第10話 405号室の謎
家に帰ってから僕は急いで屋上へ向かった。
扉は鍵がかかっていて、いくらドアノブを回しても扉が開くことはなかった。鍵穴は前に僕が見た古臭い大きな鍵穴ではなく、マンションのもの同じタイプの鍵穴に変わっていた。それだけでも僕は自分が幻想を見ていたのだと再確認した。
部屋に戻って女店主の話をもう一度思い出す。
僕がスミカと呼んでいた女の子は、かつてあの花屋に頻繁に出入りしていたらしい。店主は女の子の事を見つけるとよく話しかけたが、彼女があまり人と話すタイプではなく、いつも素っ気ない態度だったので彼女自身の事を知ることはなかったそうだ。
ある日、突然店に現れた彼女は店主にオーガスタを渡した。彼女は2、3日旅行で家を開けるからこの植物を預かってほしいと頼んできた。オーガスタは手のかかる植物で、一日でも水をあげ忘れると途端に枯れてしまう。その事を知っていた店主は快く彼女の願いを聞き入れた。しかしその後、彼女が再び店に現れる事はなかった。代わりに一週間経ってから警察がやってきた。話を聞くと、オーガスタの持ち主の女の子は自殺をしたそうだった。
警察は店主にあの手この手で話を聞こうとしたが、店主は女の子の事を全く知らなかった。オーガスタも一時は証拠品として警察に持ち去られたが、すぐに店主の元に帰ってきた。店主は彼女が死んだ事を信じられず、いつかひょっこり取りに戻ってくるのではないかと思い、今でもそれを預かっているというのだ。
幻想の中にいた女の子が、現実に8年前まで実在していた。8年前といえば、ちょうど僕が大学生くらいの時だ。そう考えると、彼女は僕と同い年くらいだったのかもしれない。
僕は女店主の話と自分が体感した幻想が奇妙なリンクをしている事に恐怖を感じながらも、その事を考えることを止められなかった。
そしてもっとこの件について深く考えなければいけないと思った。すぐさま家のパソコンの電源を入れて、自分の住んでいる街の自殺者の情報を調べた。それは都市伝説レベルでいろんな情報が出てきたが、どれも信憑性の欠けるもので、すぐに読むのが辛くなってしまった。そもそも僕はこの手の話が苦手だ。気分が悪くなってパソコンから目を逸らした。
何か大事な事を見落としている気がする。
僕はスミカとの最初の出会いを思い出そうと目を瞑った。
僕が花屋から観葉植物を買って帰ってきた時、部屋の前で謎の鍵を見つけた。それから急に誰かの足音が聞こえてきて、怖くなって屋上まで逃げたのだ。
僕はなんとなく自分のマンションの名前をインターネットの検索エンジンに入れた。ディスプレイには賃貸の空室情報が出ていた。いくつかの部屋が入居募集の表示がされていた。僕の階にも空いてる部屋が3つほどあった。
僕はそれを一つずつクリックして注意深く眺めた。どれも僕の部屋と同じ間取りで、表示を見る限りなんら変わった事がなかった。ふと家賃の表示を見ると、どの部屋も今僕の支払っている部屋より1万円高い事に気づいた。僕はこの部屋を契約する時、仲介業者に家賃交渉をしたのだが、それでも指定された金額より1円も安くならなかった。共益費を含めてちょうど10万円だ。だというのに、ネット上に表示されている空き部屋の金額はどの部屋も共益費込み11万円だった。
先月契約したばかりの家の家賃が、下がるわけでもなく逆に上がっているなんて聞いた事がない。
僕はハッとなって自分の部屋をキョロキョロと見回した。恐ろしい想像は次第に僕の体をガタガタと震わせる。まさか彼女はこの部屋で…
考えすぎな気もしたが、家賃の謎だけは確かな問題だった。翌日、僕はこの部屋を紹介してくれた仲介業者の元を訪れる事にした。
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