第5話 モルゼの森の戦い

「…………もう、移動したのか?」



 ハルトは目を見開いて辺りを見回す。今までいた場所とは明らかに違う。



「な! 便利なアイテムだろ?」



 そう自慢気に言い、ソウタはスタスタと歩いていく。ハルトも遅れないよう、すぐ後ろをついていった。



「さっきのは、貴重なアイテムなんじゃないのか?」


「まあ、買えば高いが、俺はドロップ品としてたくさん持ってるからな。特に問題はないよ」


「それならいいけど」



 森の中には他のプレイヤーの姿もポツリ、ポツリと見える。


 レベルを上げるため魔物を探しているようだが、ハルトたちはなるべく人目を避けて移動することにした。


 ソウタが言うには銃を使うところを見られると、話題になって変なプレイヤーに絡まれるかもしれないとのことだった。


 ハルトもそれは嫌だなと思い、周囲を警戒しながら歩いていく。


 森は背の高い木々が立ち並び、光を遮っていた。どんな魔物がいるか分からないので油断はできない。


 20式5.56mm小銃を構えながら、慎重に進む。



「お! いたいた」



 ソウタの見つめる先に視線を移すと、その場所だけポッカリと穴が開いたように、日の光が注いでいる。



「池……? いや、湖か」



 そこは動物たちの水飲み場で、さまざまな生き物が集まっていた。その中でも一際大きな影がある。


 向こうもこちらに気づき、むくりと頭を上げた。


 全身は灰色の毛に覆われ、立ち上がった体高は優に三メートルを超えている。



「あれは――」


「アグリーベア。この〝モルゼの森″にいる魔物の中でも、けっこう強い方だぜ」



 ソウタは「試してみろよ」と言わんばかりに視線を送ってくる。今回も手を貸す気はないようだ。



「……分かったよ」



 ハルトは熊の魔物に向かって歩を進める。湖のほとりにいるのは計三頭。


 アンデッドとは違う。アサルトライフルが通じるかどうかは、実際に試してみないと分からない。



「やるだけやってみる」



 熊とハルトの距離が縮まる。三頭は一斉に駆け出してきた。


 接近戦では勝負にならない。距離が開いているうちに決着をつけなければ。ハルトはそう考え、先頭を走る熊に銃口を向ける。


 セレクターレバーはフルオート。トリガーを引く。弾け飛ぶ薬莢、激しい音と振動が腕に伝わり、敵を貫く弾丸が連射される。


 反動が強いため、狙いが逸れて熊の顔や肩、腕などに着弾した。


 軽くトリガーを引いたつもりだが、予想以上に弾が射出されている。やはり慣れていないとフルオートは加減が分からない。


 だが弾数が多い分、威力は絶大。急所には当たらなかったが、アグリーベアは苦しみながら地面を転がる。


 残り二頭の熊は、怯むことなく向かって来た。


 もう一度ライフルを構え直し、引き金を引く。今度は手前の熊に直撃。急所である頭に炸裂し、断末魔の叫びを上げ昏倒する。


 最後に迫ってきた熊にも、20式5.56mm小銃は火を噴いた。


 苛烈な火花、二発の弾丸が熊の胸元に食い込む。だが銃はボトルがガキンッと戻り、弾を吐き出すのをやめてしまう。弾切れだ。


 撃ちすぎた。フルオートの加減が分からず、必要以上に弾を使ってしまった。


 三点バーストが初心者用だと言ったソウタの言葉を思い出すが、もう遅い。



「くそ!」



 弾の切れたライフルを捨て、レッグホルダーからベレッタを抜く。飛びかかってくる熊めがけ、ありったけの銃弾を撃つ。


 頭や目、口などに当たり鮮血が迸る。手応えはあった。


 熊はフラつき、唸り声を上げた後、ハルトに向かってグラリと倒れきた。



「うわっ!」



 驚いて尻もちをついたハルト。ドスンっと音がして熊が覆いかぶさる。


 熊の肩が下半身にのしかかり、動くことができない。熊は死んだようだが、初めてダメージを受けてしまった。


 取りあえず倒せたことにホッとする。ゲームなのに、リアルな重みを感じるのは不思議な感覚だ。


 何とか抜け出そうとしていると、向こうで倒れていた熊が立ちあがり、ゆっくりと近づいてくる。


 慌てて腰のホルスターからコルトガバメントを抜こうとするが――



「くっ! 抜けない」



 熊に押し付けられているせいで、腰に手が回せない。藻掻いてる間にも、熊は迫ってくる。



「ソウタ! 見てないで助けてくれ!!」


「大丈夫だハルト。その熊、けっこうダメージを受けてるから、もう少しで倒せそうだ。がんばれ、がんばれ!」


他人事ひとごとだと思って――」



 ハルトはウインドウを開き、89式5.56mm小銃の表記をタップする。目の前に出現したライフルを手に取り、熊に向ける。



「終わりだ!!」



 セレクターレバーは『3』に設定されている。三点バースト。きっちり三発撃ちだされ、熊の頭に直撃した。


 前のめりに倒れ、熊は動かなくなる。


 それを確認して、ハルトは藻掻きながら熊の下から這い出す。なんとか抜け出し、立ち上がった。



「やったな、ハルト!」



 満面の笑みで歩いてくるソウタを見て、溜息をつくハルト。



「もう少しで死ぬところだったぞ!」


「ハハハ、まあゲームなんだから、そうカッカすんなって」



 いつも飄々と明るいソウタに、ハルトも怒る気も失せていく。



「それにしてもスゲーな。アグリーベアはレベル4程度のプレイヤーに倒せるような魔物じゃない。それも三体も!」


「このライフルのおかげだな」


「ああ、試してみて良かった。武器について分かったことはいくつかある。まず、その武器は固定ダメージが設定されてるってことだ」


「固定ダメージ?」


「普通の武器は、使うプレイヤーの筋力によって攻撃力が変わってくる。俺が持つ剣なんかは、その代表格だ」


「それは俺にも分かるが……」


「それに対して銃は違う。最初から高い攻撃力があり、相手に当たる場所や距離によって補正がかかるんだ。でなきゃアグリーベアを倒せるはずがない」



 なるほど、と思いながら自分が持つライフルを見る。確かにステータスの低い状態で、大きな魔物を倒せた理由としては納得できる。



「強力な魔物を三頭も倒してるんだから、レベルが上がってるんじゃないか?」



 ソウタに言われ、ウインドウを開いて確認してみる。確かにレベルが5に上がっていた。次にどんな武器が追加されてのか二人とも気になり、さっそく『Weapon addition』の文字をタップしてみる。



「ええええええええ!?」



 表示された武器を見たソウタが大声を上げた。

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