第31話 小さな依頼人
『それでは、もう話は終わりですね。さっ、行きましょう、ハルト様!』
「あ! 待ってくれ、君に頼みがある」
止めたのはアズサだった。先を急ぎたいシルキーは『は?』と言って、あからさまに嫌な顔をする。
「実は一緒にクエストを受ける仲間を探してるんだ。さっきの奴らには騙されたけど、君なら信用できる。良かったら私たちとグループを組まないか?」
「グループ……」
ソウタ以外のプレイヤーと一緒に組むつもりがなかったハルトだが、確かに多くの人とプレイするのもいいかもしれない。
そんな考えが、ハルトの頭をよぎる。
『ちょ、ちょっと、ちょっと! ハルト様は忙しいんです! あなたたちに付き合ってる暇はありませんよ!!』
「なに、このシルキー! 感じ悪いんだけど」
マイとシルキーが険悪な顔で睨み合っているので、仕方なくハルトが間に入る。
「俺は急いでないから、別にかまわないよ」
「本当か!? だったら是非お願いする」アズサが弾けるような笑顔になった。
『ハ、ハルト様~』
渋い表情をするシルキーをよそに、アズサとマイは顔を綻ばせる。
「俺はハルトだ。このゲームではまだ初心者で分からないことも多いけど、大丈夫かな?」
「私たちも初心者だよ。お互い学んでいければいいな。よろしく、ハルト!」
ハルトとアズサが固い握手を交わすと、マイも「私もよろしくね!」と言ってハルトの手を握ってきた。
ブンブンと手を上下に振られて、ハルトは苦笑いする。
「ああ、よろしく」と返し、お互いのステータスや職業の情報を交換することにした。アズサとマイがウインドウを開いて見せてくれる。
「私が基本職の『
「侍に忍……だからそんな格好なのか」
アズサの真紅の鎧はかなり目立つ。マイの服はシンプルな黒装束だが、露出が多いため、ハルトは目のやり場に困っていた。
「そういう職業があるとは知らなかったよ」
「これは特殊なアイテムを使ってなる職業なんだけど。知り合いに詳しい人がいてね、ゲームを始める前にアイテムを貰ったんだ」
「そうなんだ……」
ハルトは自分がこのゲームの知識がなさすぎることを反省していた。攻略本も売っているようなので、今度買ってみようと思う。
そんな事を考えていると、マイが興味深げにハルトの服を見ていた。
「ハルトの服も変わってるよね~。こんな衣装、見たことないもん! ハルトの職業ってなんなの?」
「俺は『
「「
二人の声が揃う。当然、知っているはずもないだろうけど。
「そんな変わった職業があるのか!? 私たちも初心者だから知らなかったよ」
どうやらアズサは、ゲーム知識が乏しいから『
だが、ゲームをやり込んでいるソウタでも知らなかった以上、ほとんどのプレイヤーは知らないだろう。アズサが「なにかのアイテムを使ったのか?」と聞いてきたので、「まあ、そんな所だ」とお茶を濁す。
1億人特典のことは言っても良かったが、色々聞かれるのも面倒なので曖昧に答えた。
「だから銃が使えたんだね~。もうビックリしたよ、いきなり大きな銃をぶっ放すんだもん!」
感心するマイに、「驚かせてすまなかった」と声をかける。
「ハルトはいつもソロプレイなのか?」
「いや、いつもは友達と二人でプレイしてるんだ。グループを組むんなら一緒に誘おうと思うんだが、構わないか?」
「それは願ったり叶ったりだ! 仲間はたくさん欲しかったからな。是非、誘ってくれ!」
喜ぶアズサに、マイも同意する。その後三人で話し合い、酒場に行って四人で受けられるクエストを探すことにした。
話をしている間、終始シルキーは不貞腐れた顔をしている。
「でも私たちで勝手に決めて、その友達は怒ったりしないのか?」
路地を出て酒場に行く道すがら、アズサは不安を口にする。
「それは大丈夫だ。ソウタはそんなことで怒ったりしないし、むしろ喜ぶと思うよ」
「そう、それなら良かった」
ホッと安堵の息を吐くアズサとは違い、険しい表情のシルキーはハルトの耳元まで飛んでくる。
