第14話 ひとりぼっち

幸せな時間は長く続かなかったが、地獄の時間もあっけなく終わった。


小学校3年生に進級すると、担任の先生は僕をいじめっ子たちから切り離すようなクラス替えをした。彼女とも違うクラスだった。

新しい担任の先生は若い熱血感で、クラスの中で少しでもいじめのようなことがあると、先生は鬼の形相でいじめっ子たちを問い詰めた。生徒達の家庭訪問も熱心に行っていた。その甲斐あってか、新しいクラスは平和そのものだった。


僕は初めて教室で市民権を貰ったような気がした。この頃になると、僕の対人恐怖症もだいぶ治ってきて、少しずつではあるが人と話せるようになってきた。

僕は囚人のような二年間をまるで岩のように静かに過ごしたが、その間に何もしていなかったわけではなかった。教室の中では眠っているように静かにしていたが、聞き耳を立ててクラスメイトを観察していた。人気者と言われる彼らがどうやって話題の中心に立っているのか、その会話や素振りなどをじっと見聞きして研究していた。


優しくクラスメイトに囲まれるようになって、僕はかつての人気者たちの振る舞いを実践するようになった。初めは少しずつ、時には大胆にクラスメイトたちを取り込んだ。二年間溜めに溜めた僕の話術は人目を引いた。僕がクラスでブレイクするのにあまり時間はかからなかった。


いつの間にか僕の中では、新しい人格が生まれていた。クラスメイトと接する時は出来るだけ陽気に、戯けたキャラクターを演じた。家に帰ってはテレビで情報を収集して、翌日に友人達を喜ばせるような話題を探した。

時には有りもしない話をでっち上げて友達を驚かせた。僕に空想癖がついたのもこの頃が原因なのかもしれない。それもこれも生きていくためだった。友達は僕にとって、自身をいじめから守る盾でしかなかった。絶望はいつも自分のすぐそばにいて、孤独になることの恐怖を抱えながら余裕なく生活していた。


そんな僕だから、隣のクラスで彼女がどんな風に生きていたのか知る由もなかった。正確に言えば、そういった情報の一切を僕は遮断していた。彼女と関わる事は、この平穏な時間を脅かす危険因子でしかなかった。


少なくとも彼女は僕のようにクラスメイトと溶け込む事はなかったと思う。

ほどなくして彼女は親の仕事の都合で転校になった。その理由が本当なのかどうかは定かではない。僕は彼女が学校を去るまで彼女とは関わらないように努めたが、それは僕の中で一つの後悔として今も残っている。もしあの時自分に彼女を救えるくらいの勇気があったなら。いじめっ子たちから彼女を守るくらいの力があったなら。言い訳だらけの僕の人生は今もまだ続いていた。あの時貰った鉛筆のお返しは結局出来ないままだった。


そんな都合の悪い事を全て忘れて、僕はいつの間にか大人になっていた。

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