馬鹿にするなコノヤロー!

増田朋美

馬鹿にするなコノヤロー!

馬鹿にするなコノヤロー!

五月晴れというのにはまさにぴったりな、よく晴れた日であった。のんびりしていて、何処かに出かけるにはもってこいな気候でもあった。杉ちゃんとジョチさんは、フェレットの正輔君と輝彦君を連れて、公園に散歩に出かけた。

二匹とも、足に障害があるので、特にリードなどをつけなくても、遠くへ行ってしまう心配はない。一匹は、前足が片方かけているし、もう一匹は後ろ足が完全に欠落している。でも、二匹のことをかわいそうだとか、そういうことは思って欲しくないと思うのだった。正輔君の方は何とか自力で移動できるが、輝彦君の方は、車輪をつけたまな板を誰かに動かしてもらわないと動けないので。杉ちゃんとジョチさんが公園のベンチの前でとまって、よし、すきにしろと二匹を地面の上においてやると、正輔君の方は、杉ちゃんたちの周りをぐるぐる回って遊んでいるし、輝彦君の方は、ジョチさんに貰ったリンゴを、一生懸命食べているのだった。

「それにしても、輝彦君はよく食べますね。」

リンゴを食べている輝彦君に、ジョチさんは言った。

「足は悪くて歩けないけど、食欲だけはあって、健康的だよ。二匹とも。」

杉ちゃんがにこやかに笑って、正輔君にもリンゴを食べさせた。二匹とも一生懸命リンゴを食べているのだった。

「本当に、よく食べるよな。見ているだけで、こっちも癒されるよ。」

杉ちゃんがにこやかに言うと、

「そうですね。フェレットは、癒してくれる動物ですね。」

ジョチさんもそう同調した。

杉ちゃんたちが、二匹にリンゴを食べさせたり、水を飲ませたりしていると、ひとりの女性が、一匹の犬を連れて、杉ちゃんたちの前を通りかかった。

「あら、こんにちは。ずいぶんかわいそうなフェレットちゃんたちだこと。足が不自由で、ずいぶん苦労されているんじゃありません?」

女性にそういわれて、

「いやそれはないよ。確かに足は取れているけど、二匹とも十分かわいいよ。それが何だっていうんだよ。」

杉ちゃんがそう言いかえすと、彼女は嫌そうな顔をした。

「この子たち、二匹とも同じファーム?」

「いや、違います、白い方が、ファーファームアンゴラで、茶色い方がルビーフェレット。獣医さんで見てもらったから、間違いないでしょう。」

からかい半分のような顔をして女性がそういうと、杉ちゃんは直ぐに答えた。

「そうなのね。日本ではいずれも飼いにくい種類ではあるけれど、まあ、頑張って飼うといいわ。そういう変わったペットを飼っていると、日本の治安も悪くなっちゃうのよね。」

女性は、馬鹿にしたような、そんな顔をして、杉ちゃんたちの前から離れていった。

「あの犬、柴犬だよな。」

と、杉ちゃんが言った。

「嫌な奴。たまにいるんだよな。正輔たちの事を悪い奴というやつ。自分が飼っている犬だって、障害を持つかもしれないのにな。」

「まあ確かに、世のなかには変な人もいますからね。柴犬は飼いやすい犬種ではありますけれども、それを自慢にできるかというと、そうでもないですよ。ああして、他人のペットを批判して、何をするつもりなんでしょうかね。」

ジョチさんも変な顔をした。

「まあ最近はペット友達と言いますけど、ペットを通して友達をつくる人はいますよね。でも、ああいう態度を取られちゃうと、良い関係が持てるとは、到底おもえませんね。ペットも人次第ということかな。」

「そうだねえ。」

と、杉ちゃんもやれやれという顔をした。

「どんなペットでも、飼い主にかわいがって貰わなければ、幸せではないわな。」

「そうですね。」

二人は、お互いため息をついて、足の不自由なフェレットをそれぞれ抱っこして、公園を後にした。

其れから数日後の事であった。製鉄所の食堂で、杉ちゃんとジョチさんがお茶を飲んでいた時のこと。たまたま、利用者がテレビをつけると、ちょうどニュース番組をやっていた時刻だった。

「次のニュースです。隣の家の犬を殺害した疑いで、35歳の女が逮捕されました。名前は、山村美穂容疑者、職業はフリーランスのライターということです。殺害された犬は、純血のヨークシャーテリアで、性別は雄。女は警察の取り調べに対し、隣の犬があまりにもかわいらしかったのでうらやましかったと供述しています。」

