第2話 鈴木 修斗②
“夢見荘” は名前を聞いて受ける印象で言う、アパートなどではなく、今で言うところの “シェアハウス” と言うやつだった。だけど俺が入居した頃は、誰も入居者がおらず、俺が初めての入居者となった。
大家の南 照代さんは、俺よりかは十個ほど年上だけど、話してると、なんだか母親とかお婆さんと話しているような不思議な感覚にさせる人だった。
司法浪人。そんな宙ぶらりんな俺に、人生は一回こっきり。死ぬる時に後悔だけは残さんように生きとったら、
そんな俺は夢見荘に入居した年と、五年後に合格した年の二回だけ司法試験を受けた。それは初めに受けた司法試験が不合格だった時に、自信はあったのかえ?自信は自分の中で蓄えて蓄えて、それから爆発させんとな、と照代さんが言ってくれたからだった。正直、不合格は
そんな俺の心を見透かしてか、照代さんの言葉で俺は合格出来るって言う確信を持てるまでに五年を費した訳だ。
でももし遮二無二、毎年受験していたら、未だに司法浪人生のままだったかもしれない。
話しは入居当時に戻る。夢見荘に入った俺は、当座の生活を凌ぐ為にもアルバイトに励んでいた。昼間は日当の良い工事現場でのアルバイト、夜はチェーンの居酒屋店でホール係をやった。そんなんじゃ勉強はいつするんだ、と怒られそうだけど、先に言ったように、この頃の俺は只々現実逃避したかっただけで、本気で法律家を目指してた訳じゃなかった。
そんなある日、居酒屋でのアルバイト中に、男女六人組の客が入店してきた。その中のやたらとテンション高めの女が俺に声を掛けてきた。
『なぁなぁ、兄ちゃん。めっちゃイケメンなんやけど、番号教えてぇなぁ』ときたもんだ。
『えぇ?兄ちゃん、乗り悪いなぁ』などと言い諦めてくれたようだと思った。しかし会計を終えた帰り際、女はメモを渡してきた。内容は“
『ほななぁ、連絡待ってんでぇ』と上機嫌で帰っていった。誰が連絡するかよ。
しかしこちらの思惑とは裏腹に、女は度々来店した。若い女のクセに一人で居酒屋に来るかよ。そんな事を思っていたのだが、思った通りに俺にああだこうだと質問してきやがる。適当に足らっていたのだが、確か六回目の来店だったと思う。俺のバイト上がりを見越して会計を済ませ、待ち伏せてやがった。
「おっ疲れさ〜ん!なぁなぁ、これから飲みに行かへ〜ん」本当に疲れている俺の右腕に、まるでコアラみたいにしがみついて、陽気に話しかけてきた。
「すまないけど、疲れてんだ。悪いけど早くベッドに倒れ込みたい気分なんだよ」そう言って、俺は亜香音を振り払うと、コンビニに入った。
「あっ、
「アンタなぁ、いい加減に…」文句を言おうとしかけた俺に見せびらかすように、亜香音は黒いカードを差し出した。
「ジャーン!ウチの
俺はここぞとばかりに普段は絶対に自分で買う事のない、ビールやらフルボトルの洋酒やらを、これみよがしに入れてやった。しかし亜香音は顔色一つ変える事なく、合計金額一万円以上もの会計をカード払いした。
こうなっては今更、家に招く事は出来ないとは言えない。仕方なく亜香音を連れ立って、夢見荘へ帰宅した。
夢見荘で共有スペースの一つとなるリビングダイニングキッチンで、テーブルに買ってきた物を広げ、二人だけのプチ宴会が始まった。最初は彼女の奢りと言う事もあり、適当に
「ほならなぁ、修斗が弁護士さんになったら、ウチの顧問弁護士になってもらうわ」
「おう。えぇやん。そうしたら俺はエリート弁護士やん」調子に乗って、亜香音の言葉に合わせて言った。
「そない
「なぁ、修斗。好きやで」亜香音は不意に俺の唇に唇を重ねた。そんな気持ちはなかったのだが、俺はそのまま亜香音の唇を
翌朝になり、俺の隣には全裸の亜香音が寝ていた。このところの上手くいかない自分を、目の前の女に慰めてもらっただけの関係が、俺の不甲斐なさを露出させているようだった。
「なぁ、ここって入居者募集しとんやろ?ウチもここに引っ越して来たらあかんかな」亜香音の上目遣いの視線にやられてしまった俺は「構わねぇんじゃねぇの。俺から照代さんに言っといてやるよ」などと、調子の良い返事をしてしまった。
こうして二人目の住人、西出 亜香音が入居する事になった。
シェア始めました 岡上 山羊 @h1y9a7c0k1y2
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