第2話 軍人とスライム

『基本の装備は決まっていますが、コスチュームは選ぶことができます。どれになさいますか?』



 ウインドウの画面が変わり、様々な服が映し出される。しかし全て軍服だ。


 ハルトは「一緒じゃないのか?」と心の中で呟いたが、そんなことを言ってもしょうがない。


 一番見覚えのある、緑の迷彩服を選ぶ。



『準備はできましたね! それではハルト様【剣と魔法のクロニクル】をお楽しみ下さい。どうか良い旅、良い冒険を!!』



 シルキーが螺旋状にクルクルと舞い上がり、大きく手を振り上げた瞬間――目も眩むほどの光のシャワーが降り注ぎ、白い空間が弾けた。


 意識が光の中にひっぱられ、視界が暗転する。


 深く深く、まるで海の底へと沈むように落ちてゆく。ハッと意識を戻すと、自分が外に立っていることに気づく。


 目の前には雄大な草原が広がっていた。


 瑞々みずみずしい緑に色づく大地、抜けるような青空。全てが現実としか思えない。



「これがゲームなのか……」



 最近のゲームがこんなにも進化していたのかと驚くハルト。周りを見渡しながら歩いていると、一キロほど先に村が見える。



「あれが〝始まりの村″か」



 チュートリアルで確認していた村。


 ゲーム始めたプレイヤーが、最初に辿り着く場所だ。



「おーーーい、ハルト! こっち、こっち」



 声のする方へ視線を向けると、そこにはブロンズの鎧を着こんだ大柄の戦士が立っていた。どうやらソウタのようだ。


 髪の色こそグレーになっているが、短髪であることや、顔つきなどはソウタ本人によく似ていた。


 村の入口で手招きしているので、そちらに向かう。


 入口といっても簡易な木の柵があるだけの場所で、辺りには畑と畦道があるくらい。とても小さな村だとハルトは思った。



「けっこう待ったぞ。なにやってたんだ!?」


「誰かさんが、やり方も教えずに帰ったからな。説明書を読み込んでたよ」


「ああ、そうか。悪い悪い……ところで――」



 ソウタはハルトの全身を見て、困惑した表情を浮かべる。



「そのコスチュームなんだ? そんなのあったっけ!?」


「ああ、これ」



 ハルトはゲームを始めた際、自分が1億人目の登録者だと言われ、世界で一つだけの職業『軍人アーミー』を選んだことをソウタに伝えた。



「そんなことあったのか!? ――にしても登録者1億人目って凄いな!」



 ソウタは驚き、興奮しているようだが、ハルトは今一つどう凄いのか分からない。



「そういうことなら、どうすっかな……村を案内しようと思ってたけど、その職業について調べる方が面白そうだ」


「調べるって、どうするんだ?」


「まずパラメータを見せてくれ」



 ソウタに言われるままウインドウを開き、ステータスパラメーターを表示させる。



「う~ん、MPが突出して高いな。それに対して他の数値が低い……魔法使いに似た感じのステータスだ」


「そうなのか?」


「基本装備はどうなってる?」



 ハルトは腰のホルスターに収まっている銃を抜いてソウタに見せる。



「おお!! コルトガバメントか! また渋い銃を……」


「いい物なのか?」


「いいと言えば、いい銃だ。ただ古いモデルだな」


「そうなんだ」

 

「アメリカのコルト社で製造された軍用自動拳銃だ。1985年まで米軍で正式採用されてたはずだぞ」


「詳しいなソウタ。銃とか好きなのか?」


「フフフ、何を隠そう俺はミリタリーマニアなんだ。何度かサバゲ―にも参加したことがあるんだぜ」


「へ~」



 ソウタはあまりにも多趣味なため、ハルトも全ては把握していなかった。



「にしても、本当に銃なんか使えるんだ……。このゲーム、弓やボウガンはあるけど銃器なんて一切無かったんだけどな」

 


 それを聞いたハルトは、改めて自分の持っている銃を見つめる。


 それはそうだよな。【剣と魔法のクロニクル】なんだから、銃が無いのは当然と言えば当然か。



「装弾数は十発か?」



 ソウタに聞かれて、ウインドウの〝武器・弾薬″の項目に目をやる。確かに残弾数十と表示されている。



「十発あるみたいだ」


「そうか……じゃあまず、どれくらいの威力があるか試してみようぜ」


「どうやって?」


「弱い魔物を狩に行くんだよ。軍人アーミーの戦い方も分かるし、レベルが上がればどんな成長の仕方をするか分かるだろ?」


 

 ああ確かに。と納得してソウタの後について行く。この村の近くには初心者用に、弱い魔物の狩場が多くあるらしい。


 川の近くまで行って水辺を歩いていると、ぷるぷると動くものがある。



「あれは……」


「お! スライムだ」



 いくらゲームをやらないハルトでも、さすがにスライムぐらいは知っていた。近づくと、半透明の体を揺らしながらピョンピョンと向かってくる。



「これを撃つのか? ちょっと、かわいそうな気も……」


「なに言ってんだ! スライムだって立派な魔物だぞ。気を抜かずに全力で仕留めろ!」


「……そうだな。分かった」



 ハルトは躊躇いながらも、銃を両手で構え、スライムに狙いを定める。モデルガンさえ撃ったことがなかったハルトは、グリップを握る手にも力が入る。


 トリガーを引いた瞬間、パンッと乾いた音がしてスライムに着弾した。瞬間、銃身の横から何かが飛び出す。「なんだ?」と驚いていると、



薬莢やっきょうだよ。オートマチック拳銃は弾を撃つ度、空になった薬莢が排出されて次弾が装填されるんだ」


「そうなのか……」


 

 銃の構造に感心しながらスライムを見る。当たってはいるようだが――



「あ~、あんま効いてないな」



 ソウタはしゃがみ込んでスライムを観察する。弾はスライムの体を貫通したが、HPはわずかに減っただけだった。



「銃とスライムの相性が良くないのかな……。もう一度撃ってみてくれ」



 ソウタに言われるまま、ハルトは何発も銃弾をスライムに撃ち込む。だがゲル状の体に吸い込まれていくだけで、どうにも手応えが無い。



「ダメだ! 弾切れだ」



 拳銃のスライドが上がり、もう撃てないことを示している。



「スライムがこんなに手強い魔物だったなんて……」


「いや、スライムに苦戦してるプレイヤーなんて初めて見たけど……まあ、いいや。スライムは諦めて別のとこに行こうぜ!」



 ソウタは右足でスライムを踏み潰し、一瞬で止めを刺した。魔物討伐によってハルトにも経験値が入ったが微々たるものだ。


 ソウタによれば二人以上で魔物を倒すと、経験値が分けられるらしい。それも平等ではなく、倒した貢献度によって分配率が変わるとのこと。



「ここだと効率が悪いな、別の場所に案内するよ」



 二人はスライムがいる河原を後にし、村の裏手にある雑木林へと向かった。連れて来られたのは薄暗い墓所だ。



「なんだよ、ここ……ちょっと不気味だな」


「経験値を稼ぐには丁度いい場所だぜ。おすすめの狩場の一つだ」



 墓石の下の地面がかすかに動く。


 地中から腐敗した人間の手がにょきりと生え、ワラワラと死体が這い出す。



「〝アンデッド″って魔物だ。さっきのスライムよりは倒しやすいと思うぞ」



 ソウタは一歩下がり、腕を組んでハルトの様子を見る。どうやら手を貸す気はないいようだ。


 ハルトはリアルな死体の魔物アンデッドを見て、ごくりと生唾を飲んだ。

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