とアナウンサーがしゃべって、逮捕された女性の顔が表示された。それを見て杉ちゃんとジョチさんはびっくりする。

「あれ、こないだ、公園で正輔たちの事をさんざん悪く言ったあの女だよな?」

杉ちゃんがそういった通り、先日公園であった女性であった。

「犬でよかったと言うべきか。人間だったら偉いことになりましたよ。」

ジョチさんは思わずそういった。

「こういうひとは、犬であろうと、人であろうと、同じことをすると思いますよ。どうせ何か嫌ななことがあってその処理が難しくてですね、それで他人の持っているものに、勝手な怒りをぶつけてしまう人でしょう。」

「それにしても、犬が原因で事件を起してしまうってのがすごいな。それを報道するってのもまたすごいと思うけど。」

杉ちゃんはそう驚いて言った。アナウンサーは、事件のニュースをつづけている。それによると、山村美穂は、犬を通じて友達になった人と、トラブルがあったようなのだ。

この時は、杉ちゃんもジョチさんも自分には関係ないと思っていたのであるが。

その次の日。杉ちゃんとジョチさんは、買い物の為、静岡に出かけた。たまたま、裁判所近くにある百貨店のカフェの前を通りかかったとき。

「あれ、あそこにいるの小久保さんでは?」

と杉ちゃんが指さしたところに、弁護士の小久保哲哉さんが座っていた。小久保さんも杉ちゃんたちの声に気が付き、どうぞ座ってくださいと隣の席に座らせた。

「どうしたんですか。わざわざ静岡まで。誰かの弁護でもしているんですか?」

とジョチさんが聞くと、

「はい、先日、ヨークシャーテリア殺しで起訴された、女性の弁護をしています。」

と、小久保さんは言った。

「ああ、あの山村美穂っていう、変な女ね。」

と、杉ちゃんが言うと、

「ええ、その通りです。あの事件は単に、犬を飼っている女性同士のトラブルいう報道が盛んに行われていますが、どうも其れだけでは無いと思うんです。たとえば、山村は、柴犬を飼っていました。柴犬と言えば、昔は素朴な犬のひとつですが、現在は入手が難しく、高級な犬として認められています。そういうところから、経済的に貧しかったとはおもえません。また山村美穂は、被害に在った犬の飼い主である、秋山容子からいじわるを受けていたと供述していますが、これも近所の人たちに聞き込みをしましたところ、そのようなことは全くなかったそうです。」

「はああ、そうなんだ。テレビを全く見ていないので、そんな報道がされていたのは知らなかったよ。柴犬も、ヨークシャーテリアも、どっちが高級なんて分からない生活をしていると思うけど?」

「そうなんですよね。そもそもそこが問題です。犬に順位をつけることがまず、おかしいのです。それも、事実ではなく、山村美穂が勝手に思い込んでいたことということになります。」

杉ちゃんが相槌を打つと、小久保さんは話をつづけた。

「しかし、山村美穂は、貧しい環境の女性だったというわけではないんですよね?」

とジョチさんがまた聞くと、

「はい、それはありません。柴犬は、繁殖家から購入したと言ってますし、捨て犬でもありませんし、血統書もあります。」

と、小久保さんは言った。

「じゃあ、何だったんでしょうか。なぜ、その女性は、隣の家の犬を殺さなければならなかったんでしょうね。精神障害でもあったんでしょうか?」

ジョチさんが又そう聞くと、

「ええ、多分そういう方向に持っていくと思います。ですが、そういう障害をもつ女性が起した事件は、年々刑が重たくなって来ていましてね。弁護する方も大変になりました。」

小久保さんは、困った顔をした。

「まあ、大変だと思うけど、頑張ってやってくれよ。大久保清みたいな、そんな重大な事件じゃないんだからな。」

と、杉ちゃんが言った。すると小久保さんが、

「ところで杉ちゃん。」

と聞いてくる。

「確か、障害を持っているフェレットを飼っていらっしゃいましたね。その子たちを飼っていて、何か困った事や、大変なことはありませんでしたでしょうか?」

「ああ、僕のうちは、三本足のフェレットと、後ろ足が二本かけたフェレットを飼っているが、別に困ったことは起してもいないし、大変な事も何もない。ただ、かわいいと思って、そのフェレットを飼っているだけだ。それが何か悪いことでもあるか?」

と、杉ちゃんは答えた。

「ええ。これは、一寸ショッキングなお話しではありますが、山村美穂の飼っていた柴犬は、やや前足が短くて、歩くのが不自由であったそうなんです。今は、ちゃんと歩けるように訓練したようですが、そうさせるためには、訓練士といざこざがあったり、結構トラブルが多かったようですよ。もしかしたら、柴犬がブームすぎるために、近親交配でそうなったのではないかという話しも近所の方からえられました。」

