第32話 不人気クエスト

「王女……様?」



 アズサが呆気に取られるが、それはハルトやマイも同じだった。



「王女って、町なかを自由に歩けるものなのか? まして、こんな小さな子が」


「え~、違うと思うけど~」



 ハルトとマイの会話を聞いて、リラが口を開く。



「わ、私の国アルマンドは、東のゴルタゴ帝国から何度も侵攻を受けていて……」


「ゴルタゴ帝国?」



 ハルトは知らない国の名前が出てきたので、隣にいるアズサの顔を見る。だが同じ初心者であるアズサとマイも知らないらしく、フルフルと頭を横に振った。



『まったく! しょうがないですね』



 シルキーが「やれやれ」といった表情で飛んでくる。



『みなさんはこの世界のことを知らなさすぎます! 私が分かりやすく説明しますんで、感謝して聞いて下さいね』


「もー、偉そうでヤな感じ!」



 マイがぶぅ垂れながらも、シルキーの話に耳を傾ける。



『ゴルタゴ帝国は世界に三つある大国の一つで、みなさんが今いるシュタインズ王国とは同盟関係にあります。その間に挟まれているのが、小国のアルマンドという訳です。まあ、ゴルタゴ帝国にいつ取り込まれてもおかしくない国ですね』



 したり顔で説明したシルキーの横で、リラは悲し気に顔を曇らせる。



「お、おっしゃる通りです。シュタインズ王国に助けを求めることもできず、こうやって冒険者様にお願いすることしかできません」


「そうなんだ……でも、王女様が直接出てこなくてもいいんじゃない? 部下の人とかいるだろうし」



 アズサがリラ王女を見つめながら、心配そうに聞いた。リラも当然聞かれるだろうと思っていたのか、頷いてアズサの目を見る。



「も、もちろん、父や周りの者には止められました。で、でも国のためになにかしたくて……こっそりと城から抜け出して、助けてくれる方を探しているんです」


「とんだ、じゃじゃ馬姫だ……」



 アズサが呆れるように言う。だがリラの行動力に感心し、顔は微笑んでいた。



「じゃあ、俺たち以外にも助けを求めてたのか?」



 ハルトが聞くと、リラはこくりと頷く。



「は、はい、何人かの冒険者様にお願いをしたことがあるのですが……最近は引き受けてくれる方がいなくて……困っていました」


「最近は? 前は引き受けてたってことか?」


『ハルト様、私がご説明します。このアルマンドを助けるミッションは何度か出されているのですが、成功率が低いため最近では人気がないんです』


「そうなんだ」


『結果、国は滅亡寸前にまで追い詰められ、次の侵攻で敗北すれば、恐らくゴルタゴ帝国に取り込まれてしまうでしょう』



 シルキーの話を聞きながら、リラは青い目に涙を溜め両手で顔を覆う。



「も、もう、皆様におすがりするしかありません。どうか……どうかアルマンドをお救い下さい!」



 泣き崩れるリラに、かける言葉は一つしかなかった。



「大丈夫だよ、リラ! 私たちが力になる」


「悪い奴らは全部私倒しちゃうから! 心配しないで、ハルトもやるでしょ?」



 アズサとマイが真剣な目をハルトに向けてくる。一旦ソウタに相談したい所ではあるが、そんなこと考えている空気ではなさそうだ。



「ああ、もちろんやるよ。一緒にクエストを成功させよう」


「あ、ありがとうございます!」



 リラは弾ける笑顔を見せ、三人に感謝した。ハルトとアズサ、マイの三人は自分のウインドウを出し、画面内に表示される『アルマンド公国を防衛せよ!』のクエストをタップして参加を決定する。



 ◇◇◇



「ええっ!? 受けた? アルマンド公国のクエストを?」


「ああ、そうだが。なにか問題あったか?」



 翌日、家に遊びに来たソウタに昨日ゲーム内で起こったことを伝えた。



「いや、問題もなにも……なんで俺に相談しないんだよ!」


「クエストを受けるくらいいいだろ? それよりグループを組むことは大丈夫なのか?」


「そっちはいい! 女の子二人だろ? むしろ良くやった!」


「相手のレベルとか、どういう職業かとか聞かないのか?」


「そんなのは後でいいよ。大事なのは女の子二人と仲良くなれるってことだ! いやでも〝ネカマ″の可能性もあるか……」


「ネカマ?」


「いや、それはどうでもいい! それより問題は受けたクエストのことだよ! 失敗する確率がやたら高いんだぞ!」


「そう言えば、シルキーもそんなことを言っていたような……」


「いいか、ハルト! そのクエストはリラって王女が依頼してくることで始まるが、とにかく問題が多いことで有名なんだ!」


「問題が多いって……成功率が低いだけだろ?」


「それだけじゃない。中級レベルのクエストだから報酬が少ないのに、成功させようと思ったら上級プレイヤーが五十人はいないとクリアできないんだ」


「上級プレイヤーが五十人!? そんなに大勢必要なのか?」


「そりゃそうだよ。国同士の戦争なんだから」



 さすがにハルトの顔が曇る。そんなに大規模なクエストだとは思っていなかった。



「でもアルマンドにも兵士がいるから、俺たちは助勢してくれればいいってリラ王女が言ってたぞ」


「兵士がいるつったって、小国のアルマンドじゃ数千人程度。それに対して帝国は数万人の兵を送り込んでくる」


「数万……」


「多勢に無勢だよ。効率がスゲー悪いクエストなんだ」


「でも誰も助けなかったら、リラの国が亡びるんじゃないのか?」


「いや、ハルト。最初はみんな助けようとしてたんだ。だけど苦労して相手を追い返しても、帝国は諦めず何度でも襲って来てキリがない。結局、このクエストは本筋の攻略とは関係ないってことで、一気に人気がなくなったんだ」


「……そうなのか」



 最近依頼を受けてくれる人がいないとリラが言っていたが、そういう事だったのか。ハルトは納得するが、いまさら断る訳にもいかない。



「分かった。ゲーム上キャンセルはできないから、今回は俺一人でやるよ。すまなかったな、ソウタ」


「待て待て、誰もやらないなんて言ってないだろ!」


「え? 一緒にやってくれるのか?」


「仕方ないよ、もう受けちゃったんだから。だいたい俺がいなかったら戦い方も分からないだろ!」



 仕方ないな、と言った表情で腕を組むソウタ。シルキーと同じことを言うので、ハルトは笑ってしまう。



「なんだよ? なんで笑うんだ!」


「ああ、いや、すまない。そうだな、よろしく頼む」


「それに、せっかく女の子がいるんなら、かっこいい所を見せないと……」


「ん? なにか言ったか?」


「いや、なんでもない。じゃあ行こうか」



 ソウタは家から持ってきたVR機器を装着する。ハルトもヘッドギアを被り、二人で電脳の世界へとダイブした。

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