第8話 乙女ゲームって現実世界でやるもんじゃないと思う
「へえ、君があの有名なヴィヴィアン?」
出会い頭第一声がまずそれだった。
ここは、巷にはびこる雑用から裏の仕事まで、何でも請け負うのが売りである、ハルベルン最大の『ギルド・シュヴァル』の拠点の一つ。
そしてそのギルトの頭領は、今のところヴィヴィアンの最推しである、紫髪の青年ノエル・シュヴァルだった。
肩まである紫の髪をひとくくりに束ね、堂々と足と腕を組みながら、口の端をあげるような独特の微笑を浮かべてこちらを見ている。
(ちょっと態度がでかいのが気になるけど、やっぱり思った通り超好みの顔)
「はい、ノエル様。ハルベルンの聖女、ヴィヴィアンと申します」
「聖女様、ねえ」
「ええ。私も恐縮と思いますが、そう呼ばれておりますので‥」
うっとりと眺めてしまいそうになるが、そこは我慢してヴィヴィアンは極上のヒロインスマイルを繰り出した。
「ふふ、またお会いしましたね!」
「そうだっけ?」
「はい…私がこの国に来たば」
「悪いけど、覚えてないな」
まるで冷たく遮るように言い放つ攻略対象に、ヴィヴィアンはためらった。
(…あれ?なんか)
「あ、ええと…それで、今日はどうして私をこちらに呼んだのでしょう?」
「あー、ん。聖女様は悪霊とかも退治するんだろう?どんなものかと思って」
天使の神託を受けた「聖女」であるヴィヴィアンのスキルは「浄化」である。
声なき者の声を聴き、形亡きものを封印する力を持っているのだ。
「では、早速‥」
「うん、でももう帰っていいいよ」
思いがけぬ言葉に、ヴィヴィアンはつい固まってしまう。
「え…あの、それ、どういう」
「だから、君はオレの思ったような人じゃないようだ。…帰っていいよって言ったの。」
「思ったような…って、し、失礼ですわ!!まだ何も…」
ヴィヴィアンが立ち上がる前に、ノエルは席を立つ。
と、急激に彼を取り巻く空気が冷めていくのを肌で感じてしまう。
「いいから、帰れっつってんの。あんたに用はないんだよ、似非聖女様」
「…!!な、な…」
わなわなと震えが止まらない。
自分が否定されたことももちろん、この世界に来てからというもの、ここまで明確な拒絶を突き付けられたことが初めてだ。
(こっここは、ゲームの中でしょ?!ヒロインは私なんだから、愛されて当然じゃないの?!)
「そういうとこ」
「え?」
口には出していない筈‥けれども、ノエルはまるで心の声が聞こえるようだった。
「あんたが思っているほど、世界はあんたを求めていないんだよ」
そう言って不敵に笑う攻略対象のはずの青年を呆然と見つめる。しかし、そんなことは構わず入り口のドアを大仰に開いて見せた。
「さ、お引き取りを。お嬢さん」
ヴィヴィアンは、ついノエルをにらみつけてしまう。
(な、な‥何よ!あり得ないっ…レアルドだってレイヴンだって、私にはすごく優しくしてくれるっていうのに!!どうして彼だけ…!!)
「おおこわ。聖女様、仮面のお顔がはがれかかっているよ、気をつけな」
「…ご、御用がないのなら、これで失礼いたしますわ!!」
はっとなり取り繕うも、時すでに遅し。最後は笑うのすら忘れてしまった。
扉の外で待機していた護衛達が一斉にヴィヴィアンに続いていく。その中には、神官騎士レイヴンの姿もあった。
「ヴィヴィアン!‥大丈夫か?」
心配そうに駆け寄るレイヴンの前に選択肢が現れた。
1・「大丈夫よ」と微笑む
2・「だめだな、私」と落ち込む
3・「無視する」
(ああ、めんどくさい。けど、親密度を下げるわけにはいかないわ)
「…何でもないわ。私ってば、気づかないうちに彼の気に障るようなことをしちゃったみたい‥もう、ホント、だめだな…」
2を選んだヴィヴィアンはわざとらしく落ち込んで見せた。
案の定レイヴンはキッと閉じられた扉の方をにらみつけた。
「あいつ…何様のつもりだ!」
「大丈夫、私はみんなに愛と優しさを配るのが使命だもの…!こんなことじゃくじけないよ。ありがと、レイヴン」
くるりと振り返ると、ヴィヴィアンはレイヴンに気づかれぬよう前方をにらみつけた。
(やっぱり何かおかしい…あたしの邪魔をしているのは誰?)
