第五章 落日の王国

第38話 戦争の始まり

 城の跳ね橋が下り、門が開く。


 ソウタを先頭に、アズサとマイ、そしてアルマンド公国軍三千が城の前まで出陣し整列する。



「ソウタ殿」



 軍の中から指揮官と思われる兵が、ソウタに話かけてきた。



「王より話は聞いております。私はアルマンドの将軍、カイマンと申します。我々に対する助力、感謝の言葉もありません」



 カイマンは四十代そこそこの口髭を蓄えた騎士だ。物腰は柔らかく、誠実な紳士であることは見て取れる。ソウタも「共に戦えて光栄です」と返し、二人で握手を交わした。「死力を尽くしましょうぞ」と言い、カイマンは自軍へと戻っていく。


 ソウタはその背中を見送っていた。敵を足止めするためには、彼らの活躍は必要不可欠。


 どれほどの時間持ちこたえられるか……。それによって勝負が決まる。


 ソウタは一キロ先の平地にいる敵軍を見て、ゴクリッと喉を鳴らす。


 これだけ離れていても威圧感が伝わってくる。ソウタの表情に緊張の色が走るが、

隣に立つアズサの緊張はソウタの比ではない。



「本当に、アレと戦うんだな。覚悟はしていたが、実際に見ると手が震えてきた」



 そう言ったアズサの頬に汗がつたう。それはマイも同じようで、両手で胸を押さえ浅い呼吸を繰り返す。


 そんな二人を見たソウタは、緊張をほぐそうと笑顔で話しかけた。



「おいおいおい! 自分たちだけで二、三千人倒さなきゃいけない。みたいな顔してんな!」


「バ、バカを言え! いくらなんでもそんなことは考えてない。だが最低でも100人以上は倒すつもりだ!」



 アズサは不安を払拭するように、腰に帯びた自分の刀に触れる。



「そういう所だぜ、アズサ」


「なにがだ?」



 眉間に皺を寄せ、するどい視線を向けてくるアズサに、ソウタは屈託のない笑顔で返す。



「そんな責任、感じなくていいんだ。これはあくまで防衛戦、時間稼ぎが目的だ。敵を倒すのが目的じゃない」


「そうは言っても、一人も倒さない訳には……」


「一番重要なのは自分が生き残ること、死んだら元も子もないからな。二人とも約束してくれ、絶対死なないってよ」



 アズサとマイは互いの顔を見交わす。ふとアズサは表情を崩し「確かにそうだな」と肩の力を抜く。



「私たちはハルトを信じればいいんだよね?」と、明るさを取り戻したマイが尋ねてくる。ソウタは頷き「ああ、俺たちの仲間を信じようぜ」と答えた。


 見れば平地の向こうから、数多の騎馬が駆けてくる。


 始まったのだ。帝国による最後の攻勢が。ソウタは素早くウインドウを開き、敵の数を確認する。



「数は予想通り一万の軍勢だ! 全員、武器を取れ!!」



 ソウタは背中に背負っていた大剣の柄に手をかける。


 アズサとマイも、腰から武器を抜き放つ。アズサは刀を両手で構え、マイは二本の短剣を逆手で構えた。


 土煙を上げて、迫り来るゴルタゴ兵。アルマンド兵も、各々に剣や槍をかかげ臨戦態勢に入る。


 人々が戦場で感じる興奮は、最高潮へと達していた。



 ◇◇◇



 戦場の東、城から見て右手にある丘に、ハルトの姿があった。



「よっと……この辺でいいかな?」



 相手側から見えないように、地形の起伏に沿って歩いてきた。城からはかなり距離があるため、敵には気づかれていないだろう。


 ハルトは木の陰で身をひそめる。



『ハルト様~、こんな所に来てどうするつもりなんですか?』



 後ろをついてきたシルキーが、辺りを見回し眉を寄せる。



「ソウタの作戦なんだ。みんなが敵を引き付けて、より大軍で攻めてきた所を、俺が真横から奇襲する」


『そうなんですか~。でも、それって他の人たちが持ち堪えられたらの話ですよね。みんなやられちゃったら意味ないんじゃないですか!?』


「俺はソウタを信じるよ。それに【スナイパー部隊】を残してきたから、簡単にはやられないと思う」



 その時、敵陣に動きがあった。


 前衛で並んでいた騎馬と歩兵が突撃してきたのだ。



「来たか……出撃した敵の数は……どれぐらいだ?」


『ハルト様、ウインドウに敵の配置や人数が表示されますよ』


「そうなのか?」



 ハルトはウインドウを開き、確認する。


 そこには辺りの地形や敵のいる場所、どれくらいの総数がいるか、ざっくりとではあるが表示されていた。



「やっぱり一万か……ソウタの言った通りだな」


『でも、一万対三千じゃ、さすがに厳しいと思いますけどね~』



 シルキーの言葉には耳を貸さず、ハルトはウインドウを見つめる。


 作戦がうまくいけば、ソウタからの合図が来るはずだ。大丈夫、うまくいく、うまくいくはずだ。


 そう自分に言い聞かせるが、不安は拭えない。


 ハルトは焦る気持ちを抑えつつ、城に迫って来る敵を見据える。


 今は、ただ待つしかない。そんな緊張のなか、シルキーは昼寝でもするかのようなポーズでプカプカと浮かんでいた。


 我関せずといった感じで呑気なシルキーだが、ハルトは気になることがあった。



「なあ、シルキー」


『はい、なんですか? ハルト様!』



 呼ばれたのが嬉しかったのか、シルキーはハルトの頭の周りを軽やかに飛び回る。



「もし俺たちが負けたら、リラの国……アルマンド公国は、本当に滅亡するのか?」


『はい、するでしょうね。この【剣と魔法のクロニクル】では、プレイヤーが参加しなくてもゲーム内のストーリーは進行していきますから』


「それじゃあ、俺たちがなにもしなければ……」


『ええ、間違いなくアルマンドは滅びるでしょう。それがあらかじめ決められていたストーリーなのかどうかは、初心者用AIの私には分かりませんが』



 シルキーは宙に浮かびながらフルフルと首を横に振り、お手上げの仕草を見せた。


 それはすなわち、このクエストをクリアできたとしても、ストーリーでアルマンドの滅亡が決まっているなら変えることはできないということ。


 自分たちがやっているのは、意味のない無駄な足掻きなのかもしれない。


 それでも――


 それでもこの戦いに全力を尽くそうとハルトは思う。それ以外、自分にできることはないのだから。ハルトは改めてウインドウに目を落とした。


 ソウタから合図がくれば、すぐに打って出なければならない。


 両軍がぶつかり合う光景を見ながら、ハルトは小さく息を吐く。


 昂る気持ちを、落ち着かせるように。

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