「ええ?そうなの?先日公園であった時は、あの犬足が不自由そうには見えなかったけど?」

と、杉ちゃんが言うと、

「ええ、今でこそそうですが、近所の方の話しによりますと、一年ほど訓練士のもとに通っていたようです。」

「なるほど、つまり、健康な犬ではなかったというわけですね。」

小久保さんの話しにジョチさんは、そう付け加えた。

「ええ、そうなんです。本人の話しに寄りますと、犬を飼いたいという気持ちを、山村美穂はすごく持っていたようなんです。それで、柴犬が自宅に入ることになったとき、とても喜んでいたようですが、犬が、そのような欠損のある犬であったということを知った時は、とても悲しんでいたとか。どうしても犬を飼いたくて、その反動が来てしまったのかもしれないですね。」

小久保さんがそういった。

「どんな人でも、障害のある動物は、飼育したくないでしょうから。それは、誰でも同じ気持ちなのではないですか?」

「何を言っているんだ。馬鹿にすんなコノヤロー!うちの正輔も輝彦も、足は悪いけど、頑張って生活してるよ。それを嫌だなんてわがまますぎもいい迷惑だよな!」

杉ちゃんがいきなりデカい声でそういったため、ジョチさんは急いでちょっと声を落としてといった。

「だ、だけどねえ。自分の犬が障害を持ってて、隣の犬が立派なヨークシャーテリアだったからって、なんでも殺してしまう理由にはならないよ。犬は相手を比べる事もないし、相手を馬鹿にすることもしない。全くそれは一寸ひどいというもんだね。一体何を考えているのか、よくわからないなあ。」

「はい。確かに犬はその通りです。お互いを比べることもしません。それを比べているのは人間だけです。其れも欲の深い。」

杉ちゃんの発言に、ジョチさんもそういったのであるが、

「そういってくれるのはありがたいのですが。」

と、小久保さんは杉ちゃんたちに言った。

「そういう存在が、山村美穂の周りにはいなかったと思います。幼いころから他人と比べる癖があって、それを直せと言ってくれる人もいなかったんでしょうね。だから、ああいう事件を起してしまったのでしょう。」

「いなかったって、そういうことは当たり前だと思うんだけど。どんな奴でも家族がいて、親戚もいるはずなんだけどなあ。そういうやつらから、教えてもらうことはできなかったのかな?」

杉ちゃんはそういうが、

「いや、どうですかね。いないというひとも最近は珍しくないし、他人に支えて貰ったことがないという人は多いですよ。犯罪を起すような理由はなく、経済的に恵まれているのに、なぜか辛い思いをしている人も沢山いますから。まあ、そういう人が、必ず悪いとは限らず、治そうとしている人も沢山いますけどね。」

と、小久保さんは言った。

「確かにそうですね。僕も分かりますよ。製鉄所が繁盛するのもそんな理由ですからね。本当は、製鉄所が繁盛しないほうが、世のなかが安定しているということになりますからね。」

ジョチさんは、小久保さんに同調した。

「だからと言って、他人の犬を殺していいわけないだろ?犬にとってはいい迷惑じゃないのかよ?」

杉ちゃんが言うと、小久保さんは、

「そうですね、相手のことを考えてやるというか、許してやるというか、相手だって生きているんだとおもえる女性が、減少しているような気がしますね。」

と、ため息をつきながら言った。

「よろしかったら、杉ちゃんの、馬鹿にすんなコノヤローという発言、裁判で取り上げてもよろしいですか?あの、犬は柴犬でもヨークシャーテリアでも、比べずに生きているし、障害があるペットであっても、一生懸命生きている。これはだれにもかえられないという発言です。」

小久保さんは杉ちゃんに聞いた。

「いいよ、使ってくれや。全く、そんな奴がペットを飼っていたら、不幸な犬や猫が増えちまうよ。そんな動物が増えないために、使ってくれや。」

杉ちゃんは、デカい声で言った。

「そういうことなら、小久保さんが裁判で発言するよりも、杉ちゃんが裁判に出て、障害のある

ペットを飼っていても、悪いことはないんだと、証言した方がいいのではないでしょうか。きっと、山村美穂という女性だって、単なる悪人ということは無いと思いますし。彼女が本当に反省してくれる為にも、杉ちゃんに正輔君と輝彦君の事を発言してもらう。どうですかね?」