**
「…そろそろ暇になってきたわ…」
この仰天変身から約三日。
体調もそこそこ回復してきたし、今ならどんな衝撃でも受け止めることは出来そうな気がする。
というわけで。よし、と気合を入れる。
「パラメータ!」
誰もいない深夜の刻。私は思い切って現状を確認することにした。
目の前にゲームウィンドウが表示されると、いつものガランコロンという音が脳内に響き渡る。
『おめでとうございます!!ボーナスイベントをクリアしました!報酬として、「美しき悪女・見習い」の称号を手に入れました!これにより、シークレットフラグを一つクラッシュしたので、ノエル・シュヴァルの消滅フラグルートの解放条件達成まで残り30%です』
「美しき悪女見習いって‥」
見習いを通り越すと次は何になるのやら。ノエル・シュヴァルというと、ネットの事前アンケートでは人気投票1位だったキャラクターだったような気がする。ただ、私の好みではなかった。
『以上の功績により、大いなる意志のシステム解放率が13%上昇しました!!!滅亡の可能性は残り83%です。』
「…シークレットフラグ?紫髪のノエルと会ったのはあの時だけよね?」
例の公開裁判の時、最後に声をかけてきたのを思い出す。あの短い会話のどこにフラグを消滅するような要素を含んでいたのだろうか。
続けて全員のヒロインに対する好感度のパラメータを見ると、攻略対象からヘルト・グランシアの名前が消えていた。
「本当に消えちゃってる…滅亡まで、残り960日」
やはり気絶しようが何しようが、カウントダウンは進んでいくらしい。こうなると、気を失って生死の境をさまよっていた14日弱が勿体ないような妙な気分になる。
焦ってもしょうがないけど…、あんまりのんびり構えていたら取返しのつかないことになるかもしれない。暦のカレンダーも、気絶していた半月の間に一度、バツ印が刻まれている。
「なんかのイベントがあったのね。レイヴンの好感度がかなり上昇しているみたい」
次のイベントは、今日から20日後に何か起こるらしい。攻略本によると、どうやら『復活祭』という、日本で言う縁日みたいなものがあるらしいけど…一体何が復活するんだ?
「はあ、もう。リアル乙女ゲームなんてやるもんじゃないわ…あっちにもこっちにもいい顔なんてできるわけないじゃないのよー…」
こう考えると、ゲームの主人公って相当タフだな、と妙に感心してしまった。
プレイヤー側としては、推しは全部クリアしちゃお☆くらいの程度の認識で数々のイベントをクリアしてフラグを回収していくわけなのだが。
現実ともなると
「ヴィヴィアンも一応存在しているのよね、この世界…。とんでもない悪女だなあ」
公開裁判で見たヴィヴィアンも、とりあえずしたたかそうな印象だった。
そうじゃなきゃ、人が見せしめにされているのを笑いをこらえながら見る、なんてできないだろう。
何があったか知らないが、この身体の持ち主はきっと、例のごとく
「ふああ。とりあえず何か対策…を…かんがえ … ‥zz」
色々考えていたのだが、しまいには寝てしまった。
「お嬢様‥?体調はいかがですか?」
「アリー?」
扉をそうっと開けて顔を覗かせたのは、メイドのアリー。
と、言うことは、もう朝ということか。真剣に考えようと思ったのだが、睡魔に抗うことは出来なかったらしい。
「おはよう」
「お元気になられたみたいで…本当によかったです!あの、今日は皆さんとお食事をとられたらいかがでしょうか?」
「皆さんとお食事…」
そういえば、カサンドラになってからというもの、ヘルト以外の家族の姿を見ていない。
(ずっと引きこもりだったものね―‥。えーと、カサンドラには父と継母、兄と妹と弟がいるんだっけ)
グランシア家の子供たちは色々と複雑な事情を抱えている。
まず、ヘルトは後妻の連れ子なのでカサンドラと血のつながりはない。
しかし、次女のフェイリー、次男のクレインは、それぞれヘルトと異父兄弟にあたり、カサンドラとは異母兄妹にあたるのだった。
そんな複雑な環境のせいか、特にカサンドラと弟妹の二人は仲が良くない。それに伴い、カサンドラは父と継母ともやや距離があり、どうしても一人だけ浮いてしまう。
(まあ、カサンドラ本人がなんかこう、不器用というかなんというか。あの体系のせいで人にからかわれたり笑われたりしたことも少なくないみたいだもの‥人間不信にもなるわよねえ)
できるなら、家族はみんな仲良くした方が絶対に良いに決まっている。ひいては、これからカサンドラが動くことで影響を与えていけば状況は変わるかもしれないじゃない?
「…いいわ。そうしましょう」
「はい…っ!」
「そうね、服は……」
言い掛けてはた、となる。
「…お嬢様…痩せてすごくお美しくなられましたけど、その、お召し物が」
「そうだね。どれもちょっとぶかぶかぶかかぁ」
「あの!じゃあ、街の仕立て屋をお呼びしましょうか?」
「え。街の仕立て屋…って」
「はい!マダム・ベルヴォンのお店です」
「……へぇ」
マダム・ベルヴォン。
彼女はこのハルベルンで一番の仕立て屋。彼女が作るドレスは新作が出るたびに悉く完売するような超人気店のオーナーだ。
そして『ヘブンス・ゲート』の攻略対象の一人、緑のバルク・ベルヴォンの実家でもある。
つまりは、この私に平手打ちを食らわそうとしたあの口の悪い男の実家、ということになる。
「…ふふ、上等じゃない。呼んどいてくれる?こっちは上客、あっちは売る側だし‥ちゃんと対応はしてくれるはずだものね?」
「お、お嬢様?」
よし、決めた。
人権無視の失礼なことを言うような奴には、お仕置きが必要よね?
「あの、邪悪な顔をされていらっしゃいます…」
「あらやだ。気を付けないと」
そう言って、私はにやり、と微笑んだ。
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