第7話 兵士召喚

「なんだコレ!? 召喚?」



 ソウタが目をしばたかせて確認する。その表記の横には、初めてMPの消費についての記述があった。



「これにMPを使うのか……」



 ハルトが納得していると、ソウタは嬉しそうに話しかけてきた。



「さっそく召喚してみようぜ! すげー面白そうだ」


「そうだな……」



 ハルトも頷き、ウインドウの文字をタップしようとした時、左下にある時間の表示が目に入る。


 ゲーム内の時間ではなく、現実世界の時刻を告げるものだ。



「もうこんな時間か……長いこと遊び過ぎたな」


「え? まだまだ、これからだって! 早く召喚してくれよ」


「いや、今日はこれくらいにしておこう。勉強とか、風呂も入らなきゃいけないし、ログアウトするよ」


「ええっ!? ちょっとくらいいいだろ! せめて一回召喚してから、な!」


「いいやダメだ。召喚したら色々検証してみたくなるだろ。明日20時頃またログインするよ。じゃあな」


「そんな~~」



 ハルトはウインドウの右上に表示されているログアウトボタンを押し、現実の世界へと戻っていった。



 ◇◇◇



「ふーっ」



 息を吐き、手袋とヘッドギアを取り外す。



「……ちょっと面白かったな。人気になる理由も分かる」



 ハルトは立ち上がり、タンスからバスタオルと着替えを取り出す。


 風呂場に行こうとした時、ふとVRのゲーム機に目が止まる。


 剣と魔法のクロニクル……VRMMOか。


 ハマりそうだと思ったが、いかんいかんとかぶりを振る。ソウタがゲーム三昧で、どれほど成績が悪くなっているかはよく知っていた。


 遊ぶのはせいぜい一日一時間くらいにしておこう。


 ハルトはそう思いながら、部屋の扉を開け風呂場へと向かった。



 ◇◇◇



「なんで昨日、途中で帰ったんだよ! 一番面白くなってきた所で~」



 ハルトが登校すると、さっそくソウタがからんできた。昨日は電話にもメールにも出なかったため、責めるようにまくし立てる。



「ハルト! 分かってるのか? 軍人アーミーなんて職業、世界で誰もプレイしてないんだぞ! それを探求できるなんてゲーマー冥利に尽きるだろ!?」


「俺はゲーマーじゃない」


「いや、まあ、それはそうなんだが……」


「それにゲームばっかりしてると、成績が下がるだろ。ソウタこそ勉強しなくて大丈夫なのか?」


「う……それを言われると何も言えなくなるが」


「とにかく、今日は夜の8時頃にまたゲームに入るよ。同じ場所から始まるんだろ?」


「ああ、そうだ。分かったよ、俺もその時間にログインして待ってるからな」



 ソウタは諦めるように、渋々自分の席へと戻っていく。ハルトはいつものように本を開き、授業が始まるまで静かに小説を読みふけった。



 ◇◇◇



 スイッチを押し、淡く光るヘッドギアを頭に被る。


 視界が暗転して、深い意識の底へと落ちていく。気がつくと、森のほとりに立っていた。


 昨日ゲームを中断した〝モルゼの森″の入口だ。



「おー来た来た。待ってたぜ!」



 すでに来ていたソウタが駆け寄ってくる。



「もう待ちきれねーよ! さっそくやってみようぜ、ハルト」


「ああ」



 はやるソウタと同じように、ハルトも召喚については気になっていた。


 ウインドウを開いて『召喚:二等兵』の文字をタップする。どうなるかと期待していると、急に背後が明るくなる。


 振り返ると、そこには円形の魔法陣が刻まれていた。



「これは――」



 光の柱が立ち昇り、中から一人の男が姿を現す。ハルトと同じ種類の迷彩服を着てヘルメットを被り、手には89式5.56mm小銃を持つ。


 腰のホルダーにはコルトガバメントを装備。見た目は一般的な兵士に見えた。



兵士ソルジャー……NPCみたいなもんか?」

 


 ソウタは召喚した兵士の周りを歩き、つぶさに観察する。ソウタにジロジロ見られている間も、兵士は一切動く様子がない。



「ハルトと同じような装備ってことは、ハルトが二人になったようなもんか?」


「どうだろう……」



 兵士一体が、どれほどの戦力になるかは試してみないと分からない。ソウタと一緒に森に入り、戦える魔物を探す。



「あ! あいつなんてどうだ?」



 茂みから覗き見ると、木々の合間にいたのは緑色の蟲の魔物。身の丈は軽く四メートルはあるだろう。


 鋭い鎌を携え、我がもの顔で森を闊歩する。巨大なカマキリだ。



「行くぞ!」



 ハルトが声をかけると兵士は何も言わず、こくりと頷く。どうやら簡単な命令を与えておけば、あとは勝手に考え行動するようだ。


 ハルトはそう理解して、兵士と共に茂みを出る。


 相手もこちらに気づき、体を向ける。巨大な鎌をゆらゆら揺らし、獲物に狙いを定めていた。



「気をつけろよ、ハルト!」


「ああ、分かってる」



 遠距離から攻撃しては兵士の実力が分からないため、なるべく近づいて攻撃することにした。


 兵士と一緒にカマキリに向かって駆け出し、途中で二手に別れる。


 ハルトはカマキリの左に回り込み、兵士は右に回り込む。魔物は鎌を振り上げ威嚇するが、兵士は怯む様子もない。


 89式5.56mm小銃を構え、カマキリの胴体にフルオートの弾丸を撃ち込んだ。緑の体液が飛び散ると、甲高い悲鳴が鼓膜を震わす。


 的確な弾数に、正確な射撃。


 兵士の手際に感心しながら、ハルトはセレクターをセミオートに入れる。カマキリの頭に照準を合わせ、引き金を引く。


 だが的が小さく、かすっただけで当たらない。



「くそっ!」



 ハルトが外している間にも、兵士はカマキリの体を狙い確実に着弾させていく。


 敵のカマキリも兵士の方が厄介だと思ったのか、ハルトには構うことなく兵士に近づき鎌を振り下ろす。


 兵士はギリギリでかわし、地面を転がりながら銃を構える。


 連射させた銃弾は、カマキリの足の付け根に命中。たたらを踏んで後ずさる。


 ハルトも負けじとカマキリに近づく。兵士に気を取られているため、接近するのは容易だった。


 セレクターレバーをフルオートに入れ、銃口を敵の頭に向ける。


 引き金を引く。鳴り響く銃声、薬莢が地面を跳ね、何発もの弾丸がカマキリの頭を撃ち抜く。


 大きな体を揺らし、魔物はドスンっと地面に倒れた。

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