第39話 魔弾の射手

 大地を駆け抜ける騎馬隊。その中ほどに、一軍の将であるナルサスがいた。


 

「一気に相手を叩きのめすぞ。速度を上げろ!」


「ナルサス様! 歩兵部隊が遅れております。もう少し脚を緩めたほうが……」



 ナルサスに進言したのは、副将のアレスだ。騎兵が四千、歩兵が六千の部隊であるため、騎兵だけで突っ込めば相手と変らない戦力になってしまう。


 当然の危惧だったが、ナルサスは聞く耳を持たない。



「なにを言っているのだ馬鹿者め! あの程度の敵に手間取っていてはテオドール様に笑われてしまうわ!」


「し、しかし……」


「先陣を任せて頂けたのだ! なんとしても功績を出さねばならぬ」


「もちろん分かっております。ですが――」


「もう敵は目と鼻の先! 四の五の言わずに前を向かんか!!」



 アレスに怒声を浴びせ、勢いよく駆けるナルサスだったが、前方で起こる異変に気がついた。


 なぜかは分からないが、一頭、また一頭と騎士が落馬してゆく。


 何事かと思っていると、すぐ近くにいた騎士も「ぐあっ!」と悲鳴を上げ、馬から落ちていった。



「な、なんだ!? どうなっている」


「ナルサス様! 矢による攻撃では!?」


「矢だと!? バカな……この距離でか?」



 弓の射程距離は、せいぜい100メートルほど。だがナルサスらの騎兵隊は敵陣から300メートルは離れている。


 熟達した弓の使い手であろうと、この距離で当てられるとは考えにくい。



「ふんっ! まあいい。もっと近づいて混戦になれば、弓矢など無意味! このまま突っ込むぞ、アレス!!」


「ハッ!」



 ナルサスの軍は多数の犠牲を払いながら、アルマンド軍三千に向かって馬の脚を速めた。



 ◇◇◇



 城壁の上でスナイパーライフル、SR-25Mを構える10名の狙撃手。


 狙撃は相手との距離を測るのが最も重要な作業となる。狙撃ポイントを固定し、敵が来るであろう地形を計測。


 どの地点が何メートルなのか、事前に把握しておくことで命中率を格段に上げることができる。


 そのため城壁の上は、最善の狙撃ポイントと言えた。


 ライフルSR-25Mの有効射程は600メートル。敵軍が500メートル地点まで来れば、命中率、威力とも充分だろう。


 そんなことを誰に命令される訳でもなく、十人のスナイパーは独自で判断する。ライフルのボルトを引き、肩と頬で銃身を固定、狙いを定める。


 敵が目標地点に入ったのを確認すると、一斉にトリガーを引いた。


 放たれた弾丸の一つが、馬の脚に当たる。馬は体勢を崩しそのまま転倒。後方から来た騎兵も巻き込み、数頭が派手に倒れていく。


 乗っていた騎士は投げ出され、体を地面に叩きつけた。


 なんとか一命を取り留め、立ち上がろうとする騎士だが――



「うあああああっ!!」



 後続から来た馬の蹄鉄が容赦なく振り下ろされ、落馬した騎士を踏み潰す。


 更に撃ち込まれる弾丸。騎士の胸に当たると、甲冑を貫いて致命傷を与えた。騎士は短い悲鳴を上げ、手綱を離して落馬する。


 銃撃は止まらない。ゴルタゴ兵に次々と当たって仕留めていく。


 頭に、肩に、胸に、腹に、その威力は弓の比ではない。一撃必殺の破壊力を持って騎兵部隊を屠っていった。



「おおお! すげえ」



 ソウタが感嘆の声を上げる。まだ距離がある敵の部隊を、スナイパー部隊が何人も撃ち倒していたからだ。



「あれがハルトの召喚した兵士の実力か……滅茶苦茶強いじゃないか!」



 アズサもその様子に喜んだ。兵士を召喚すると言われても意味が分からなかったが、なるほどハルトが増えたようなものだ、と納得する。



「本当にすごいよ! あれなら全員倒せるんじゃない?」



 マイも嬉しそうに笑みをこぼすが、ソウタは楽観的に考えていなかった。


 確か持てる弾倉マガジンは二つまでだとハルトが言ってたな。だとしたらライフルの弾数は兵士一人につき60発……とても足りない。


 向かって来る騎兵は四千、その後ろには更に六千の歩兵がいる。



「アズサ、マイ! スナイパーには頼るな。相手の足止めは俺たちにかかってる!」



 ソウタの檄で、アズサとマイは再び気を引き締める。確かにあんな大軍を、たった10人の狙撃手で倒せるはずがない。


 ゴルタゴ帝国の騎兵部隊は、大地を震わせながら雪崩れ込んでくる。


 アルマンドの歩兵が前に出て、盾と槍を構えた。騎馬の突撃を止める陣形だ。その後ろに騎馬隊が控え、いつでも打って出る体制を整える。


 迫り来る騎兵の波に、アズサとマイは息を呑む。


 あまりの迫力で後ろに下がりそうになるが、二人は気持ちを強く持ちその場に踏みとどまった。


 その刹那、遂に先頭を走るゴルタゴ兵とアルマンドの兵が激突する。


 戦場に響き渡る怒号と金属音。土煙が舞い上がり、血しぶきが飛ぶ。


 盾で止められ、槍で貫かれたゴルタゴ兵がいる一方で、馬の突撃によりアルマンド兵を蹴散らしてゆく騎馬部隊もあった。


 後ろに控えていたアルマンドの騎兵も出撃する。アルマンド兵三千と、ゴルタゴ兵四千の全面衝突。


 辺りは混沌とした乱戦に突入した。そんな中――



「どりゃああああああ!!」



 ソウタの大剣が唸りを上げた。横に薙ぎ払えば、馬の首ごと騎士の体を両断する。


 それを見たゴルタゴの騎士は「おのれ!」と、怒りを表しソウタに向かって駆けてくる。右手には槍を持ち、串刺しにする構えだ。



「死ね! 弱小国の兵士が!!」



 突き出された槍を、ソウタは軽く剣でいなす。


 騎士が「うっ」と言ってよろめくと、ソウタは間髪入れず大剣を振り上げ、袈裟懸けによって敵の体を斬り裂いた。


 両断された騎士は馬から落ち、地面に倒れて動かなくなる。



「ふんっ! 上級職の俺がNPCの兵士に負けるかよ」



 ゴルタゴ兵を一瞥し、視線を戦場に戻すと駆けてくる二頭の騎馬が見える。ソウタは大剣の切っ先を相手に向けた。



「いくらでも相手になってやる! かかって来い!!」

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