第35話 ハイエーテル

「これなんですけど……」



 ハルトが魔石を渡すと、バルメイルは「どれどれ」と言って目を細め、まじまじと観察する。



「〝神樹の魔石″だねぇ、確かにその辺の鍛冶屋じゃぁ加工できないだろう」


「ばあさんなら大丈夫だろ?」


「誰に物を言ってるんだい! この程度、朝飯前だよ。それで……どんな物に加工して欲しいんだい?」



 ソウタがハルトの顔を見る。何に加工するかは事前にソウタと相談し決めていた。ハルトはコクリと頷き、ポケットから銃弾を取り出す。


 バレットM82A1で使われている12.7x99mm NATO弾。かなり大きいが、弾頭と薬莢に分けられていた。


 バルメイルは分けられた弾丸を渡されると、不思議そうに見回してから、カウンターの上に置かれた丸眼鏡を手に取る。


 耳には掛けず虫眼鏡のように使い、改めて弾頭と薬莢を交互に見た。



「また妙竹林な物を持ってきたね。おもしろいじゃないか」



 弾頭を指先に持ち、色々な角度から嘗め回すように観察するバルメイル。好奇心旺盛なのか、精巧な作りに感心していた。



「その尖ってる方に加工してもらいたいんだ。敵にぶつかった時、魔力が解放されるような、そんな作りにしてもらいたい」


「ふ~ん、そんな物でいいならお安い御用さ。で、いつまでに必要なんだい?」


「時間はあんまりないんだ。明日の朝までに作れるか?」


「まったく、あんたは年寄りをこき使うね……分かったよ。明日の朝、取りに来な」


「おお! ありがとよ、ばあさん!!」



 ハルトとソウタは顔を見交わし、喜びあう。懸念していた〝神樹の魔石″の加工のメドが立ったからだ。


 ハルトはバルメイルに料金として一万ゴルドを支払い、お礼を言って店を出た。



「これで良しっと、後は道具屋でエーテルを買うだけか」


「エーテルならガーナの町で買ったよ。数は充分ある」


「ああ、そうか。ハルトには言ってなかったな」



 そう言って、ソウタはポリポリと頭を掻く。



「なんだよ、言ってなかったことって?」


「今回は〝アイテム制限クエスト″だ。ポーションやエーテルみたいな回復系は、それぞれ一人三瓶まで、他者への譲渡は禁止ってルールだ」


「そうなのか……」



 莫大な魔力を消費するハルトに取って、かなり痛い制限だった。エーテル三本で足りるだろうか? そんなことを考えていると。



「だからこそ、より回復力の高い〝ハイエーテル″が必要なんだ」


「ハイエーテル? そんな物があるのか?」


「ガーナの町じゃ売ってないアイテムだ。だけど、この街なら問題なく買える。それもここに来た理由の一つだよ」



 二人でしばらく歩いていると、一際大きな建物が正面に見えてきた。現実世界で言えば、デパートのような建物だ。



「この街で一番大きい店だよ。道具屋はもちろん、武器や防具、その他にも色々な物が売ってるんだ」



 開けっぱなしの扉をくぐると、華やかな色合いが目に飛び込んでくる。


 シャンデリアが吊るされた天井、いくつもの絵画が飾られた壁、大理石が敷き詰められた床の上には、様々な商品が展示されていた。


 高そうな衣服で着飾った人々が、品物を値踏みしながら笑みをこぼす。


 一階はどうやら調度品や美術品の売り場のようだ。「へー、こんな物まであるんだ」と言いながら、ハルトは辺りを見回して感心する。



「道具屋は三階にあるよ。さすがにエレベーターはないから階段で行こう」



 フロアの奥にある階段を上って三階に足を踏み入れると、一階とはまったく違う光景が広がっていた。


 大理石でできた一階とは異なり、床も壁も天井も、一転して木造になっている。本物の建物ではありえない設計だ。


 鮮やかさなど欠片もない、木目調の箱や箒、古びた本やガラクタのような道具がうず高く積まれ、通路にもはみ出している。


 品物を避けながら歩く様子は、まるでド〇キ・ホーテに来たみたいだと思いながら奥まで進む。そこには棚にたくさんの小瓶が並べられた店があった。


 ソウタが店員に話しかけると、棚の一角から三本の小瓶を持ってくる。



「ハルト、これが〝ハイエーテル″だ」



 それは紫色の瓶で、形自体はいつも使っている普通のエーテルと変らない。「ありがとう」とお礼を言って、料金を払おうとすると一瓶1000ゴルドだと告げられる。


 通常のエーテルの五倍の価格だ。



「けっこう高いんだな」


「まあな、だがその分効果も高い。通常のエーテルの何倍も回復力があるからな」



 ハルトは納得してエーテル三本を購入した。他にも色々な物が売っているようだが、次のクエストで使うような物はない。


 二人は建物から出て、表通りにあるカフェに入った。



「ゲーム内にカフェがある意味なんてあるのか?」



 テラスに設置されたテーブルに座り、20ゴルドで注文したブラック・コーヒーを二人ですする。ハルトの質問に、ソウタが笑って答えた。


 

「風情だよ、風情。意味のないことに金を使うのも面白いじゃねーか!」


「そんなもんかな……」



 ハルトは味のしないコーヒーを、ちびちびと口に運ぶ。



「さて、本題だ。ハルト、『部隊編成』って、もうやったか?」


「あー、そういえば忘れてたな。ちょっと待ってくれ」



 ハルトはウインドウを開き、『部隊編成』の項目をタップする。羅列された保有戦力を、ソウタと一緒に確認してゆく。



「この前、獲得したのが、この四つだよ」



『召喚:【V-22オスプレイ】2機 【一等兵】48名』

『召喚:【特殊部隊レッド・スコルピオン】【軍曹】5名』

『召喚:【87式偵察警戒車】4両【搭乗員】20名』

『召喚:【3 1/2tトラック】4両【上等兵】88名』



「おお、そうだレッド・スコルピオン! 召喚してみたんだろ、どんなのだった?」



 ソウタは興味津々で聞いてくるが、ハルトは陰鬱な気分になる。



「最悪の連中だった。隊長は言葉を話すけど、性格は歪み過ぎてる」


「しゃべるのか!? おもしろい兵士だな!」


「もう、召喚することはないよ」


「でも実力はあるんだろ?」


「それは……まあ……」



 ハルトはレッド・スコルピオンの隊長、カイゼルの戦いが脳裏をよぎる。とても一兵卒とは思えないほど強かった。



「要は使い所だって。次の決戦では役に立つかもしれない」


「ああ……」



 ハルトは曖昧に返事をする。とても召喚する気になれない連中だったが、次の戦いはリラのためにも負ける訳にはいかない。


 ソウタの言うことも一理あると、ハルトは思い直すことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る