第29話 プレイヤーキラー

『ガーナの町』


 アルベルト地方における交通の要所で、人口は一万人ほど。比較的、賑わいがある大きな町だ。


 町の周りには小さな村が点在し、〝始まりの村″もその一つ。


 そんな場所に、ハルトと小さな妖精が足を踏み入れた。



「ここがガーナの町か……思ってたより大きいな」


『ハルト様! エーテルを売ってる店はこっちですよ』



 張り切るシルキーに案内され、町を見て回る。しっかりとしたレンガ造りの建物や、綺麗に舗装された道路が目につく街並み。


 目的の道具屋に入り、ポーションやエーテル、その他にも役に立ちそうな物をいくつか購入した。


 ソウタと一緒に魔物を倒していたため、いつの間にか2万8千ゴールドものお金が貯まっており、欲しい物は大体買えるようだ。


 ついでに斜向かいある武具屋にも入るが、ハルトが装備できる物はなかった。


 どうやら職業によって使える物は決まっているらしい。まあ、仕方ないかと思い、ハルトは店を出た。



「シルキー、助かったよ。君がいなかったら町で迷ってたと思う」


『お役に立てて光栄です。まあ、それが私の使命ですので……フフフフフ』



 褒められたのが嬉しかったのか、シルキーは不気味な笑い声を上げていた。



「この町でもクエストは受けられるのか?」


『当然です! 始まりの村より規模の大きいクエストやイベントが目白押しですよ』



 特に酒場で発生するクエストが多いらしい。シルキーが案内してくれると言うので、連いて行くことにした。



『こっちです! こっち、こっち』



 嬉しそうに前を飛ぶシルキーを見て「やれやれ」と思いながら歩いていたハルトだが、たまたま通りかかった路地で足を止める。



『どうしたんですか? ハルト様』


「いや……今、女性の悲鳴が聞こえたような……」


『え!? 悲鳴ですか?』



 ハルトは路地に入って耳を澄ます。



「やっぱり、なにか聞こえるな」



 ハルトは気になって、路地の奥へと入っていった。



『ああ、ハルト様! 待ってください~』



 ◇◇◇



「いい加減にしろよ! お前ら!!」



 一人の少女が男を睨みつける。日本の侍が着るような赤い鎧を纏い、長く艶やかな黒髪は風になびく。


 腰に帯びた長物は、間違いなく〝日本刀″だ。


 向かい合うのは三人の男。ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ少女を見下ろす。


 少女は今にも刀を抜き放ちそうな構えで、男たちを牽制していた。



「気のつえー女だな。後ろの女みたいに大人しくしたらどうだ?」



 男の目線が、侍の格好をした少女の後ろに移る。


 そこにはプルプルと体を震わせる小柄な女の子がいた。肩まであるピンクの髪をツインテールにし、黒い忍び装束を着ている。



「ア、アズサちゃん、ダメだよ。戦っても勝てっこないよ!」


「マイ、私が隙を作るから、その間に走って逃げて! マイのステータスは『速度』が凄く高いから、充分あいつらを振り切れるよ」


「で、でも!」


「いいから!」



 アズサと呼ばれた少女は、鞘から刀を抜き放つ。刃に波打つ波紋が妖しく輝いた。



「おいおい、そうカッカするなよ。金さえ置いてけば、命は助けてやるって言ってんだろ!」



 三人の中で、リーダー格と思われる灰色の甲冑を着た男が、二人の少女を見下すように吐き捨てる。



「あんたたちに渡す金なんてないよ! とっとと消えな!」



 男が「はっ」と笑うと、アズサは一歩踏み込み〝右薙ぎ″で斬りかかった。


 甲冑の男もすぐに反応し、腰に付帯していた長剣を抜く。二本の刃がぶつかり、ギリギリと鍔迫り合いをする。


 だが、男の力の方が強く、アズサは弾き飛ばされた。



「ああっ!」



 後ろに倒れそうになるアズサを、マイがなんとか支える。



「アズサちゃん、相手はレベル30を超えてるんだよ! レベル23と17の私たちじゃ相手にならないよ。降参して言うこと聞こう」



 マイが半泣きで訴えるが、アズサは首を横に振る。



「あんな奴らに金を渡すぐらいなら、殺された方がましだ!」


「で、でも~、せっかく課金で買った装備も壊されちゃうんだよ。ゲーム内のお金で済むんなら、その方がいいよ~」


