2話 彼女の部屋で その1 お風呂編
「ようこそ。ここが私の住むマンションですよ」
大きくて立派なマンションの前でサリーちゃんは足を止めて紹介する。
かなり立派なマンションだ。 家賃とか凄いんだろうな。
それが最初の感想だった。
「凄いな。ここ家賃とか幾らぐらいなの?」
思わず聞いてしまう。結構セコイ質問だったか?
「……さあ? 事務所が借りてるから私は払ってませんし、メンバーもここに住んでるけど、たぶんみんな知らないと思いますよ」
「……へえ、そうなんだ」
噂で聞いたけど芸能界ってスゲーな。
「それじゃ入りましょうか。ちなみに12階の角部屋なので日当たりはいいですよ」
「ああ。分かった」
その後サリーちゃんに案内されマンションの中に入り、エレベータで上がり彼女の部屋までつく。
ちなみに彼女の部屋は3LDKのかなり大きな物だ。
風呂とトイレもユニットバスでない独立式で、部屋も一つ一つが8畳以上と立派なものだった。
これなら確かに一人暮らしでは部屋が余るのも頷ける。
「それじゃ部屋ですけど、この部屋を使ってください。ベッドが無いので今日は布団で我慢して下さいね。家具とかは明日一緒に買いに行きましょう」
「OK。 それでいい」
「……それとも一緒に寝ます?」
「ちょ、冗談は止めてくれ! さすがにそれは……」
「そうですか。残念です。 まあそれは今後にとっておくとして、ご飯にでもしましょうか」
「そうだな。それでいい」
「一応聞きますけど、料理とかって出来ます?」
「自慢じゃないが……出来ないな! この人生で料理で作った経験があるのはインスタントラーメンぐらいだ。伊達に長年ニートをやってきたわけじゃないさ」
「その分だと、他の家事も無理ですよね」
「まあな。というか、家事が出来たら多分家は追い出されてないさ」
「そうですよね。じゃあ私が作りますけど、私の料理のレパートリーも基本煮込み料理ですから、そこはガマンしてくださいね。カレーかシチューが主な料理になります。希望はあります?」
「その二択ならカレーでいいよ。初日だしね」
「分かりました。それじゃ部屋でくつろいで……といっても何も無いですし、リビングでくつろいでいてください」
「分かった」
彼女に言われ、リビングで待つことになる。
リビングにはテレビと本棚があった。
本棚の本は漫画と小説が8:2ぐらいの割合で入ってる。
漫画は少女漫画が多いが、少年漫画も結構ある。
小説はほとんどライトノベルでアニメ化している異世界ものばかりが入っている。
趣味としてはヲタク趣味が強いが、作品の傾向は俺とほぼ同じだ。
話は合いそうである。
ちなみにテレビは新しい型の50インチがあった。
テレビ台の下の棚を見ると、任天堂のゲーム機の新しいものが入っている。
漫画やラノベだけじゃなくゲームも好きらしい。
もう少し色々と探索したい気もするが、初日からそれはちょっとマナーがなって無い気もする。
とりあえず今は適当に本棚の漫画でも読んで時間を潰すほうがいいだろう。
「そうだ。良かったら待ってる間にお風呂入りますか?」
そんな声が聞こえたのはそれからしばらくしてからだった。
「えっ? もうお湯入ってる?」
「はい。出かける前にお湯入れておいたので。先に入ります? それとも……私と一緒に入りたいですか?」
「っ、馬鹿いうなよ。さすがにそれは……」
「そうですか。じゃあ一人で入ります?」
「もちろんだよ。じゃあお先に……でいいのかな」
「はい。ごゆっくり。 あっ、お風呂はですね」
するとサリーちゃんは台所からやってきて、お風呂の場所を案内してくれる。
だが俺は服を脱ごうとして、思いとどまる。
あることに気がついたのだ。
「ちょっと待って、サリーちゃん。俺着替えないよ」
「あっ、そうでしたね。どうしましょう……さすがにお風呂に入る前の服をそのまま着るわけにもいきませんし……そうだ。ちょっと待ってください。メンバーに聞いてみます」
サリーちゃんはおもむろに携帯を取りだして電話をかけ始めた。
「あっ、こんばんは。サリーだよ。えっと、哀菜(あいな)さ、突然で悪いんだけど、男物の服と下着持ってたよね。ちょっと貸してくれる? えっ、……そんなんじゃないよ。事情は後で他のメンバーが全員いるときにちゃんと話すからね。……いいの。 ありがとう。じゃあ取りに行くね」
サリーちゃんは電話を数秒で終える。
哀菜って多分メンバーの柊木(ひいらぎ)さんのことかな?
