第7話 赤い実を食べたら
「いやあ、お見事。早くも一人攻略完了だね」
「…ウサギ、ウサギィ?!」
眼を開くと、突然のウサギ紳士の登場に私は驚いて起き上がった。
一体何がどうなったのだろうか?前後の記憶がまるでない。
しかし、ここはどうやらカサンドラの部屋ではない、例のあの謎空間の中らしい。
「ちょっとお!!どーいうことよ?!なんか色々状況がよくないんですけど?!」
「まあまあ…君は今眠っているか、意識を失っている状態だから、とりあえず落ち着いて」
「眠ってる状態‥落ち着けって…いわれても!」
相変わらずウサギの耳が付いたシルクハットは相変わらず目深で、表情がよくわからない。白い燕尾服に白いタイなのは、ウサギだから?
「一つずつ、私が答えられる範囲で応じるよ」
ウサギはそういうと、持っていたステッキをくるくるとまわしだした。すると、いつの間にかテーブルセットとティーセットが置かれた。
ふわふわとポットが宙を舞い、勝手に動いてお茶が注がれていく。‥これはもしや、魔法というやつ?!
「おお…これ、私にもできる?」
「多分無理。君は力があるようだけど、魔力はからきしみたいだし」
はっきりといわれると意外と辛いような気もするけど。ま、まあ何もないよりはましよね。
「えーとまず、私、このカサンドラの役割は?攻略本を見たけど、登場人物ではないみたいだし…パラメータを見る限りステイタス画面みたいのはあるけど」
「うーん、カサンドラという女性は君であり、大いなる意志の影響を受けないのは、君がそうだから、としか言えないかなあ」
答えになっているんだか、ないんだか。
「影響を受けない…NPCみたいなもん??」
「えぬ …な、なに?」
「いや、いい。それで、大いなる意志ってどのあたりまで影響しているの?」
「一言で言えば、君が介入していない場所や行動全て、かな。だから、君が行動することによって、その影響は弱まっていくわけだ」
バタフライ効果という奴だろうか?私が関わることでシステムの解放率が上がっていくのは分かるが、最終的にどうなるんだろう…。
「じゃあヘルトのフラグ消滅って、私が積極的に関わったからってこと?別に消滅だからって本人が消えるわけではないのね?」
「その通り。ヘルト君の場合、フラグが消えたので正ヒロインの影響を受けることはなくなった。つまりはシステムの管理から外れたってことになる。システム上、彼女と関わることで大いなる意志は正常に働くから、シナリオ通り物語が進行していく…ということになるんだろうが、彼の場合はそれがなくなったということだね」
「正ヒロインの影響…フラグ消滅って、つまりはヴィヴィアンの攻略対象から外れるってことね」
システムって口に出している辺り、少なくともこのウサギは大いなる意志側の人物なんだろうということがはっきりした。
なんかもう驚かないけど。
「じゃ、じゃあ世界の滅亡て‥文字通り、あの世界が滅亡するということ?」
「…実は、それは私にもよくわからない。‥すまない、私がわかるのはフラグを消滅することが急務であり、最善の策だということを君に伝えることしかできないんだ」
ウサギはものすごく申し訳なさそうに頭を下げてしまった。
実際、取扱説明書って隅々まで読む人と、読まない人と二種類いると思うのだけど、私は後者だ。読んだところで頭に入らないので、実戦あるのみ、と思うのだ。
「わかった。…いいや、もう‥」
「‥そう?本当にいいの?」心なしか残念そうにウサギが尋ねる。
「うーーん。聞いてもわからなさそうだし、必要なことさえ分かっていればいいかなって。」
と、突如頭の中でまたガランコロンという音が聞こえだし、同時に私の身体は白い光に包まれていく。
「あ!ちょ、ちょっと待って!最後に一つだけ!ウサギ、あなたの名前を教えて!!」
少し驚いたようなしぐさを見せると、ウサギはそっとかぶっていた帽子を脱いだ。
すると、予想通りの白いふわふわの髪の毛に、赤い瞳が見えた。
「…ラヴィ。また、会いましょう、カサンドラ」
「ラヴィ―――!またねーーー!」
おおお?!よく見えなかったけど、綺麗な顔をしていたような気もする?!
だが、それを確認する暇もなく私はその空間からいなくなった。
**
「かーさんーどーらーさまーあああ!!死んじゃいやあ――――!」
「‥‥‥」
現実に戻されるや否や、わんわんと泣くアリーの声が耳元に響く。
頭がぼーっとするし、視界もぼやけて朦朧としている。
「うるさい、アリー…」
「あ!!目が覚めたーあ!!お医者さあん、お嬢様が起きましたああ!!」
どたばたと走り去るメイドの後姿をぼんやりと見送りながら、私は息を吐いた。
(えっと…何がどうしてこうなったんだっけ?)
