第30話 承認

 ライフリングを通り、回転しながら加速する弾丸は、迫ってくる敵の額を貫く。



「ぐあっ!」



 鮮血が噴き出し、男は後ろに倒れた。


 ――通じる! プレイヤーであっても銃は通用するぞ。


 額を手で押さえ、立ち上がろうとする男に、ハルトは銃弾を浴びせかける。皮の鎧を貫き、何発も着弾してゆく。


 男は懐からポーションを取り出し飲もうとしたが、その瓶ごと銃で撃ち抜いた。


 ありったけの弾丸を撃ち込まれた男は、呻き声を上げバタリと倒れる。ウインドウで確認すると、HPがゼロになっていた。



「この野郎!」



 もう一人の男も、剣を片手に突っ込んで来る。


 ハルトは慌てることなく、弾の切れたベレッタをレッグホルダーにしまい、腰からコルトガバメントを抜き発砲。


 かわそうとした男の体に、銃弾がめり込む。



『ちっちっち、銃弾は初速1000キロを超えることもあるんですよ! 基本職のレベル30程度でかわせる訳ないでしょう!』



 したり顔でうんちくを垂れるシルキーをよそに、ハルトは真剣な表情を崩さない。


 先ほどの皮鎧と違い、こちらの男は鉄の鎧を着ている。拳銃の威力では、鉄の鎧は貫けない。


 ハルトは慎重に鎧の隙間を狙って撃ち続けた。



「が……あっ!」



 とうとう男は前のめりに突っ伏し、動かなくなる。ハルトは「ふぅ」と息を吐き、最後に残った甲冑の男を見る。



「な、なんだんだテメーは! なんでこのゲームで銃なんか使えんだよ!? 汚ねーじゃねーか!!」



 男は不満を爆発させるが、そんなことを言われても。とハルトは思い、シルキーを見る。宙に浮かぶ妖精は、我関せずといった表情で口笛を吹いていた。


 無責任だな。と呆れていると――



「くそったれが! 承認アプセープト【金剛夜叉の盾】!!」



 甲冑を着た男の前に、黒い楕円形の禍々しい盾が出現する。アイテムや装備も音声認識で出せるとソウタが言っていたが、なるほど、ああやるのか。



「はっ! いくら拳銃でも、この鋼鉄の盾は貫けないだろう。それも物理耐性がある〝金剛夜叉の盾″だ! 高い金を出して買っておいたのは正解だったぜ!!」



 男は笑いながら、左手に盾、右手に大剣を構え、ジリジリと近づいてくる。



「確かに、そんな分厚い盾は貫けないな」



 ハルトは持っていた銃をホルスターにしまうと、正面に右手を伸ばす。



承認アプセープト! バレットM82A1」



 ハルトの前に、巨大なライフルが顕現する。右手で銃身を掴むと、クルリと回転させて両手に持ち代え、銃口を相手に向けた。



「おいおい、なんだその馬鹿でかい銃は!?」



 男と、その後ろにいた二人の女性も、ハルトの出した銃を見て目を見開く。



「対戦車ライフルだ。鋼鉄の装甲でも貫くことができる」


「た、対戦車ライフルだと……」



 ハルトの言葉を聞いた男の顔が、どんどん強張っていく。ハルトはライフルのボルトを引き、銃床を肩に当てて安定させる。


 バレットM82A1を立ったまま撃つのは大変だが、レベル27にまで上がったハルトの射撃能力は大幅に向上していた。


 恐らくステータスには表示されない熟練項目があるのだろう。


 ハルトはスコープを覗き、甲冑の男が持つ〝盾″に狙いを定める。



「耐えられるといいな。その盾」


「ちょ、ちょっと待て――」



 引き金を引いた瞬間、M82A1の銃口から爆煙が噴き出す。反動でハルトの体も仰け反るが、弾は狙い通り〝盾″に向かって飛んでいった。 


 12.7x99mm NATO弾が黒い盾にぶち当たると、強い火花を散らして貫通し、そのまま男の胸に直撃した。



「う……ぐあっ!」



 男は苦しみながら、その場に倒れる。見れば胸の甲冑に風穴が開き、おびただしい血が流れていた。


 男は顔面蒼白になって痙攣していたが、なんとか立ち上がろうとする。


 その時、盾がパリンッと音を鳴らし粉々になって砕け散った。どうやら〝耐久値″が限界を超えたようだ。


 以前、ソウタに聞いていた武具の耐久性。こういうことかと、ハルトは納得する。


 男は砂のように崩れていく〝盾″を見ながら、呆然としていた。



「さっき、高い金を払って買ったと言っていたな。ちょっとかわいそうな気もするが……」



 ハルトがそう言うと、すぐ後ろに来ていたシルキーが『憐れむ必要なんかないですよ! 悪党なんですから』と毒づく。


 「確かにな」とハルトが返し、改めて銃を構える。


 男は「ひいっ」と怯え、背中を向けて逃げ出した。ハルトはレッド・スコルピオンのように、相手をいたぶる趣味などない。


 躊躇なくトリガーを引くと、弾丸は男の背中を貫いた。



 「がはっ」



 男は血を吐き出し、胸を押さえて膝を着く。地面に倒れて仰向けになると、呼吸が浅くなり、しばらくすると心臓の鼓動が止まる。


 そこには動かなくなった、亡骸だけが残った。



「片付きましたね。さあ行きましょう、ハルト様!」


「ああ……そうだな」



 ハルトはライフルを消し、路地を出ようとした。



「ちょ、ちょっと待って!」



 後ろから声をかけてきたのは、黒髪で刀を持った少女だ。


 

「君のおかげで助かった。礼を言わせてくれ」



 少女は刀を鞘に納め、ハルトの元まで歩いてくる。



「私はアズサ、こっちはマイだ。あのままだったら二人とも酷い目に遭っていた。感謝するよ、ありがとう」



 アズサと名乗った黒髪の少女は、深々と頭を下げる。ずいぶん礼儀正しい人だなと思い、ハルトは好感を持った。



「いや、たまたま通りかかっただけなんだ。気にしないでくれ」


『そうそう、ハルト様に感謝しつつ、さっさと行って下さいね。邪魔ですから』


「あ! シルキーだ」



 悪態をつくシルキーを指差したのは、マイと呼ばれていたピンクの髪の少女だ。


 

「えー、どうしてこんな所にいるの? 一緒に冒険できるなんて聞いてないし~! どうやったんですか?」



 マイはぐいっと顔を前に突き出し、ハルトに質問してきた。答えに窮したハルトは、チラリとシルキーを見る。



『ハルト様は特別なんです! 本来はナビゲートAIがプレイヤーに同行することはありません!』


「え~、そうなんだ~」



 マイは残念そうに肩を落とす。初心者の二人は、なぜシルキーが同行しているのか分からなかったが、それ以上深く聞くことはなかった。



「でもシルキーがここにいるってことは、新しくゲームを始めるプレイヤーは説明を受けられないってことじゃないの?」


「そう言えば確かにそうだな」



 口を尖らせて聞くマイに、ハルトも同意する。



『なに言ってるんですか、私はAIですよ! 並列処理で仕事をこなせますから、今こうしている間にも、何千、何万の私がチュートリアルを行ってますよ』


「へ~凄いんだね」



 感心するマイを見て、小さな妖精は腕を組み、どや顔で鼻を鳴らした。

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