第9話 ストレリチア・ニコライ
花屋の女店主は僕のことを覚えてくれていて、すぐに話しかけていてくれた。
パキラの様子を聞かれたので、なんだか葉っぱが元気ないように見えると伝えると、それは日射不足だから日向に当てるといいだろうとアドバイスをくれた。
もちろん植物用の栄養剤もあるが、そう言ったものをあげすぎるのもあまり良く無いらしい。
女店主からアドバイスを貰ったので、もう店には用がなかったのだが、手ぶらでは帰れないので店内を物色する事にした。空想の世界ではあったが、スミカの庭を眺めていた事で以前より植物について興味が湧いていた。ふと店の奥のレジカウンターの裏の棚に見覚えのある植物を見つけた。細長い葉っぱの先に鳥のような白い花を咲かせたその植物を僕は驚きを持って凝視した。
「あれってオーガスタですか?」
僕がそう聞くと、店主は目を丸くして驚いた。
「あら、よく知ってるわね。本当はストレリチア・ニコライという植物なんだけど。なんでオーガスタって呼ばれているか、知ってる?」
店主はレジ裏の棚からストレリチア・ニコライを抱えて僕によく見せてくれた。僕の幻想は、知らないうちに花屋でこの植物を見たところから始まったのだろうか。妄想と全く同じ形の植物が目の前に現れて僕は混乱した。
「ええっと…全然分からないです。」
店主は今度は僕の方を見てニコッと笑った。
「この花ね、白くて鳥みたいな形してるでしょ。オーガスタは天国の白い鳥っていう意味なんだって。なかなか洒落ているわよね。」
天国の白い鳥、そう聞いてから僕の心臓はバクバクと大きく脈動を始めた。
僕が初めて庭園でオーガスタを見つけた時、スミカはどうしてか少し嬉しそうだった。僕は単純に僕がその植物に興味を持ったからだと思っていた。それでも今考えると、オーガスタの花が彼女の存在そのものとなにか密接した関係があるような気がしてならない。
僕はしばらく考え込んでいると、店主は持ってきた植物をレジ裏の棚に戻した。
「気に入ってくれたみたいだけど、これは売りものじゃないからね。」
「売りものじゃないんですか?」
「そう、これはとある女の子から預かっているの。」
僕は嫌な予感がした。そもそも僕の想像上の植物と同じものがこの場に置いてある事自体が不思議でならない。心臓がバクバクと脈打っている。問題の核心にジェットコースターのような速さで突っ込んでいるように感じた。
「その女の子ってこれくらいの身長で、大学生みたいな格好をしていて、前髪が不揃いの子ではないですか?」
店主は急に顔色を変えて僕の方を見た。恐怖と驚きの入り混じったような表情だった。僕の手のひらに汗がじわじわと流れているのを感じた。
「あの、僕はその子のことを知っています。ちょっと色々あって彼女の事について知りたいんですけども、教えてもらえませんか?変に思うかもしれませんけど、僕は不審者でもストーカーでもないんです。」
僕は必死の剣幕で店主に頼み込んだ。店主はヨロヨロと店の奥の椅子に力なく座りこんだ。僕はじっと店主の方を見つめる。店主は話を続けるかどうか迷っているようだったが、僕の必死な剣幕に参ったようで、大きなため息を一つ吐き出してからゆっくり言った。
「ストーカーもなにも…あの子は8年前に亡くなっているわ。」
僕の頭の上に巨大な雷が落ちた。
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