「服は借りれるので取りに行ってきますね」
「待って。でも今からだと遅く無い? 大丈夫?」
「大丈夫です。同じマンションなのですぐですよ」
「そっか。それならいいね」
「はい。じゃあすぐに戻りますので、台所の火見ててもらえます」
「OK。 それぐらい全然良いよ」
「じゃあ行ってきます」
するとサリーちゃんは部屋を出ていった。
その間俺は火をチェックする。
まあよほどのことでもない限り普通何もないんだけどね。
俺はリビングの本を一冊持ってきて台所で読みながら待つことにする。
有名だけど読んでなかった漫画なので意外と面白い。
そして一冊を読み終える頃にサリーちゃんは部屋に戻ってくる。
「お待たせしました。えっと、今日の下着とパジャマ。そして明日外出する用の服ですがどうですか?」
サリーちゃんが持ってきた服を手に取る。
サイズは同じなので問題は無い。
センスもまあ良い方かな。
「ありがとう。これ……電話で話してたけど、もしかして柊木さんの彼氏の服?」
「いいえ。お兄さんのですよ。哀菜は彼氏いませんし、他のメンバーも多分誰も彼氏いませんよ」
「そうなんだ。アイドルっててっきり裏じゃみんな彼氏いると思ってたけど違うんだ」
「ええ。まあよそだと男とっかえひっかえの人もいますけど、うちはみんな真面目なんですよ。まあ彼氏作れそうにない性格のメンバーばかりなんですけどね」
「へえ、まあみんな性格はクセが強そうなイメージだけど、舞台裏でもそんな感じなんだ」
「はい。だから彼氏できたら皆メンバーには報告しようねって話してるんです」
「それは仲がいいね……ん。報告ってことは……」
「察しの通りです。みんなに報告することになるので多分メンバーの何人かは遊くんを見に来ると思います。紹介はしていいですよね」
「それはいいけど、……良いの?今更だが俺ってほぼヒモだし、ヒモ彼氏を紹介ってなんか嫌じゃね?」
「そうですか? 意外と芸能人で稼いでる女性ってそこまで男性の収入を気にしない人も多いんですよ。特に結婚後も現役でバリバリ続けたいって志向だと」
「そうなの?」
「はい。うちのグループの場合みんな結婚後もずっとアイドルでいたいって人ばかりですから、むしろ遊くんみたいなのは当たりの優良物件です」
「なんかヒモ男が求められるって凄いな」
「まあそれだけ普通の方とは違う価値観なのかもしれませんね」
「でもそれだとむしろモテるんじゃね。いくらヲタクといってもそのルックスだし、アイドルのヒモになれるって普通なら最高な気がするけど」
「それがですね……出会いが無いんですよ。私達に声をかけて来る人って偉い人と人気の俳優やアイドルの方ばかりで、そういう人はやっぱり結婚したら引退して家庭に入ってもらいたいって人ばかりで、とにかくマッチングが悪すぎるんです」
「なるほど。でもそれは仕方無い気もするけど……まあ確かにずっと現役でいたいって考えだと相性悪いのか」
「そうです。遊くんは当然結婚してもアイドル続けるの賛成ですよね」
「そりゃ賛成だよ。サリーちゃんにはずっと輝く存在でいてほしいし、それに俺ヒモだし、サリーちゃんの仕事は全力で応援するよ……って結婚!?」
「はい。まあすぐじゃ無くてそのうちって感じですけど、いいですよね!」
「サリーちゃんと結婚……幸せ過ぎてヤバいな。ってまだ恋人見習いだし、出会って初日だし、心の整理追いつかないよ」
