臆病なロボットは何を知る?

宮明

臆病なロボットは何を知る?

「私、どうしたらいいのでしょう」


 つぶやく声に、俺はいらっとした。正直なところ、いらっとしたまま殴りかかろうとすら思った。


 しかし、やめた。その理由は簡単だ。


 声の主が、ロボットだからである。




 今の時代、ロボットと言う奴はさほど珍しいもんじゃない。一家に一台は当たり前。家事を行うのに人の手を使わない時代がやってきたというわけだ。


 まぁ、そのロボットにも格差があって、みんながみんないいロボットを使えるわけじゃない。俺の持つロボットはなんというか、ユーズドな、いわゆるリサイクル品だ。おかげさまでというべきか、前の主人の変な嗜好で妙な性格づけがしてある。


 家事掃除その他、及第点だが(ここが及第点じゃなかったら流石の俺も捨てている)、ひたすらに性格がウザい。


「ミン、お前はロボットだ。だから、襲われない。さっさと、コンビニで酒買ってこい」


「でも、最近はロボットを襲う人もいるって、ニュースで」


「襲われてどうなったかまで聞いたか?ロボットは逃げたって言ってたろ。人間とお前達の性能差を考えろよ。逃げ切れるに決まってんだろ。ロボット三カ条で人間を傷つけることが出来ないから、逃げる機能だけは完ぺきにしておこうっていうのが、お前らの方向だったろうが」


「でも、逃げきれなかったら」


「だーかーら、逃げ切れるって言ってんだろ。さっさといってこい、じゃなきゃ、明日明後日お前を家に置いて、家に帰らねーぞ!!」


「こ、こまります!!ご主人様がもし、出先で亡くなったら私は」


「じゃあ、さっさと酒買ってこい」


 でもでもだって。必要以上に不安要素をインプットされているせいで、何やらネガティブ極まりない謎のロボットになってしまっているのである。


 人間に近いがわかりやすく人間でないように顎から首を覆った金属の首輪のようなもの、猫の耳のようについた外部センサー。それらが似あうように小柄で17、8程度の少女を模している外見も相まって、非常にウザい。前の主人の趣味なのか、表情の人間臭さと媚が究極レベルなので、さらに。


「ほら、ミン。早く」


 俺はミンの胸の中央を押した。押された瞬間、金属的な短めのワンピースと首輪、耳が光り、彼女の表情は消えた。


「いってきます」


 素直でよろしい。


 感情モードを一時的にオフにしたのだ。まったく、前の(以下略)ために、一定期間感情モードをオフにすると動作に支障が出ないならば、常にオフにしておくのに。


 俺はガチャリと閉まる玄関を見ながら、肩をすくめた。






 ミンが買い物に向かって10分。俺はのんびりとテレビを見ていた。つまみがないから捗らないが、一応少しは酒を飲みつつ。


 見ているのはくだらない映画だ。まぁ、きらいじゃない。


 映画や小説とか、そんなものはそれが作られた時代を含んでいるから好きだ。


 表現の一つ、セリフの一つにその時代の価値観が含まれている。


 例えば、人種差別が当たり前だった時代では、善良であるはずの主人公やその仲間が公然と、


人種差別をしている。あとは、男女差別もなかなかだ。今の時代、家事手伝いロボットや一人暮らしで一生を終えるものが多いために、「妻に母の介護を」みたいな話を見ると、「古いなぁ」とかしみじみする。


