第13話 メモリーズ2

子供の頃の僕はとてもシャイだった。


それは言葉の響きほど可愛らしいものではなく、特に学校などという集団生活の中で特に大きく障害になるものだった。


小学校に入学してから、周りの友達たちがどんどんグループを作って楽しそうな学校生活を送る中、僕はコミュニケーションに大きな問題を抱えていた。

先生から名前を呼ばれても、友達から声をかけられても、僕はどうしてか恥ずかしくて口が聞けなかった。次第にどんどん周囲から孤立していって、しまいには教室の隅のインテリアのようにひっそりと生きるようになった。


口が聞けないことでいじめられる事も多かった。

通学班が同じ女子からは気味悪がられ、校門を出た瞬間についてくるなと突き放された。一人で帰るのを見つかると親に連絡されてしまうので、僕は見送りに来た保護者たちの目を盗むように、人目を避けて帰宅していた。幸い田舎だった僕の住む町には裏道と呼ばれる、子どもが通ってはいけない道がたくさんあった。


その日も僕は裏道を通ってトボトボと一人歩いていた。気分は最悪だった。クラスのいじめっ子たちが面白半分に僕の筆箱の中の鉛筆を全部折るので、母親にどう言い訳しようと俯きながら考えていた。家に帰りたくなくて、少し遠回りをしようといつもとは違う道を選ぶと、僕は本当に迷子になってしまった。だんだん日が暮れてきて、僕はこのまま家に辿り着けずに死んでしまうんじゃないかという恐怖に襲われていた。


「大丈夫?」


そんな僕に声をかけてくれたのが、松尾純夏だった。


彼女は僕と同じく、人前で声を出せない症状を持つ女の子だった。彼女は愛犬の散歩をしている時に、泣きべそをかいている僕を見つけたのだ。

それから彼女は親切に帰り道を案内してくれて、僕はなんとか家に帰ることが出来た。帰り道の途中に彼女は自分の家に寄って、僕に鉛筆を何本か持たせてくれた。彼女は僕がいじめられている姿を見て密かに心配してくれたそうだ。

お陰で母親には鉛筆を折られた事を隠す事が出来た。


それから僕らは放課後に裏道で会っては一緒に帰る仲になった。

僕らは人前で声を出せない病気だったが、それはあくまで学校などの集団生活の中で起こる症状だった。二人でいる分には僕らは周りの子供たちと変わらずに喋ったりはしゃぐ事が出来た。


僕たちは一つだけルールを作った。それはお互いに極力学校の中では関わらないという事だ。いじめられっ子の僕らが二人でいるところを見られた日には、残酷な子どもたちに何をされるか分からなかった。僕たちは子どもながらに自分たちの身の振り方を考えなければいけなかった。それでも、僕は彼女という生まれて初めての友人に出会えたことを喜んだ。裏道の途中で秘密の合流場所を決めて、僕らはいつも一緒に帰った。


僕らは教室の中で話せなかった分、帰り道は存分にお喋りをした。

一度彼女の家に遊びに行ったことがある。平家の一戸建の彼女の家には、数え切れないほどの犬やネコやウサギやアヒルなど、とにかく沢山の動物がいた。彼女は人間よりも動物を愛する人だった。動物と戯れている時だけは、彼女は屈託なく笑っていた。僕はそんな彼女の笑顔を見るのが好きだった。


そんな幸せも長くは続かなかった。ある日僕が教室に入ると、黒板にはでかでかと『橋岡大地と松尾純夏は付き合っている』と書いてあった。僕たちが秘密の帰り道を二人で帰っているのをクラスメイトが見つけたのだ。それは退屈な時間を過ごすクラスメイトたちの格好のスキャンダルになった。僕はたくさんの男子たちに、彼女は女子生徒からからかわれた。今までの幸せを全て後悔するくらいの地獄の時間だった。僕たちは生まれながらの囚人で、自分がこの先も一生報われない人生を送るのだろうと悟った。幸せを感じた分だけ絶望が大きかった。


それから僕たちはお互いに距離を置いた。僕はもう秘密の待ち合わせ場所を通る事はなかったし、僕らは何事もなかったかのように他人の関係に戻った。

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