「それでも嫌なものは嫌なの!」



 アズサはガンッと地面に刀を刺し、それを支えにふらつきながらも立ち上がる。


 再び刀を構え、切っ先を男に向けた。


 二人の会話を聞いていた男たちは、ニヤニヤと笑いながら近づいてくる。



「ははあ~ん、お前ら。倒されちまえば、金やアイテムは奪われない。そう思ってんだろう?」


「なんだ! 実際そうだろう!?」


「いいや、それが違うんだな~」



 甲冑を着た男は長剣を鞘に戻し、自分の背中にある大剣をおもむろに鞘から引き抜く。それは片刃の剣だが、どこか不気味な雰囲気を漂わせていた。



「こいつは〝悪食の魔剣″だ。相手を斬りつければ五割の確率で、持ってるアイテムや金を奪い取っていく。つまり――」



 男は剣を高々と振り上げる。



「テメーらは切り刻まれた挙句、全て奪い取られるってことだよ!!」



 歪んだ笑みを浮かべながら、狂剣が振り下ろされた。


 アズサの背中にゾワリと悪寒が走り、恐怖で体がすくんだ瞬間――



「やめろ!」



 男の剣がピタリと止まる。アズサと甲冑の男が振り向くと、そこには奇妙な格好をした男が立っていた。



 ◇◇◇



 ハルトが路地を進んだ先で、数人の男女が言い争っていた。とても緊迫した雰囲気で、一人の少女が男に剣を向けている。



「なあ、あれって何してるんだ?」



 ハルトは町なかでプレイヤー同士が戦おうとしていることに違和感を抱く。



『あれはPKってやつですよ』


「PK?」


PプレイヤーKキラーの略です。クエストやイベント以外の所で、他のプレイヤーを殺しちゃうことですよ』


「そんなことしていいのか?」


『本来はダメです。でも自由度の高いこのゲームでは、ある程度許されてるんですよ。もちろんアイテムやお金を強奪することは許されていませんけど』


「そうなのか……じゃあアイツらは」


『恐らくPKの常習犯ですね。運営にバレないように、初心者からお金やアイテムを巻き上げてるんでしょう。噂で聞いたことはありますから』


「分かってるなら助けてやればいいじゃないか」


『いやいや、ハルト様。こんなのそこら中で起きてますよ。それをいちいち助けていたらキリがありません』


「それは、そうかもしれないが……それにしても彼女たちは何で路地裏に来たんだ?」


『たぶん、おいしい話があるとか何とか言われてホイホイついて行ったんでしょう。そんなバカ女……ああ、もとい。初心者の方たちにも自業自得な部分もありますよ。ほっといて行きましょう! ハルト様』



 シルキーはかわいらしい見た目に反し、ずいぶんドライな性格だな。とハルトは思った。だが、人が襲われている所を見た以上、放っておくのも気が引ける。

 


 ハルトは建物の陰から一歩踏み出した。



 『あ! ハルト様!?』



 見れば男が大きな剣を振り上げ、女性を切りつけようとしている。



「やめろ!」



 三人の男たちは振り向き、ハルトを睨みつけた。「なんだテメーは!」と怒声を浴びせてくる。



「お前ら、初心者を狙って盗みを働いてるのか? だとしたらゲーム内とはいえ犯罪だぞ! 今すぐやめろ」


「ああん? なんだコイツ!? 正義の味方気取りか?」



 甲冑を着た男はハルトにあからさまな敵意を向け、睨みつける。



「おい、お前ら、やっちまうぞ!!」


「「おおっ!!」」



 二人の男が剣を抜いて向かってきた。



「すごい怒ってるな」


『でしょーね』



 悪事を働いてる方が激怒するのはどうなんだ? と思うハルトだったが、男たちが剣を構えて迫って来るので、悠長なことは言ってられない。



「あいつらを倒しても大丈夫なのか?」


『プレイヤー同士の戦いは、やりすぎればペナルティの対象になることもあります。ですが今回は向こうが100%の悪党。倒しても問題ありません! やっちゃって下さい、ハルト様!』


「分かった」



 迫って来る男たちを前に、ハルトはレッグホルスターからベレッタを抜く。


 しっかりと両手で構え、オープンサイトで敵を捕らえる。初めてのプレイヤー相手の戦闘。はたして自分が持つ武器が通用するだろうか?


 ハルトは一抹の不安を感じながら、銃のトリガーを引いた。

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