 何も否定しているわけではない。価値観と言うものは時代によって変わっていくものだ。ゆえに、価値観が違うからと言って、容易に否定するのは阻まれる。


 まぁ、古いとは思うし、今そんなことしたら顰蹙必須、俺もどうかと思うけど。


 と、悦に入っていたその時。


 光が消えた。




 いくら技術が進もうが、夜闇は無くならないし、月の満ち欠けも止められない。


「……」


 口を押さえる。立ちあがり、一歩踏み出すも、そこから先に進めなくなる。


 悲鳴、そんなもの、出せるわけない。


 感情制御。制御だ。怖くない。怖くない。怖くない。


 壁に向かえ。玄関の、ブレーカーを。でも、ブレーカーを直したところでこの闇夜は消え去らないかもしれない。


 でも、でも、いかないと。


「……ッ!!!」


 踏み出した足が何かに触れた。固い。なんだこれは。こんなところに何がある。


「ミン……」


 あいつがいれば、明かりだってともせるし、会話も出来る。でも、いない。


 何故。否、俺が買い物に出したからだ。店は遠い。まだ、帰ってこれない。


「ミ、ン……」


 いないはずの存在に、俺はささやく。


 なぁ、どこだ。俺はなんだ。どこにいる。


 暗い、闇。一人で、そこにいる。何もない。誰もいない。誰も助けてくれない。


 泣いても誰も来てくれない。だから、


「ミンッ」


 足を踏み出し、何かを踏んで転ぶ。痛い。皮膚が切れたのか。痛みと同時にぬめる感覚がある。


 やめてくれ。俺は、なんで、こんな目に。


 ――貴方はそこで一晩反省しなさい。


 何もしていないなんて言葉は聞き入れて貰えないのだ。


 ――お前、怖くねーの?


 怖いと言っても、誰も助けてくれない。


 ――やめてくださいッ


 叫んでも、やめてくれない。


 個人主義でいいんだ。誰も、いなくていい。助けてくれなくていい。だけど、暗いことだけは、辛い。 


「ミン……ッ」


 抱えこんだ足が痛い。俺は、痛いのと闇夜がきらいだ。きらいだ。だから――、


「ご主人様ッ」


 玄関の方向から激しい音が聞こえた。明かりがもれる。


 俺は、闇と光の狭間で、小さくうめいた。






「ミン。なんであんなに早く帰ってこれたんだ。もう少し掛かるはずじゃないのか。それに、感情モードもまだ続くはずじゃ」


 停電だったらしいそれはまだ続くらしい。ふざけんな。こっちはしっかり電気代払ってんだぞ畜生。等とうめきながら、俺はミンが耳から放つ光を見た。節電と視力に悪いからと言って抑え気味なそれは、それでも人類の英知と温かさを持っている。


「ご主人様。私は臆病なんです」


「それは知っているけど」


「前のご主人様は私に沢山のことを教えてくれました。怖いこと、辛いこと、寂しいこと。私はそれをたくさん知っています。人間程に感情は得られずとも、怖いことへの理解は他のロボットよりあるはずです」


「それと一体、何の関係が」


「ご主人様、暗いところがお嫌いでしょう?」


 俺は息を飲んだ。


「いつも、部屋に明かりをともされています。寝る時も、何時でも。それをみていてわかったんです。ヒトが怖いと感じることを沢山知っているから、それが習慣なのか、恐怖なのか、ミンは考えることが出来るのです。そして、考えた結果、ミンはご主人様が暗いところがお嫌いなのだと理解しました。だから、急いで帰ってきたんです」


「……感情モードをオフにした件は」


「あれは我慢モードなので、実はあんまり意味がないのです」


「くっそ」俺はうめいた。「つまみ買わずに帰ってくるとか、効率性を無視した碌でもないロボットだな」


 不貞腐れたような声。俺が暗闇で酒の瓶を割り、切った足の手当てをしていたミンが作業をしたまま俺を見た。


「ご主人様、まさか、とうとう私を捨てます?」


「……まだ捨てねーよ」


「では、このことから私に恋を」


「ふざけてんのかボケ。停電直ったらさっさとまたつまみ買いに行けよ」


 はぁ、と大きく息をつく。


 何なんだろうなぁ、これ。


 人とは違う、ロボット、なんだけども。




 臆病なロボットは、安心をくれるらしかった。

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