『ハルト様、本当に良かったんですか? グループでのクエスト挑戦はメリットもありますけど、経験値や獲得アイテムを分配しなきゃいけませんよ』
「もちろん知ってるよ」
『私の知識とハルト様の武力があれば、ソロプレイでも他の人に先んじてクエストの攻略もできます。そして誰よりも早くゲームをクリアすれば、物凄く価値のあるアイテムも貰えますし……』
「シルキー。俺は別に人を出し抜いて自分だけが得をしたい訳じゃない。このゲームを楽しめれば、それでいいんだ」
『そうですか……ハルト様がそう言うなら……』
小声で話していたシルキーの声が、さらに小さくなっていく。ガッカリした様子の妖精は肩を落とし、溜息をついた。そんな時――
「あ、あの……」
後ろから唐突に声をかけられる。全員が後ろを振り返ると、そこにはフードを被った小さな女の子が立っていた。
顔はハッキリ見えないが、年の頃は十二歳ぐらいだろうか、少し汚れたマントを着て、俯き加減でこちらをチラチラ見ている。
「俺たちになにか用か?」
ハルトが問いかけると、女の子はビクリと体を強張らせ、怯えたように見えた。
だが、すぐに気を取り直し、ハルトの元へ歩み寄る。
「あ……あの! さ、先ほどの戦い、見ていました。とても強い冒険者の方とお見受けします。じ、実はお願したいことがあって、失礼は承知で声をかけました!」
ハルトとアズサ、マイはお互い顔を見合わせる。
なんのことか分からなかったが、アズサが「あ! これもなにかのクエストの一部なんじゃ……」と言ったので、ハルトも「ああ、なるほど」と納得する。
どうやら、こういう形で始まるクエストがあるようだ。
「分かった。話を聞くよ」
「あ、ありがとうございます!」
少女はフードから覗く目をランランと輝かせ、喜んでいた。
「ここじゃなんだから、場所を変えようか」
「それなら私たちが泊まってる宿屋に行こう。いいだろ? マイ」
「うん、私もそれがいいと思う」
話がまとまったので全員で宿屋に行くことになった。
◇◇◇
宿屋はプレイヤーのHPやMPを回復させたり、戦闘で獲得したアイテムなどを預かってくれる機能があるそうだ。
プレイヤーは宿屋を起点に冒険を進めるのが普通だが、長時間プレイをしないハルトはまだ利用したことがなかった。
「さあ、入ってくれ」
「遠慮しなくていいよー」
アズサとマイに促され入ったのは、ガーナの町の中心部にある『オルガノの宿』の一室。木造の部屋は意外に広く、リビングには六人掛けのダイニングテーブルと椅子が置かれていた。
「マントを預かるよ」とアズサが少女に声をかける。
「あ、ありがとうございます」
女の子はフード付きマントを脱ぎ、アズサに手渡した。マントを預かったアズサは目を見張る。
それは少女の容姿が思いのほか美しかったからだ。
金髪のショートボブに、透き通るような青い目。
着ている服は庶民が身に付ける〝カートル″だが、高級そうな絹織物が使われており、まるで仕立ての良い貴族服のようだ。
少女はマイに手を引かれ、椅子に腰をかける。
対面にハルトが座り、アズサとマイもその隣に座った。シルキーだけは、少し離れた木製のポールハンガーの上に留まる。
相変わらず機嫌は悪そうだ。
「申し遅れました。わ、私はアルマンド公国から来ました、リラと申します」
「アルマンド公国って、私たちが今いる〝シュタインズ王国″の隣の国じゃないか、どうしてそんな所から?」
アズサが疑問を口にする。ハルトはゲーム内の地理に詳しくなかったが、自分がいる国が〝シュタインズ王国″だということは知っていた。
――隣の国は、確かかなりの小国だったような……。
「実は……その、わ、私はアルマンド公国の……だ、第一王女なんです」
「「「ええっ!?」」」
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