確か…ヘルトとグランと庭園を散歩していて…何だっけ、赤い実?
「生きてるか?サンドラ!」
すると、青い顔をしたヘルトが駆け込んできた。
「ヘルト兄さま…」
「すまない、まさかこんなことになるなんて…!俺がもう少し注意していれば」
あ、そうだ、思い出した。
グランが楽しそうに持ってきた赤い実を間違って飲み込んじゃったんだ。
「いいえ、アレは事故というかなんというか、なんで気にしないでください‥。それより私どれくらい気を失って‥ぶっ?!」
のそのそとベッドから這い上がろうとすると、そこはヘルトが制した。制した、というか顔にまくらを押し付けられた。
(殺す気か‥?!)
「ちょっと待て。今は動くな!!頼むから!!」
さっきまで青い顔をしていたのに、今は耳まで真っ赤になっている。
忙しい人だな、と思うのだが同時になぜだろう、とふと疑問に思う。と、言うか妙に首元がスース―するような…。
「あっ?!!」
見れば、寝間着(ネグリジェ?)のようなものを着ているのだが、サイズが合わないようで胸元がぱっくりと開いていた。
「え?!な、ちょ ヘルト、出てって?!」
「す、すまん!!!出直してくる!!」
ちょっと待て、サイズが合わない?!ってことは…!!
慌てて起き上がろうとするが、ふらふらしてうまく立ち上がれない。
しかし、明らかに体のサイズが違うことに気が付く。
あれだけ減らすことに苦心していた贅肉は削げ落ち…あ、いや、まだか。首回りもすっきり…一応、している。
「ひ、ひ、ひ、一回り小さくなってる?!どすこい体系が、そこそこ体系に変わってる!?!」
確かに、楽に痩せないかなーと思ったりもしたが…。
よろよろと鏡に向かっていくと、そこに写っているのは、大分ぼさぼさではあるがピンクの髪に、青い瞳は変わらず。頬がげっそりとこけているのが余計に本調子ではない白い肌を青白く見せている。
ま、まあ胸は多少落ちたような気もするが、とはいえ多分元の私よりもまだ2サイズくらいは上だと思われる。
散々驚くと、今度は急に動いたものだから強烈な眩暈に襲われてしまう。
するとヘルトと入れ替わりに今度はアリーが戻ってきた。
「あ、だめですよ、急に動いたら‥!」
慌てて駆け寄り、肩にストールをかけてくれる、
「ど、どれだけ、どれだけ眠っていたの?!」
「えーと、かれこれ…半月くらい、でしょうか。」
「は、はんつき…」
(生死の境をさまようとこうなるもの…?!)
「ヘルト様が運んでくださらなかったら、本当に危なかったんですよ!処置が遅かったらどうなっていたことか…」
「えっ。ヘルト兄さまが運んでくれた…?!」
まさかあの巨体を担いできたの?!面倒見がいいというか、なんというか。ある意味尊敬してしまう‥!
「はい、庭の手入れ用の手押し車で運んでくださいました!」
「庭の手入れ用…」
「ちょっと待て!!一応途中までは手で運んだぞ?!断じて荷物扱いしていないからな!」
どん!と扉を殴る音と共に怒声が外から聞こえてきた。
(聞いていたのね、ヘルト…)とはいえ、そういえば彼を追い出したのは私だった。
「あ、ありがとうございます、ヘルト兄さま…あの、どうぞ部屋に入ってきてください…」
しばしの沈黙の後、そうっと扉が開いて、ヘルトがむすっと顔を出してきた。
「とりあえず、本当に無事で良かった。父上も大分お前を心配していたから、顔を見せてやってほしい。…じゃあ俺は戻る。」
よく見れば、王国騎士の制服姿のままだった。
本当に心配してくれていたようで、なんだか逆に申し訳なく思えてしまう。
「本当に、ありがとうございます」
「…次から、拾い食いはやめておくことだ」
「事故って言ったのに…」
むう、不満がつい口から飛び出してしまった。
「まだ
それだけ言うと、ヘルトは振り返らずに部屋から出ていった。
お兄ちゃんというのは、ああいいうものだろうか。なんだかくすぐったいような少し煩わしいような。
(‥でも、あったかい。なんかいいな、こういうの)
**
「‥ふう。」
サンドラの部屋を出て、ヘルトはそのまま真っすぐ長い廊下を歩いてく。
(しっかりないと‥)
パン!と両手で頬を叩いて気合を入れ直す。
だが、どうも落ち着かない。その原因は自分でもよく分かっている。
「…ただでさえ、なのに‥あれは反則だろう」
嫌が応にも集まる熱を振り払うように、少し小走りで邸を出た。
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