「えへへ。ところで、そろそろお風呂入ります」
「あっそうだね。じゃあ入るよ」
「せっかくだし、やっぱり一緒に……」
「さすがに初日からそこまで進むのは精神的にきついよ。だから今日は一人でね」
「はーい。あっ、シャンプーとかは置いてあるのでそのまま使っていいですよ」
「分かった。じゃあ」
俺は脱衣所で服を脱いで風呂に入る。
湯船はデカかった。
「やっぱりすげーな。それに普段ここでサリーちゃんがお風呂に……やべ、なんか落ち着かなくなってきた」
変に動揺する。
今思えば昨日まではこうなるなんて想像もつかなかった。
そう考えると人生の激動の日だな。今日は。
そんなことを思いながら俺はのんびりと入浴を済ませる。
体を拭き、ドライヤーで髪を乾かしてパジャマを着てリビングへと戻る。
「遊くんどうでしたお風呂は?」
「良い湯加減だったよ」
「良かったです。じゃあ料理も終わったので私もお風呂に入りますね。出たら一緒にご飯にしましょう」
「OK。じゃあ待ってる」
「はい……あっ、覗いてもいいですよ」
「っ、しないよ。変態じゃないんだから」
「はーい。じゃあ入ってきます。気が変わったらいつでも遠慮しないで下さいね」
「しないから」
「はーい。それでは!」
そういうとサリーちゃんは風呂に入りに行った。
しかし……覗いていいんだ!
サリーちゃんの入浴姿か……なんだが凄く覗きたい気もするがそれをするとそのまま一気に行き着くところまで行ってしまいそうだ。
初日にそこまで行くと幸せが上限突破して死にそうだし自重しよう。
俺はテレビをつけることにする。
途中シャワーの音が聞こえ、嫌でもサリーちゃんの入浴姿を妄想しそうになるので、全力でそれを振り払いテレビに集中しようとする。
だがテレビの内容は全く頭に入らない。
かなり疲れてきた。
30分ほどしてサリーちゃんは入浴を済ませたのだろう。ドライヤーの音がした。
ようやく妄想を振り払い落ち着いてきた。
「お風呂済ませましたよ。それじゃ夕食にしましょう」
「ああ、そうしよ……っ!?」
ヤバい。サリーちゃんのパジャマ姿……胸元空いてる!
俺はとっさに目を背ける。
「どうしたんですか……何か変ですか?」
「いや、別に……」
「もう、態度おかしいですよ。何かあるんですか」
そういいながらサリーちゃんは近づいて俺の正面に立ち上目遣いで見上げてくる。
身長はそこまで差は無いので、サリーちゃんはわざわざ屈んで上目使いにしている。
そうなると胸元も強調されて……ヤバい。
「その……胸元が……」
「えっ……別にいいじゃないですか。えいっ」
そういいながらサリーちゃんはなんと胸を俺へと押し付けてきた。
ノーブラなのだろう。柔らかさがダイレクトに伝わってくる。ヤバい。死にそう。
「サリーちゃん。俺理性保てそうに……ないんだが……」
「いいですよ。このまま行くところまで行っても。恋人見習いから恋人に昇格しましょう。私はいつでも準備出来てます」
「そういうわけには……」
「もう……まあまだ一日目ですし、今日はここまでにしますね。それじゃご飯にしましょう」
そう言うとサリーちゃんは胸を押し付けるのをやめて、胸元のボタンを留める。
少し名残惜しいが、落ち着いてきた。
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