第3話 立花真衣

ナギちゃんと望月先輩が、グラウンドのあの場所を見て深刻な顔で話し合っている。


『2人にも見えているんだ』


ナギちゃんに注告した方がいい、そう分かっていても怖くて話すことができない。


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あの事件で全生徒が早退になった昨日、わたしは不思議な注告を受けた。


帰り道、グラウンドに警察が設置した目隠し用のブルーシートを遠巻きに眺めながら歩いていると、目の前に背の高い黒い男が現れた。


突然男は現れた、突然過ぎて怖がることもできなかった。

「人の子よ、よく聞け、明日になれば、この事件はみんなの記憶から消えてしまう」


「そして何人かは記憶が残ったまま、恐ろしいモノを見ることになる、それは記憶が消えた人には見えない」


「しかし一週間もすれば、それも消える」


「人の子よ、それが消えるまでの一週間の間、見えない人にも見える人にも、それについて話してはいけない、独り言でもそれについて話してはいけない」


わたしには男の話しは途方もなく、理解できなかった。

話したらどうなるの?ふと心に疑問がよぎる。


「死ぬ」

そう言い残すと、男は現れた時と同じように忽然と消えた。

わたしはその時になって初めて怖くなり、足が震え蹲み込んでしまった。


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今日、学校に来るとグラウンドに大きな男の顔が半分埋まって横たわっていた。


思わず悲鳴をあげそうになったが、男の話しを思い出して、どうにか堪えた。


初めは信じられなかったが、本当に誰もその怪物に気づいていなかった。


校門付近で友だちのナギちゃんを見かける、声をかけようと近寄ると、望月先輩と真剣に話し込んでいる。


2人の視線は怪物に向けられていた。


『2人にも見えているんだ』


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授業中も顔のことが、頭から離れない。


ナギちゃんにも男から聞いたことを話すべきだという思いと、話したくないという思いが交錯する。


怖くて話せない。


何故怖いのか?注告を信じて学校で顔の話しをするのが危険だと思っているから、だから怖いのか?


話したら死んじゃう。

ナギちゃんは望月先輩と、もう学校で顔のことを話してしまったに違いない。


ナギちゃんはもう手遅れなのだ、そう思った瞬間震えが止まらなくなる。


ナギちゃんは小学校から、ずっと一緒にいる友だち。


何でも話してきた親友、だからお兄ちゃんの友達の相良さんが好きだっていう話しもした。


それを知ってて、渚は相良さんとつき合い初めた、そして望月先輩に乗り換えた。


わたしとナギちゃんは父親同士が同じ会社で、高校生になるまでは、家族ぐるみで仲が良かった。


望月先輩は、お父さんたちの会社の重要な取引先の御曹司らしく、同じ高校に入学した縁で、ナギちゃんの家族は望月先輩の家族と一緒に行動することが多くなった。


そういった理由で、ナギちゃんの家族と、わたしたち家族は今は疎遠になっている。


それでもナギちゃんとの仲が微妙にならなかったのは、それまでと変わらずに彼女が明るく接してくれたからだ、本心は分からないが。


その明るさは裏を返せば、無神経さにも映る。


「わたし望月さんとつき合うから、相良さん今フリーだよ」と渚が悪びれず助言してくれた時、顔に嫌悪感が出なかったか自信がない。


それでも、わたしはお下りの相良さんとつき合っているから、彼女を責めることなんてできない。


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これ以上考えたくない、気持ち悪い。


早退しよう、そして明日から学校を休もう、相良さんに連絡して、一週間の間一緒に居てもらおう。


相良さんなら分かってくれる、今はナギちゃんの近くにいたくない。


でないと、きっと絶えかねてナギちゃんに話してしまう。

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