ジョチさんがそう提案する。そうですね、と小久保さんは考えこんだ。

「そうですね。じゃあ、杉ちゃんに証言台に来てもらおうかな。民間人に証言を頼むのは、あまり多い例ではありませんが。」

小久保さんがそういったため、杉ちゃんが、山村美穂の裁判で証言することが決定してしまった。それでは、裁判の日に来てくれと、小久保さんは言った。

そして、山村美穂の公判の日。杉ちゃんは小園さんの運転する車で裁判所に向かった。入り口で待っていた小久保さんが、じゃあ杉ちゃん、よろしくお願いしますよと言って、彼を裁判所の中へ招き入れた。

裁判長の合図で、杉ちゃんたちは法廷に入った。しばらくして、裁判長の合図に、被告人と言われた山村美穂が立ち上がる。確かに、公園で正輔君と輝彦君を馬鹿にしていった女性である。でも、犯罪を犯してからの彼女は何処か間に抜けた、おかしな雰囲気もあった。

検察官と小久保さんが彼女に質問をした。もちろん争点は、犬をなぜ殺害したのかということである。彼女は、検察官に、犬が苦しむ様子とか、家族が悲しむ事を考えられなかったのかと聞かれて、全く分かりませんと答える。確かに、そうなると、小久保さんが言った通り、精神障害に陥ったのかもしれなかった。

続いて小久保さんが質問をする番である。

「あなたは、ご家族から犬を飼うということが決まって、ものすごく喜んだそうですね。」

と、小久保さんは言った。

「はい。どうしても、私を必要としてくれる存在が欲しかったんです。」

と、被告人席の山村美穂は答える。

「それで、その犬が、障害をもっていたとなると、その気持ちも全くなくなってしまったのでしょうか?」

と小久保さんが聞くと、

「いえ、そんなことはありません。訓練士の先生に御願いして、歩けるようにさせました。」

と、彼女は答える。

「そのようにした愛犬だったのに、どうして他人の犬に手を出して殺害しようと思ったんですか?」

小久保さんが聞くと、

「はい。あの犬を一年間訓練士の先生に預けている間、近所の人から、犬を捨てたのではないかとい言われるようになったからです。なんであたしには、歩けない犬しか来なかったんだろうって、思いました。何であたしは、普通の犬が持てなかったんだろうなって、何回も悔やみました。」

と、山村美穂は答えた。

「しかし、そのような事実は、近所の方に話しても、なかったと聞き込みをして、はっきりしていますが。」

検察官が彼女にそう聞くと、

「でも、近所の人が、みんなそういう事を言いました。私が、犬を飼って、一生懸命世話をしていないせいだって。」

と、彼女は答えた。

「私は、別に悪いことをしたわけでもありません。ただ、普通の犬が欲しかったんです。だって、普通の犬じゃないと、あたしたちは、楽しくないというか、幸せになれないじゃないですか。私は、普通に犬を飼いたかったんです。犬を飼って、ご飯食べさせて、散歩させて、毛並みを綺麗にして、それをしたかっただけなのに。なんで、前足が短くて、歩くのに不自由な犬が私のところに来たんだろう。どうして私には、犬を飼うっていう、当たり前の幸せも来なかったんだろう。何回も泣きました。」

「それで、あなたは、隣のヨークシャーテリアに嫉妬するようになったんですね。あなた、先ほど、普通の幸せが欲しかったと言っていますが、ではこの方はどうでしょうか。御願いします。」

と、小久保さんに言われて、杉ちゃんは、係員に促されて、証言台まで移動した。杉ちゃんの顔を見て、山村美穂は、どうしてこんな人物がくるんだろうという顔をしている。

「それでは、この方に聞いてみましょう。この方は、足を欠損したフェレットを二匹飼っていらっしゃる方ですが、単刀直入に伺います。足の不自由なペットを飼って、不幸ですか?」

と、小久保さんが聞くと、杉ちゃんは一言、

「馬鹿にすんなコノヤロー!」

とデカい声で言った。

「馬鹿にすんな?」

と彼女がその言葉を繰り返すと、

「お前さんは、障害のあるやつは不幸だと思っているようだが、絶対そんなことはない。足が悪い奴は、足が悪い奴なりに楽しく暮らしているさ!障害のあるやつはかわいそうでもないし、隣の芝生が青いなんてそういう必要もないんだ!」

と、杉ちゃんは言った。

「だから、隣の奴だけ幸せすぎる位幸せに見えて、自分だけが不幸であるという考えは、やめた方がいい。きっと、隣の奴は自分にないものを持っていると思っていたのかもしれないけど、きっとどっかで問題があって、辛い思いをして暮らしているさ。」

被告人席で泣き出した彼女を見て、精神がおかしくなるほど、自分のことにとらわれすぎない人間になることが、本当に大切なんだと、この裁判を見ていた人間はおもった事だろう。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

馬鹿にするなコノヤロー! 増田朋美 @masubuchi4996

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る