第6話 星空の晩餐会

ある日、僕は夕飯を作ろうとして冷蔵庫を開けた。なんとなくスカスカの冷蔵庫を眺めていると、スミカはいつも食事はどうしてるのだろうと気になった。

ここ最近はほとんど毎日庭園に顔を出しているが、彼女は庭をいじってばかりで食べ物を口にしているところを見たことはなかった。


僕は日頃の感謝を込めて彼女になにか食事を差し入れようと考えた。

庫内にはゴマ付きのライ麦パンが何切れと、厚切りのハムがあったので即席のサンドイッチを作った。彼女の好きな食べ物など聞いた事もなかったけれど、なんとなくサンドイッチなら迷惑にはならないかなと思った。もし彼女がその場で食べなくても持ち帰れるようにアルミホイルに包んでバスケットに入れた。

それから冷蔵庫の中を物色すると、未開封の白ワインのボトルを発見したのでそれも手に取った。ここまでくると、僕は自分自身がワクワクしていることに気がついた。もともと僕は、こうやって誰かを喜ばそうとあれこれ準備をするのが好きだった。恋人がいれば鬱陶しいくらいサプライズをしてしまう性格である。僕はいつの間にかパンパンになったバスケットを見て苦笑いした。


庭園に着くと、スミカはいつもどおり植物の前にいた。僕のことに気づくと、一瞬だけ目をやりまた植物の方を向いた。幸い土いじりをしている様子はなかったので、僕は彼女にサンドイッチを作ってきたから一緒に食べないかと持ちかけた。


「申し訳ないけど、食事はもう済ませてしまったから」


彼女の言葉は半分は予想通りだったが、それでも僕の気持ちを大きく落胆させた。分かりやすく落ち込んだ僕の姿を見て、流石に彼女も申し訳なく思ったのか、ワインだけなら、と言った。


食事をしないということよりも、彼女がワインを飲むと言うことの方が僕は驚いた。そもそも彼女が成人を超えていることも定かではなかったが、せっかく彼女が僕の申入れを受け入れてくれたので、僕はいつものテーブルセットの上に赤い縞々のテーブルクロスを敷き、ワイングラスを二つ並べた。即席のディナーテーブルは緑の植物園の景色によく馴染んだ。


スミカが椅子に腰掛けたのを見て、僕はワインのボトルを開けようとした。


「あっ…」


僕は肝心なことに気づいた。ワインのボトルはコルクで栓がしてあり、オープナーを持ってくるのをすっかり忘れてしまったのだ。これだけ準備をしてきたのに、また部屋に戻るのは面倒だった。


「それならここにあるわ」


スミカの手には、僕が今まさに探していた赤いワインオープナーが握られていた。


「君って、なんだかドラえもんみたいだね。」


「文句があるなら帰って」


僕は彼女からワインオープナーを借りてコルクを抜いた。スポッという心地のいい音がした。薄くピンクの色づいたその液体を二つのグラスに注ぐ。僕らは静かに乾杯をした。


「改めて、いつもありがとう。何も知らないこの街に来て困る事がたくさんあったけど、君のおかげでなんとかここまでやってこれたよ。」


僕は心から彼女に感謝をした。彼女は素っ気なく「別に」と言った。彼女のグラスを見ると、もう中のワインが飲み干されていたことに気づく。


「おいおい、ワインはそんなに一気に飲むものじゃないだろう」


僕は驚いて彼女の顔を見たが、その顔色は変わる事なく、いたって普段通りにツンとしていた。僕は彼女のことを心配しながらも2杯目のワインを注いだ。

彼女はグラスをあげて液体をクルクル回したり、傾けたりしてひとしきり美しいワインの様子を楽しんだのちに、またもやくいっと一気に飲み干してしまった。

僕はその様子を呆気にとられながら見ていた。


「前から思ってたけど、スミカって変なやつだね」


「あなたが持ってきたんでしょうよ」


今度はスミカが僕のグラスにワインを注ぐ。僕は彼女の真似をしてワインをくいっと一息に飲んだ。透明な液体は胃のあたりに一気に落ちて僕の体をすぐに暖かくさせた。


それは久しぶりに楽しい食事会だった。スミカは相変わらず自分の話をしなかったけれど、その代わりによく酒を飲んだ。僕も彼女につられて同じペースで酒を飲んだので、ワインはあっという間に空になった。


僕がもう一本ワインを持っていこうかと言うと、彼女はもう十分いただいたから結構だと言うので食事会はお開きになった。ヨロヨロと歩きながら屋上の出口まで歩いて行き、もう一度振り返るともうすでに彼女の姿はそこになかった。

代わりにオーガスタの白い花が風に揺れてヒラヒラと花弁を動かしていて、何故だか彼女が手を振っているように見えた。僕は満足した気持ちで自分の部屋へ戻っていった。

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