第34話 交易都市カルタロ

「どうしてだ?」



 困惑するアズサに、ソウタは地図上にある駒を使って説明する。



「相手は五万もいる大軍勢だ。たいしてこちらは三千、向こうは一万から二万も出せば充分と考えるだろう。残りの兵は、万が一に備えて来ているだけだ」


「そんな……」


「もし一万の兵をハルトが殲滅したとしても、残りの四万は警戒して攻めてこないだろう。個別バラバラで攻撃されたらハルトが効率よく敵を倒せなくなって、こちらが負ける可能性が高い」


「じゃあ、どうすれば……」



 不安気な表情を浮かべるアズサに、ソウタは明るく笑いかける。



「大丈夫だよ! 要はハルトの能力が分からないうちに、なるべく多くの敵を倒せばいいってことだ」


「でも、そのために私たちどーしたらいいの?」



 マイもどうしていいのか分からず口を尖らせる。その後ろで、王女のリラも真剣な眼差しでソウタの話を聞いていた。


 ソウタは自分の懐から、新しい駒を三つ取り出し、地図にある王城の前に並べる。



「さっき言ったろ、俺たち三人でなんとかすんだ。俺とアズサ、マイそして三千のアルマンド兵で、敵の〝先駆け″を足止めする!」


「ええ! 私たちで!?」


「ムリだよ、ムリ! 絶対ムリ!!」



 アズサとマイが顔をしかめる。まだゲームを始めたばかりの彼女たちには荷が重すぎる役割だ。


 そしてハルトも、ソウタの作戦には疑問を持つ。



「だとしたら俺はどうしたらいいんだ? みんなが戦ってる所を、ただ見てるだけなのか?」


「ハルトは城から離れた場所で待機してもらいたい」


「城から離れた場所?」


「そうだ。真正面から迎え撃つより、敵の側面から突撃した方が奇襲としては効果が大きい。相手の意表をつくからな」


「それは、確かにそうだが……」



 ハルトは大規模な戦闘の経験がほとんどないため、ソウタがそう言うのであれば、そういうものなのだろうと納得するしかない。


 だがアズサやマイ、それにリラも眉間に皺を寄せ難しい表情になっていた。



「まあまあ、そんなに考え込むなって! 戦闘では俺が前に立つし、もともと失敗しても仕方ない高難度クエストだ。気楽に行こうぜ!」


「おい、ソウタ」



 ハルトがたしなめる。ソウタは落ち込んだリラの顔を見ると、慌てて発言を訂正した。



「いやいや! 違うんだ。もちろん全力でやるけど、根を詰めすぎると実力が出しきれないって意味で、手を抜くってことじゃないんだ!」



 リラはふるふると首を振り、笑顔でソウタを見る。



「も、もちろん、分かっています。皆様に助けて頂けなけなければ、どの道滅びる運命の国……どのような結末になろうと、皆様には感謝しかありません」



 ソウタは複雑な表情で息を吐く。それは他のみんなも同じで、なんとかリラと国を守ってあげたいと思っていた。


 これはゲームの中のストーリー。そしてリラはゲームのNPCにすぎない。


 誰もが分かっていたが、それでも人間と変らない受け答えをするリラに、感情移入せずにはいられなかった。



「よし! 今日はここまでにしよう。後は各々で準備して、明日に備えようぜ!」



 ソウタの宣言で解散となった。決戦は明日の夕刻。


 このゲームではクエストの日付や開始時間を、プレイヤーの都合のいい時間に設定することができる。


 ハルトが長時間プレイできないため、休みの今日、準備と決戦を一度に行うことはできない。そして明日からは学校が始まるので、昼間にプレイはできない。


 そのため全員が学校から帰ってきた夕方に集まることで合意した。


 ハルトとソウタ、リラが宿屋の前まで出てくると、見送りのためアズサとマイもついてくる。「また明日」と言って、それぞれ別れた。


 ハルトたちは気づいていなかった。


 斜向かいにある建物の陰から、彼らを覗く人影があることを。



「それで、準備ってなにをすればいいんだ?」



 ソウタとハルトは、ガーナの町の大通りを歩いていた。ハルトは町で必要なアイテムを一通り買ったため、他に用意するものが思い付かない。



「なに言ってんだ、ハルト! 〝神樹の魔石″を加工しようって、前に言ってたじゃねーか!」


「ああ、それか。この町で加工しようと思ったんだけど、〝錬金術師″って職業の人がいないとダメみたいだ」


「そんなこと知ってるよ。だから行くんじゃねーか!」


「行く? 行くって、どこえだ?」


「決まってんだろ! 錬金術師がいる街だよ」



 そう言ってソウタは自分のウインドウを開き、アイテム欄から一度いった場所に何度でも行くことができる、〝サファイアの羽飾り″を取り出した。



「そんじゃ、行くぞ!」


「え? いきなりか――」



 ソウタは羽飾りを地面に叩きつけた。パリンッと割れた瞬間、光り輝く魔法陣が描かれ、二人を彼方の地へと誘う。



 ◇◇◇



「おお!」



 急に体がふわりっと浮き上がったと思えば、いつのまにか地面に着地している。


 どこかエレベーターにも似た感覚だ。ハルトが辺りを見渡せば、賑わいのある大通りに出ていた。


 行き交う人々の数は、ガーナの町より遥かに多い。



「ここは……」


「シュタインズ王国、最大の交易都市『カルタロ』だ。ここなら腕のいい錬金術師や鍛冶屋が何人もいるよ」



 道なりに店が立ち並ぶ。飲食店や、道具屋、雑貨や武具店、ハルトにはよく分からない店まであり、路上には出店も連なっていた。


 ふと見上げれば、ずっと遠くに巨大な塔も見える。


 ハルトが初めて訪れたゲーム内で最大の都市。物珍しくキョロキョロしていると「おいおい、田舎者だと思われるぞ」とソウタがからかってくる。


 しばらく歩くと、人通りの少ない路地にある、古めかしい建物の前に辿り着く。



「ここだここ、俺の知ってる錬金術師がやってる店だ。腕は確かだ、俺が保証する」



 地下に続く階段を下り、少し汚れた木製の扉を開いた。中は薄暗く、部屋に漂う薬のような臭いが鼻を突く。


 天井からは小さな籠が無数に吊り下げられ、気をつけないと頭をぶつけそうだ。



「……お客さんかい?」



 店の奥からしわがれた声が聞こえてきた。



「バルメイルのばあさん、俺だ、ソウタだ! 客を連れて来たぞ」


「はいはい、ちょいとお待ちよ」



 部屋に備え付けられたカウンターテーブルの奥から、腰の曲がった老女が現れる。


 全身に黒いローブを纏い、髪は灰色のソバージュ、高い鉤鼻が目につく八十代以上の老人だ。


 錬金術師というより、魔女と言われた方がしっくりくる。



「ヒッヒッヒ、久しぶりじゃないかソウタ。もう私のことなんぞ忘れたかと思ってたよ」


「はっ、そんな嫌味が言えるんなら、まだまだ長生きしそうだな。ばあさん」



 人間同士としか思えない挨拶を済ますと、ソウタに促され、ハルトはウインドウのアイテム欄から〝神樹の魔石″を取り出した。

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