第一章 世界で一つの職業

第1話 初めてのVRMMO

 学校の休み時間。窓側の一番後ろの席に、ポツンと座る生徒がいた。


 黒髪に眼鏡をかけ、学ランのホックは必ず上まで止める真面目な性格。クラスでは目立たない男子生徒で、特に声をかける友人もいない。


 いつものように本を開き、授業が始まるまで読みふける。


 それが碓氷うすいハルトの学校での過ごし方だった。他人から見れば寂しく思えるかもしれないが、本人は気にする様子もない。


 読書や勉強は好きだし、なによりも静かな時間が好きだった。


 それなのに――



「なあ、一緒にやろうぜ! な、いいだろハルト!」


 

 気軽に声をかけてきたのは幼馴染のソウタだ。自分の席でもないのに一つ前にある椅子にドカリと座り、屈託のない笑顔を向けてくる。


 それを見たハルトは「ハアー」と息を吐き、読んでいた本を閉じる。



「またゲームか?」


「本当に面白いんだって! グループバトルなんかもあるからさ、ハルトも楽しめると思うぜ」



 熱く語るソウタに、ハルトは眉を寄せる。



「もうすぐ定期テストだろ。そんなことしてる暇なんかないよ」


「固いこと言うなって~」



 ソウタはがっちりした体格のスポーツマンタイプ。交友関係も広く、短髪で爽やかな印象を与える容姿は、女子にも人気があった。


 対してハルトは、女子から話しかけられることもない日陰の存在。


 そんなハルトをソウタだけは何度も遊びに誘っていた。ありがたくはあるのだが、静かに本を読みたいハルトに取っては迷惑でもある。



「ゲーム機なんて持ってないよ」


「VRのハードか? 心配すんなって! 俺、新しいの買ったからよ。古い方が余ってんだ。今日、家に持ってくよ」


「いや、だから――」


「いいって、いいって! 遠慮すんな」



 強引なソウタに押し切られ、結局VRのゲーム機をもらうことになってしまう。


 満足そうに自分の席に戻るソウタ。いつもこの調子で接してくるため、ハルトは仕方がないと諦めるしかなかった。



 ◇◇◇



「ハアッ……」



 家に帰ったハルトは、目の前にあるVR機器を見つめて溜息をつく。


 それは頭からすっぽりと被るヘッドギアタイプのゲーム装置で、コントローラの代わりとなる手袋も付属していた。


 ソウタは自転車に乗ってゲーム機を持ってくると、



『俺、家でログインして待ってるからよ。ハルトも早く入ってこいよ!』と言って早々に帰ってしまった。


「もう少し説明して欲しかったが……」



 使い方がよく分からなかったので、箱に付いていた説明書をよく読んでから、電源プラグをコンセントに差し込む。


 スイッチを入れると軽快な音が鳴り、ヘッドギア全体が淡く輝く。一つ息を吐き、発光する装置を頭に被る。


 目の前のディスプレイには、何もない白い空間が映っていた。


 顔の前にはタッチパネルのようなウインドウが表示され、手袋をはめると触って操作できるようだ。


 ウインドウに各項目の必要事項を記入して登録を済ませる。ゲーム自体はネットから無料で入手できるようで、ダウンロードを開始した。



「これで、いいのかな?」



 無事にダウンロードが完了。ダブルクリックしてゲームアプリを起動する。


 ソウタがやっているゲームは【剣と魔法のクロニクル】


 ここ1年で爆発的にユーザーを増やし人気になったゲームだ。とは言え、ゲームに詳しくないハルトは、【クロニクル】の内容をよく知らない。



「取りあえずやってみるか」



 ゲームスタートのボタンをタップして、まずはアバターの作成。


 なるべく自分に似た背格好を選び、顔や髪型をカスタマイズする。眼鏡をどうしようかと悩んだが、無いとしっくりこないため掛けることにした。


 自分っぽいアバターになったと満足し完了のボタンを押す。


 次にチュートリアルに進む。ゲームの説明を受けようとするが……。


 特になにも起こらない。見渡す限りの白い空間。地平線が見えるが、その向こうに何があるのか分からない。


 どうしたものかと思っていると、何かが近づいてくる。



「あれは……」



 キラキラと光の粒を飛ばしながら、目の前に来たのは小さな妖精。


 体長は15センチほどしかなく、背中には透明な四枚の羽。青く長い髪をなびかせながら自由に羽ばたく姿は、確かにゲームやアニメに出てきそうな妖精だと思った。



「ご登録ありがとうございます!! 私はこのゲームのナビゲートAI〝シルキー″です。分からないことがあったら、なんでも聞いて下さいね!」


「はあ……よろしくお願いします」



 明るくウインクをしながら愛想を振りまくAIに、ハルトは若干面喰らう。


 ――今のゲームって、こんな感じなのか……? 小学生以来、ゲームなんてやってないしな、ついていけるか不安だ。


 ハルトの心配をよそに、シルキーは説明を続けた。



「これから私が、この世界【剣と魔法のクロニクル】の説明をさせてもらいます。お名前は……ハルト様ですね!」



 シルキーは空中でウインドウを開き、ハルトの登録者情報を確認する。すると何かに気づいたのか、突然目を丸くする。



「ああっ!?」


「ど、どうしたんだ?」



 急に大きな声を出したシルキーに驚くハルトだったが、



「おめでとーございます! ハルト様! あなたは【剣と魔法のクロニクル】の記念すべき登録者1億人目になります!!」



 パンパカパーーン、パンパンパーンとファンファーレが鳴り響き、いつの間にか頭上に現れた巨大なくす玉が、パンッと弾けて中身をぶちまけた。


 色とりどりの紙吹雪が舞い散り、複数の紙テープが頭にかかる。


 くす玉の中から落ちてきた垂れ幕には『1億人目おめでとうございます!』の文字がデカデカと書かれていた。


 興奮しながら飛び回るシルキー。ハルトの目の前で止まると、



「これは凄いことですよ! ハルト様、やりましたね!!」


「は、はあ……どうも」


「ええっ!? リアクション、うっす! もっと喜んで下さいよ!!」


「そう言われても……」



 不満気な表情を見せるシルキーだが、何かに気づいたように目を見開く。



「はは~ん、分かりましたよ。おめでたいだけで他に何もないと思ってるんですね? 大丈夫です! ちゃんと特典も用意されてますから」


「特典?」



 シルキーはフフンッと勝ち誇った顔をして腕を組み、胸を張る。だが、何もかもが初めてのハルトにとっては、何のことだか分からない。


 

「こちらをご覧ください」



 シルキーが手を振ると、目の前にあるウインドウの画面が切り替わる。そこには箇条書きされた文字の羅列があった。



「そこに表示されているのは職業ジョブの一覧です」


職業ジョブ?」


「プレイヤーが最初に選択できる基本職のことです。戦士や剣士、魔法使いなど、成長するにつれ覚える技や能力スキル、パラメーターの増え方が変わってきます」


「……はあ」


「そして今回! 登録者1億人目のハルト様には――」



 シルキーはぐぅーと体を縮こめる。



「ジャーーーン!!『軍人アーミー』が選べるようになりました! 世界でたった一人だけ、超激レアな職業ジョブですよ!!」



 バンッと思いっきり手足を伸ばし、全身でその凄さをアピールする。



「あ、ああ、そうなんだ」


「もちろん選択しますよね! ねっ、ねっ!?」


「う、うん」



 ぐいぐい迫ってくるシルキーに圧倒され、とても断ることなんてできない。結局、基本職の『軍人アーミー』を選び、ゲームを始めることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る