵よ!!」
「「「おおおーーー!!」」」
将軍、カイマンの号令でアルマンド軍の士気が上がる。力の限り大地を駆け、ゴルタゴ軍を押し返していく。
その様子を遠巻きで見ていたゴルタゴ軍の将、ナルサスが激怒した。
「なにをしている! あの程度の敵に手こずるなど!!」
歯ぎしりをするナルサスに、副将のアレスが報告を入れる。
「ナルサス様、歩兵が到着しました!」
「やっとか! のろのろと移動しおって、左右に分けて突撃させろ!!」
「ハッ!」
ナルサスの命令通り、歩兵は三千づつに別れ左右からアルマンド兵に攻撃を仕掛けた。それを見ていたソウタが、後方に合図を送る。
「今だ!」
アルマンド軍の後ろにいた【スナイパー部隊】の五人。狙撃手ではなかったため、下で控えていた二等兵たちだ。
城壁の上では数十人の弓兵が弓をつがえる。
数の多い敵の歩兵を倒すため、温存しておいた戦力だ。
「頼んだぞ!」
ソウタの願いを込めた叫びに答えるよう、二等兵は右に二人、左に三人展開する。雄叫びを上げて迫ってくるゴルタゴ軍の歩兵部隊。
その前に立ちはだかった二等兵は、アサルトライフルをセミオートで発射。
息巻く敵の額に当たると、「あがっ!?」と低い呻き声を上げて倒れた。歩兵たちも初めて見る攻撃に面を食らう。
上からは次々に矢が射られ、思うように前に進めない。
気づけば勢いが削がれ、ゴルタゴ軍歩兵は二の足を踏んでいた。だが小銃を持つ兵士が少なすぎるため、弾幕が張れず、進行を止めることができない。
数人の歩兵が隙をつき、二等兵に襲いかかった。
「させるかよ! どらあああああ!!」
ソウタが大剣で薙ぎ払う。ゴルタゴ兵は木の葉のように蹴散らされ、十メートル以上吹き飛んだ。
「お前ら、俺の後ろについて援護してくれ!」
ソウタが召喚された二等兵に呼び掛けると、コクリと頷きついてくる。
ハルトがソウタの言うことを聞くように命令したため、素直に付き従う。ソウタは後ろに二等兵を引き連れ、雄叫びを上げて敵に突っ込んでいった。
◇◇◇
なんなのだ、一体?
ナルサスは青ざめていた。こんなはずではない。早々に敵を片付け、城を占拠し、テオドール様を迎い入れる。
それが当初、思い描いていた光景だ。
決して難しいことではない。それなのに、ナルサスの軍は敵陣を突破できずにいた。このままでは無能の
「おのれ、おのれ、おのれーーー!!」
ナルサスは馬の手綱を引き、戦場の最前線へと馬を走らす。
「お、お待ちください! ナルサス様」アレスが必死で止めようとするが、ナルサスは頭に血が昇り、止まろうとはしない。
「ええい、うるさいわ! 私が自ら指揮を取って奴らを蹴散らしてくれる!!」
更に前に進もうとした時、戦場に一陣の風が吹く。
ナルサスの体から力が抜け、馬に跨った状態で後ろに倒れる。アレスはなにが起こったのか分からなかった。
馬は構わず走り続ける。アレスが近づくと、そこには頭に風穴が開き、白目を剥いて動かないナルサスがいた。
誰の目にも、すでに死んでいるのは明らかだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます